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こうしてイギリスから熊がいなくなりました

「こうしてイギリスから熊がいなくなりました」
ミック・ジャクソン(著)
田内志文(訳)

2023/2/5(sun)読了


本のタイトルを見たとき、「そういえば、イギリスってあんまり熊がいない」と思いました。
はちみつ大好きの黄色い某クマさんがイギリス出身であることは、あまりにも有名であるはずなのに、です。

私は田舎出身で、四方を山に囲まれた環境で育ちました。とくに中学校時代は、山の真っ只中にある校舎に通っていました。車通りの少ない道路が一本だけ貫く山の頂上付近に、いきなり校舎が現れるような場所です。こんな環境なので、動物たちが冬眠に入るシーズン以外は、通学路でしょっちゅう野生動物(鹿、たぬき、きつね、熊の順に多い)の目撃情報などがあり、なかでも熊の目撃情報があった時は大ごとでした。下校時は絶対に一人で歩かず、集団下校するように言われたし、「熊よけの鈴」も一人ひとりに支給される始末。「熊に会ったら危ない」と田舎で暮らす子供達は具体的にどんな恐怖があるかもわからないまま、そう刷り込まれています。


そんな日常的に熊の存在を注視する環境で育ったものだから、自分でも知らないうちに「野生の熊がいて当然」のような感覚ができあがっており、この本のタイトルを見るまで気候が似通った国でも熊がいるのだと、無意識に思っていました。

しかし、驚いたことに、イギリスには本当に野生の熊がいない(マジか!!)(本当に驚いた in 2023)。

この本は、「イギリスには野生の熊がいない」という認識を持った上で読むと、物語一つひとつに浸ることができると思います。


夜の森を忍び歩くだけで悪魔と恐れられた「精霊熊」、
死者への供物を食べさせられ、故人の罪を背負わせられた「罪食い熊」、
窮屈な服を着せられ、綱渡りをさせられた「サーカスの熊」、
下水がつまらないように、地下水道に閉じ込められ、無報酬で下水作業をさせられた「下水熊」。


日常の隣に、密やかに住む熊たちが鮮明に書かれ、不可抗力な悲しい運命に耐え忍ぶ様子が染み渡り、デイビット・ロバーツの挿絵がさらに物悲しさを引き立てます。
 人間の勝手な都合や無知からくる間違った思い込みで、苦渋をしいられる熊たちの物語です。
短編集のようで、ひとつの物語でもある。
そんな不思議な構造の物語が、熊たちの悲しい物語と相俟って、より一層幻想性があった本でした。
ユーモアを交えた悲しいおとぎ話のようでもあり、また、同時に人間がハッとするような指摘を受ける現実味も見受けられます。
私は目次順で読みましたが、こちらの本は訳者のあとがきから読むのも良いかと思います。
(ネタバレなどはないのでご安心を)


訳者あとがきにある、イギリスから熊がいなくなってしまった歴史的事実を踏まえた上で読むと、最後のお話を読み終えた時に、「こうしてイギリスから熊がいなくなりました」と終わりを迎えるのです。

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