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【SAKE】|第二話|まあ、石狩鍋でも。

「とりあえず警察…?いやまず店長に電話か…?」

血痕が飛び散る荒れ果てたバックヤードで憤っていた俺は、その場を何とか冷静に判断しようと努めた。

泥棒?
それなら、この血痕は何なんだ。
それに泥棒にしては変だ。レジや金庫は荒らされていなかった。

いや。考えても分からないし、とにかくこの場所は気持ちが悪い。
何とかしないと。すがる思いで、俺は店長にLINE電話をかけた。

「店長?すいません。店がやばいことになってて」
「………」
「店長?聞こえてます?」
「………」
早朝だし、寝ぼけているのだろうか。店が大変なときに何寝てんだよ。
俺は焦りと衝撃で怒りが沸き、いらついていた。

「店長!店に多分、泥棒が入って鮭が盗まれて、バックヤードめちゃめちゃ荒らされてるんですけど!どうしたらいいっすか!?」
俺は電話口で声を荒げた。

「……銀…」
電話口で小さな声で店長が答える。
「もしもし?店長?」
「銀、鮭…」
「は…?店長あのさ…」
「事件だ…」

突如、電話口から金属が鈍く響くような音がきこえ、ぶつっと切れた。
俺は背筋を凍らせた。
店長はこのバックヤードで何者かに襲われ、連れ去られたのではないだろうか。

しかし、昨夜は店長のシフトではなかったはずだ。
閉店後に夜中に一人で店に来たのだろうか。
…あれこれ考えても答えはでない。
分かるのは、とにかく、やばいことになった、ということ。

銀人がすぐに警察に連絡して店に来てもらうと、ころりんは早朝だというのに騒々しく仰々しい黒色の警察でいっぱいになった。店長が事件に巻き込まれている可能性を話すと、すぐに一部が店長の家に向かった。警察署で事情聴取とやらをしたいと、梅田という警察官に頼まれた。朝も早かったし、精神的に疲労困憊だった俺は「その前に一服したい」と言いそうになったが、「あぶね」と心の中でつぶやき、言葉を飲みこんだ。

「はあ。それにしてもこの店もか…」
40代くらいの、3年前位に流行った銀行員のドラマに出ていた主役の人にどことなく似ている梅田さんがぽろっとつぶやいた。
「何がっすか?」
「泥棒が入って、鮭がさ。消えたって。昨日の夜からうちの署に電話かかってんのよ。」

警察官は自分のスマホをクリックし、ヤフーニュースの一覧画面を見せた。そこには驚くべき短文が並んでいた。

・鮭が消えた!?漁業者衝撃
・高級鮭店、窃盗被害
・鮭消失の異常事態/専門家緊急招集
・鮭扱う店舗に注意喚起

「鮭を扱っている店舗が襲撃されてるっぽいのよ。鉢合わせた店主がケガしてるようでさ。」
「何で…なんすか?」
「それを調べるために今全国の警察が出動してんのよ。まったく目星がつかねえ珍事件だよ。」

宝石や金じゃないんだし、鮭が莫大な富を生むとは思えない。一体何のために誰が鮭を盗むんだ。
…いずれにせよ俺のガチの“推し鮭”を全部持っていくとは。許せねえ。

「そういや塩田くん?だっけ?学校は大丈夫なの?家族に連絡しといたら?」
「塩“屋”です。学校は行ってないっす。親もいないから、大丈夫っす。」
「……何歳?」
「17です。」
「保護者は?」
「…おじさんの家に住んでるんで、一応おじさんが保護者っすかね。でも住ませてもらっているだけであんまり関わりないし。一人暮らしと変わらないっすね。俺が何しているかもおじさん、知らないだろうし。連絡しなくてもいいと思います。」

ドラマの主役に似た警察官は、ふーん、と言い、あごをさわりながら何かを考えるように下を向いた。その時俺は、よからぬ不安が胸をよぎった。

「この警官の人、俺が犯人だと思ってる…!?もしかして…!?」

鮭が好き。金はない。おにぎり屋のバイトを長く続けていて店長に恨みを持つ動機は十分生まれそう。親なしでひもじくて鮭を窃盗…。そんなストーリーを思い描いているのではないかと、ぞっとした。
俺は真面目な17歳だばかやろう。店長とも仲良かったんだ。疑うなよ…?
青ざめた顔でそんなことを考えていると、梅田の部下らしき警察官が駆け寄ってきた。

「梅田さん、乗ってください」

梅田はどうやら少し偉い人のようだ。事情聴取のために、梅田は梅田の部下のような人(名前は忘れた)が運転をする車の助手席に乗り込み、俺も後部座席に座るよう案内され、乗り込んだ。5分ほど走ると、警察の無線電話のようなもので、店長は無事であると、店長の家に駆け付けたらしい警察からの連絡の声が聞こえてきて、安堵した。しかし、電話での店長は明らかに様子がおかしかった。どういう状況なのか、後でLINEしてみよう。

警察についた俺は、店長のこと、店のこと…疑わしい人物はいないか、ありとあらゆることを1時間ほど聞かれ、知っている限りのことを話した。店に出勤してからかれこれ4時間経っている。早朝に起きていることもあり、疲れて仕方がなかった。さらに、15時から宅配便のバイトもある。帰って、準備しないといけないんですと、梅田に伝えた。顔に疲れが出ていたからか、梅田は申し訳なさそうにした。

「ごめんな長いこと拘束して。塩田くん、家どこ?」
「塩“屋”です。中野1丁目の××あたりのアパートですけど…」
「中野湯の近くか。バイト何時に終わるの?」
「10時っすね。」
「んじゃ、10時半くらいに君んち行くからさ。ちょっと待っててくんない?」

え!?もしかして個人で家宅捜索ってやつ???
超こえーんだけど。

でも警察に逆らったら別の罪に問われるんだっけか。
とりあえず反抗しない方がいいとふみ、俺はいつもと変わらずバイトをして、家に帰った。宅配便のバイト先でも鮭の話でもちきりだったが、俺はとにかく早く帰って寝たかった。

「よ。」

梅田は私服に着替えていたし、街頭の明かりの下ででうす暗かったので、一瞬誰だか分からなかった。
あー、そうだった。こいつが来るんだった。
寝たかった俺は絶望した。

「ちょっとお邪魔したら帰るわ。家少し見せて。」

どうぞ、とぶっきらぼうにつぶやき、俺はしぶしぶ梅田を家に案内した。
アパート2階の202がおじさんの家で、俺が住む家。
一緒に住んでいるが、会話はほとんどしていない。

「あ、どうもどうも。ごめんなさいね夜中に。中野警察の梅田です。甥っ子さんに今日すごくお世話になったのでご挨拶に。すぐ帰ります。」

テーブルの横の座椅子に座り、肌着でぼーっとテレビを見ていたおじさんは驚いた顔をして、禿げた頭を少し下げて挨拶した。梅田はひょうひょうとしながら家を見渡すと、俺に紙袋を渡した。

「俺んちの余りものだけど、レンジで温めて食べな。石狩鍋。野菜と鮭が入ってて栄養価も抜群だからな。貴重な鮭だぜ。もう食えないかもしれないからな。じゃ、また。何かあったら俺に連絡しな。」

そう言った後、梅田は去った。
滞在時間1分。

家宅捜索されるかと思った俺は拍子抜けした。

「何したんだよ」
普段めったに口をきかないおじさんが俺に聞いた。ニュースになってるだろ?襲われた××駅のおにぎり屋のことで、話を聞かれたんだ。俺ここで働いているんだよ。俺が一通り説明すると「そうかい」と言い、腰をかきながら寝室に行った。相変わらず、俺に興味がない。

…そういえば梅田は何しに来たんだ。
……もしかして。
親がおらず、高校にも行っていない俺の話を聞いて、梅田は俺が虐待されていると思ったのかな。家の様子を見に来てくれたのかもしれない。

梅田からもらった、ジップロックに入った石狩鍋をレンジで温めた。
味噌とネギと野菜の甘味と、しょっぱい鮭の味がからみあった石狩鍋は、あったかくて、すげーうまかった。多分、人生で初めて食べた。

「あ、そうだ。店長どうしてんだろ」

ふと、店長が気になり、スマホを取り出しLINEを見た俺は、また困惑した。
そこには一文、こう書いてあった。

「警察を信じるな」

温かい石狩鍋が急速に冷めていくように感じた。







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