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【SAKE】|第三話|仲間と鮭のクリームパスタ。

どういうことだよ…。

店長のLINEのメッセージの意図を理解できない俺は、すぐに店長にLINE電話をかけた。5回くらい鳴らすと、店長の暗い声が聞こえた。

「店長?無事だったんすよね?よかった。」
「銀…お店はしばらく閉めるから。ごめんな。」
「マジで何があったんすか?」
「…俺の家に来い。口外はできねえんだよ。」

…普段はいい兄貴分の明るい店長が、電話口ではひどく素っ気なかった。よほどショックなことがあったんだろう。早朝から昼にかけてのころりんのバイトはしばらく休みなので、明日の昼に店長の家に行くことになった。電話を切った後、しばらくLINEで店長とやり取りをしていると、別のメッセージ通知が来ていた。幼馴染の新香和也(しんこうかずや)だった。LINEでメッセージを送り合う。

「ぎんと、店大丈夫だったん?」
「うん。俺は何もない。警察に色々聞かれたけど」
「よかった。既読つかんからまじ心配した」
「すまん。てかまじでやばいよな。変な事件じゃね?明日店長に話聞きに行く」
「え、俺も行きたい」
「かずや学校やん」
「学校より100倍面白そうだし学校さぼるわ。」

和也は都立の有名進学校に通う秀才だが、勉強ができるというよりは、地頭が良い天才タイプ。周りに流されない性格で、要領よく、卒なく何でもこなす。小学校2年生で同じクラスになって以来、家が近所なこともあり仲良くなったのと、同じバスケのクラブチームに通っていたこともあって、馬が合う。誰とでも分け隔てなく接する和也は、勉強なんてしなくても成績がいいらしく、高校に行かずフリーターになった俺とも変わらず遊んでくれる。むしろ、おにぎり屋でおにぎりを買う人の特徴を分析したいとか言って、俺の話を興味深く聞いてくる変なやつだ。和也に直接言ってはいないが、俺はそんな天才気質でフラットな性格のかずやを尊敬しているし、和也もよくLINEくれるし誘ってくれるし、俺のことを好きなはず。きっと。

和也とは11時に駅で待ち合わせて、店長の住む荻窪に向かった。15時からまたバイトだったので、13時くらいまでに解散予定だった。かずやとは道中、鮭が消えた謎や店の荒れ具合、警察官に石狩鍋をもらったことをざっと話した。

「俺は鮭のおにぎりが好きでころりんでバイトしていたのに、鮭が消えてなくなったらやべーよ。生きていけねえ。」
「大げさだなお前。なくならないだろ。そういえば9月って鮭が戻る時期なんじゃないの」
「戻る?」
「『母川回帰(ぼせんかいき)』だよ。生まれた川に鮭が戻る行動のこと。」
鮭は生まれた後に餌を求めて海に出て、3~4年ほどしたら川に戻ってくると、そういえば小学校の時に習った気がする。鮭には磁気があり、その磁気と太陽の光、匂いを頼りに生まれた川に戻ってくる。でも、生き残りは1%しかいない。鮭は卵を産むために、死ぬ思いをして自分の生まれ故郷に戻る。産むために、死ににいく。究極の世代交代だよなと和也はつぶやいた。

荻窪駅に着くと、店長が帽子をかぶり俺たちに手をふった。心なしかやつれているように見える。和也は3~4回ほどころりんに来たこともあるし、地元の祭りに一緒に行ったこともあり、店長とは顔見知りだった。来てくれてありがとな、とぼそっとつぶやき、店長は俺たちを家に案内してくれた。

「ケガはないんすか?なんか電話で金属音が聞こえたからビビりました」
「……」
「あ、あと!警察は信じるなって、なんのメッセージなんすか?こわ!と思って…」
「……後で話すわ」
ぴりっとした空気の中、店長は暗い面持ちでひたすら歩いた。10分ほど歩いたところに、俺の住んでいる家よりは綺麗だけど、少しだけ古そうなアパートがあり、そこの1階に店長の家はあった。建物は古いがさすがキレイ好きな店長の家だ。すっきりしていて片付いた部屋だった。

「お前らそういえば昼、まだだろ?パスタ作ってやるよ。しかも、俺んちのなけなしの鮭で。」
「まじすか!やったー!」
俺は飛び上がった。店長はころりんの前、自分のイタリアンレストランを運営していた。コロナ禍で売り上げが伸び悩んだ末にやむを得ず閉店したが、四の五の言わずとにかく食いつなぐために、急募していたころりんの正社員になったそうだ。ゆくゆくはまたイタリアンの店を開きたいそうだが、今は金を貯めるのに必死だと言っていた。そんな店長のパスタは、前に店長から得意料理だったんだと話を聞いてうまそーだなと思っていたのだ。

店長は慣れた手つきでパスタをゆで、冷蔵庫からささっと食材を取り出し、手際よく調理をした。小さな部屋がバターとクリームの香りに包まれる。ゆであがったパスタを、あらかじめ準備していたフライパンの中のクリームソースに入れ、豪快にまぜて皿にもった。最後に黒コショウと、半熟たまご。ほうれん草もトッピングされた、鮭のクリームパスタだ。

「え、うま。俺、手料理のパスタってあんまり美味しくないと思ってたけど、めっちゃ旨いっす」

和也が感嘆した。失礼なやつだ。当然、うまい。鮭のい出汁がクリームとからみあい、極上のソースに変化している。夢中になって食べていたが、俺はそろそろ核心に迫りたかった。

「店長、腕に包帯巻いてるけど…まじで何があったんすか」
「……誰にも言うなよ。……熊に脅されたんだよ。」
「は!?」
「熊だよ。」
……はあ?店長は頭をなぐられておかしくなったんだろう。苦笑いをしているそばで、和也は真剣に店長の話を聞き、質問を重ねた。

「てかまず、冷蔵庫を荒らしたのは店長さんなんですか?そもそも何で深夜にころりんに行ったんすか?」
「……鮭を頼まれたんだよ。熊に。用意しないと殺すぞって言われて。」
「熊っていうのは、あの動物の熊ですか?」
「そうだ。」

いやそんなわけないだろうが。熊が荻窪のおっさんの家にのこのこ現れて鮭とってこいってなった。いやいや漫画じゃないんだ。おかしいだろ。

「熊は話せるんですか?」
「スマホみたいなの持ってたな。ロボットみたいな声で話してたよ。」

俺はまじで信じられず話半分に聞いていたが、和也は夢中で店長に話を聞いていた。探求心が強いのは和也のいいところだが、ちょっと冷静になれよ、と俺は心の中でつぶやいた。

「ふーん。熊と一緒に店に行ったんですか?」
「いや、爆弾を体につけられていた。俺が解除しないと死ぬから、必ずこの家に戻ってこいって言われて。」
「うわ…愉快犯のやり口だな」

俺も間に割って入って、聞いた。
「でも、なんで店をあんなに荒らしたんですか?鮭を盗むだけでいいじゃないですか。」
「いや、実は俺が店に行ったら、誰かが先に侵入してたんだよ。俺もばれたらまずいから電気を点けられなくて誰だか分からなかったが、その場で襲われたんだ。」

そんな偶然あるか?熊に襲われて爆弾つけながら店に行ったら別の強盗事件の現場に遭遇する。悪運弱すぎるだろう。

「で、そいつがナイフ持って襲ってきて、ちょっと抵抗したときに腕を少し切ったんだよな。俺は爆弾つけてパニックになってる上にさらにやべえことが続くから気が狂いそうになって、俺を襲ったら死ぬぞ!爆弾がついてるからなって喚き散らしたんだよ。そしたら逃げてった。そいつも意味不明だったろうな。俺は鮭だけ持って、タクシーで家に帰った。生きた心地がしなかったわ。」
「ていうか、熊が直接店を襲えばいいのに。なんで店長に爆弾をつけたり、鮭を持ってこさせたり、面倒なことするんすかね。」
「まあ、すぐに銃で撃たれる危険もあるだろ。だから人間にやらせたんじゃないの。」
「そんで鮭を渡したら、爆弾を解除して熊は逃げたんすか?」
「いや、鮭のクリームパスタのレシピを教えろって言われたから紙に書いてた。そしたら銀からLINE電話きたんだよ。ちょうど熊がトイレに入っている時だったからさ、すぐに出て、ただでかい声だすとバレるからひそひそ話したわけ。」

そういうことか。あの電話口の間は寝ぼけていたわけではなく、恐怖の中で電話を受けてくれたのか。あの時少し店長に切れそうになっていたことを詫びた。

「したら急に熊がトイレから出てきて、テーブルの上のワインの瓶を割ったんだよ。そんで俺の電話を切って、着信履歴を確認して一言、『警察に話したら殺す』って言ったんだ。だから俺は熊の話はお前らにしか言ってない。……まじで警察には言うなよ。俺、殺されるから。」

にわかには信じられない話だが、店長がウソを言っているようにも思えない。身長180センチの体格の良い店長が、青ざめた表情で背中を丸めていて、とても小さく見えた。俺は口を開いた。

「…そんなやばい話、なんで俺らに言ってくれたんすか?」
「銀は信用できるから。信用できるやつの友達も当然、信用できるやつだろう。誰かに話したくて仕方なかったし、何とかしてほしいのよ。」
途方もない事件の渦中に足を踏み入れてしまった俺は、答えが見えない難題を前にして、店長の家に来たことを少し後悔した。

…ん?そういえば。
店長が言ってた「警察は信じるな」っていうのは、俺が警察を信用してぺらぺら話さないようにするためか?
あと、なんでその熊は店長が鮭のクリームパスタを作れることを知っていたんだ。
なんでレシピを欲しがったんだ。
謎が深まるばかりだし、機動力がある警察にゆだねた方が賢明ではないかと俺は思った。

「でも、さすがに警察に何とかしてもらった方がいいんじゃないすか?新種の熊でしょ?黙っててもこの後もっと被害が拡大するじゃないすか」
俺は冷静に回答したが、横で聞いていた和也は何かを悟った顔で言った。

「警察よりも先に俺はこの事件を解決したい。その熊、探しにいこうぜ」

バカと天才は紙一重。
この言葉が真っ先に思い浮かんだ。








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