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【詩と心と声】シリーズ集

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女優・望木心の心の中を現代詩で綴っております。Twitter、Instagramで公開した内容をアップしてゆきます。新しい詩も掲載予定。心が寄り掛かりたい時、癒されたい時、優しく…
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#日記

忘れない

台風が近づいている 最後の晴れた日 身体が浮かんでいるような感覚で もう二度と行くことはないだろうと そう思っていた場所へ向かう 河を渡る橋の上から いくつもの時がリズムのように やって来ては消える 掴めない記憶が 伸ばそうとする手のやり場を無くす 積乱雲が昔見た夢の世界へと誘う 浮かび上がる体 雲の方角へ跳ぶ 家路へ かつて家とした所とは 真反対の方向へ かつてそこにいた 存在と 想いと 幸せであった私とあなた あの時 私は幸せでした 只、ただ、あの日の今日

右手小指を紙で切った 何かのサインのように はっきりと現れる赤い血 痛みや色や中にある汚らしい物を目にしないと人は分からない生き物なんだろう 小さく深い切り傷は アクセサリーの様に控えめに赤い かつてこの指先を握ってくれた人がいた そう思っていたけれど どうやら全然違う別の人だった 気付いた頃にはその人はいなくて 屋上で狭い空を見上げて 言葉にならない言葉で あの人の名を呟いた 幸福だと思える時に あなたの指を握り返して 守っていたら 痛みが鈍くなる

明日と10年

10年前 ここを通りすぎて 掴めそうな夢を 追っていた 5年前 ここに立って 会うべき人に 会いに行っていた 1年前 何も無くなった後の 自由を持て余し 路地裏に踏み込んだ 今日 同じ自分が何人もいるけれど 誰一人としてお互いを知らない 明日 ここじゃないどこかで 「死んでいる場合じゃない」 そう思っている

望み

瞳が物語る いつも うったえている でも なぜ 体は木のように 動かないのか 心臓に花を咲かせ 冷たい青空の下 あなたの瞳の中に 入ろうとしている 輝く世界に 根を下ろせたら 何年も何年も 生きてゆけるでしょう

踊りつづけて

アドレナリンに ふりまわされ 朝がきて 足の皮が剥がれて 血が流れでて 叫び続けながら踊ったよ こんなに気分の良いいことは ない なにせ アドレナリンの燃料が 蝶にも 鳥にも 風にも 誰にも言えないことだから とりあえず 君には 死んでも言わない なんでって 自分にさえ 隠し通していたいんだって 分かってよ

小さな子供

子供の頃 夕闇が嫌いだった 孤独で 疲れていて 何のために 毎日この時間を過ごすのか 分からなかった 時が経ち 私は夕闇の中で 炎を見つけた 火の粉が夜空へ跳ねる 静かにそれを見つめていた 無意識の内に 小さな子供がやってきた そっと胸に抱き寄せ 二人きりで炎を見つめる この子も知っている あの頃の物語を もう一度だけ語ろう

おなおし

穴のあいた洋服 サイズの合わなくなったパンツ お直しが必要だと分かっていて 目の前のラックに掛けてあるのに 気にしながら 手をつけず 夏 秋 冬  そして年が明けた 夏の初めに友達と疎遠になった 原因は分からない 気にしながら 見て見ぬ振りを続け ぽっかりとあいた 雲の隙間の青空に その人のことを思った 自分の愚かさと その人の哀しさに後悔する 穴を縫いつけた 再生させるために 私の体をあたため楽しませてくれた その洋服に丁寧に針を通す そしてクローゼットへ戻した