【怪談話】抜け毛

最近、お風呂場の水捌けが悪い気がする。
一年前から住んでいるワンルームアパートの、小さなお風呂。
一応トイレとは別になってるし、シャワーだけでなく湯船もあるのが気に入っている。
独り暮らし用のアパートだから、ホントに小さな湯船だけど。

帰宅して、お湯をはろうと入ると靴下が濡れるのだ。
24時間換気だし、出かける前にはお風呂場のドアも、なるべく開けておくようにしてるのに……
あと、排水口がよく詰まるようになった。
……気が、する。
でもそれは最近の抜け毛の多さかもしれない。
忙しさにかまけて、ショートだった髪が伸びきって肩につくようになったから、なんとなく増えた気がする。
部屋の床にも、なんだか抜け毛が目につくようになってきて、前より頻繁に掃除するようにしている。

疲れてるのかな。
もうすぐ仕事も落ち着くし、そしたら髪を整えに行こう。
ついでに抜け毛についても相談しようかな。
頭皮マッサージとか、いいかも。
お風呂も、それまではちょっと後回しで。
引っ越してきたのは一年前だけども、築年数はそれなりだったから不具合でも出てるのかも。
次の休みは、ちょっと早めの大掃除でもしよう。

そう考えていた。
この前まで。

そう、ついこの前までは。

久し振りの連休だし、と美容院に行って、軽くなった頭にご機嫌になった。
だからその軽い気持ちのまま、また詰まりかけていた排水口の大掃除をやってやるぞと意気込んで。

そうして。

ぱかり、と開けた排水口の蓋を横に置いて。
ゴム手袋をつけた、右手で。
排水口に溜まった髪を、よいしょと持ち上げたのだ。

ずるり。

ずる、ずるずるずる。

びっくりするほど、そう、長い髪がずるりと。
ごっそり取れた。

「誰……」

思わず呟かずにはいられない。

だって私の髪は、伸びたとはいえ肩につくか、つかないかで。
ここは独り暮らし用のワンルームアパートで。
もちろん私は独り暮らしで。
ここ最近は忙しくて、友人も、妹も。

こんな長い髪の人は、この家には。

……最近、お風呂場の水捌けが悪い気がする。
だって帰宅して、お湯をはろうとお風呂場に入ると、靴下が。
お風呂場の床が、濡れていて。

声にならない悲鳴をあげて、お風呂場の床にゴム手袋を投げつける。

そのまま、鞄をつかんで不動産屋に駆け込んだ。

その後、一度も帰らずラクラクパックで引っ越しをしたけれど、当日やっぱりお風呂の床は濡れていた。

「小説家になろう」にも同じ話を投稿しています。