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第10話:夏の猛特訓(運動編)

ハキハキ先生との面談で無事夏期講習の予定が決める事ができた我が家。おかげで履修授業に迷いはなくなったのだが・・・やはり気になる我が子の実力・・・!

選抜クラスに移動してから既に2ヶ月ほど経っていたが、どうやらただただ授業に参加しているだけでは劇的に何かが上達する訳ではない、という事がわかってきた。むしろ受験熱の高い環境の中、明らかに努力の足りていない我が家が参加すると、我が子のパッとしない感が浮き彫りになってきているくらいだ。

今までなぁなぁのテンションで通っていたお教室だったが、前回、ハキハキ先生との面談で心強いアドバイスをいただいた事もあり、私の中では「そろそろ本気だすか・・!(ゴゴゴゴ・・・)」と腕まくりをするような気持ちになっていた。

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我が家は(特に私は)やると決めたらかなり思い切りよくアクセルを踏むタイプであった。残り期間は受験を頑張ると決めた以上、できることはやろうと夏期講習以外の時間での特訓が始まった。

運動の特訓

色々な種目の中でも、娘が特に苦戦していたのが運動であった。本番では何が課されるのかわからないので、一通りのスキルを網羅しておくのが小学校受験。ボール投げ、ドリブル、縄跳び、けんけん、片足バランス、飛行機バランス、くま歩き、ジャンプ、平均台、ダッシュ・・・などである。

もちろん、学校側はこれらを全てうまくこなす子を求めている訳ではないだろう。あくまでも見たいのは運動スキルであり、できる/できないよりも、身体の使い方そのものなのであろう。(所作などを重んじる学校などは逆に運動センスよりも、サーキットの手順そのものを見ている可能性がある)

その一方で、

運動音痴の子を持つ親としては、運動不得意感をできるだけ隠して乗り切りたいのである。それには何が有効かというと、やはり事前の練習である。初めての動きには不器用感が全身から滲み出るものの、手慣れている動きであれば、そこまでの差は生じない。

例えば、サーキットでよく出題される「ドリブル」を見てみよう。

運動が得意な子というのは、動きが全然違うものだ。何をやらせても動きに対する勘が良いので、手は自然とボールに吸い付くようにしてドリブルしているし、ボールを押す瞬間に指先を使ってボールの行方もコントロールできている。手首のスナップも使えているので、動きも最小限であり、ドタバタ感がない。動きに自信と余裕があるのだ。

我が子はというと、こういった事の見よう見まねがまったくできないタイプであり、特訓前のドリブルは水ヨーヨー状態であった。手はパー硬直でボールをバシバシと叩く。また、垂直に立ったままドリブルするのですぐ足に当たる。ボールはあさっての方向へ跳ねていき、それを慌ててドタドタと追いかけていく・・・。

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「とは言え、そのうち上手くなるでしょ?」

・・・と思われる親御さんもいらっしゃるでしょう。そうでしょう。しかし娘はおっそろしい事に、改善をまるでしないタイプであった。同じ事を100回でも200回でも繰り返すが、微調整無しでも、なぜか次こそは成功すると信じて止まないのだ。めげない所は素晴らしいとは思うが、実力に結びつかないのが悩み所である。

・・・というわけで、ドリブルのコツをめちゃくちゃ細かく砕いて教えた。「ボールがつまさきに当たらないように、やや中背」「手の位置はこのくらい」「手の形は力を抜いて」「ボールは叩くんじゃなくて押す」「ボールを迎えにいってから、押す」「指先も使う」「指先を使うってこんな感じ」「目線はボールと手」と、我ながら細っかいな、と思うようなポイントを実演しつつじっくり教えたりした。(もちろん一度にではなく、要所要所で、である)

それでもやはり見様見真似が不得意な娘は、なかなか吸収できずにいた。わかりやすいように、わかりやすいように、と工夫してみたり、逆にコツを自分で発見するまで自分でひたすらやらせてみたり、、色んなやり方でアプローチしてみたつもりだったが、どう教えてもやはり飲み込みが遅かったので内心、この時の焦りと苛立ちはものすごかった

教え方がわからない問題

話は少々それるが、私自身は逆に見様見真似が超絶得意な子どもであった。自転車は練習なしで最初から乗れたし、生まれて始めてしてみたゴルフでは最初から打球が遠くへ飛んでいった。体育の野球ではヒットを量産したし、遠投も得意であった。「見ているのにできない」ましてや「失敗しているのに微調整しない」という現象がまったく理解できず、同じ失敗を繰り返す娘をあたかも怠けているように感じてしまっていた。

しかし夫にこの悩みを相談した所、「教えられてないんだからできないのは当たり前じゃない?」という意見をもらい、カルチャーショックを受けた。そして気づいてしまった。自分がそもそも教えられてこなかったので、どう教えたら良いのかがわからない。見よう見まねで生きてきた人生が自滅した瞬間であった。

それからは「教えて初めてできる」事を前提に、何を教えていないか、何にひっかかっているかを、つぶさに観察しながらアドバイスを挟むようにした。また、観察するうちに徐々にわかってきた事だが、娘のようなタイプは今日教えたことは今日できるようにはならない。数日経って少しずつ上達したり、ある日突然できるようになったりする事が多かった。日をまたぐという事が最重要ポイントであった。

こういった事を意識してからは私の苛立ちは減り、まあまあ楽しく特訓できるようになってきた。「できない=怠けている」わけではなく、娘なりに一生懸命なのである。今思い返すと本当に申し訳ない事をしてしまっていた。

そんなこんなで、夏の間はほぼ毎日、何種目かずつ、公園や河川敷でドリブルやボール投げ、縄跳びなどを練習していた。嫌になったらもうおしまいなので、あくまで遊びに行こうぜ☆みたいなテンションで誘うのだが、結局はいつも鬼特訓になってしまう。娘はよく付き合ってくれたものだ。。

結局運動において一番大事なこととは

努力の甲斐あってか、練習を重ねた項目に関しては「運動が上手風」に近づくことはできた。それでも本当に運動が得意な子には敵わないのだが、「こなしている感」は少しずつ演出できるようになってきた。

そして練習を重ねれば重ねるほど、学校は要するにココを見ているのではないか?いや、私ならここを見る!というポイントが見えてきた。それが体幹である。

しっかり身体を動かしてきた子というのは、色んな動作をしてきたので体幹がしっかりしており、色々な動きに対応できる。走るにせよ、バランスをとるにせよ、ジャンプするにせよ、体幹さえしっかりしていれば何でもそれなりに見える。きっとスイミングでもやっていたらよかったんだろう。

夏の初めには大抵の動きが不器用に見えた娘だが、2ヶ月特訓を重ねた結果、以前よりも身体の動かし方が良くなってきた気がするのだ。それは、月齢に応じて成長しただけかもしれないし、もしかしたら夏の猛特訓の成果かもしれない。

最終的に秋以降は、ドリブルなどの小手先の練習はほどほどに、全力で走ることと、ジャンプすること(滞空時間を長くする)ことを中心に、身体をダイナミックに動かすことにシフトしていった。

夏期講習で現る!運動のエキスパート

ところで、ハキハキ先生が教えて下さった通り、夏期講習の運動の授業では運動のスペシャリストが教えにきてくれていたのだが・・・

このスペシャリスト達がすごかった。

今までは担任の先生がサーキットなどを実演してくれていたが、全身バネ人間のようなコーチ陣がこなすサーキットはもはや華麗でさえあった。

また、運動のスペシャリストが課すサーキットの内容も普段とは違った。普段は道具などのを多く使うサーキットが多かったのだが、こちらのサーキットはほぼ肉体で勝負系のものが多かった。肉体で勝負するだけに、子供の運動能力がわかりやすく露呈する。私が学校だったら絶対こっちを課す。

この授業が予想以上にためになったので、この先生方が出向している元の会社を調べ、秋以降はここが開催している小学受験用の運動クラスに切り替えた。(お教室の運動クラスは秋以降、とるのを辞めた。)

出会ってしまった神童達

実はこの運動専門クラスで、とんでもない子達に出会った。我が家は運動が不得意だったので、おとぎ話で言えば「うさぎとカメ」のカメの気分で、頑張れば追いつける!みたいな気持ちでコツコツ特訓していたのだが・・・

世の中にはうさぎどころか、チーターレベルの子がいるのだと思い知った。

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運動が得意な子が慢心せずに運動を極めるとこんな感じになるんや・・・と絶望感を覚えたほどだ。サーキットの指示は完璧、スピードもキレも跳躍力も最高レベル。今まで「この子は運動すごいなあ」と思っていた子達が、赤子に見えるほど、段違いだった。後にも先にもこの子達のようなレベルの子には会わなかったので本当特例だとは思うが、これ以来、良い意味で肩の力が抜けて「もうマイペースにがんばるしかないな☆」と開き直れたのがよかった。(ちなみにこの子達、後にクラスメートとなるw)

最終的に本番はどうだったのか

最終的に学校からの出題内容はどうであったのか。

我が家が受けた学校の試験ではいずれも、ボールや縄跳びなどの道具は一切使わなかった(笑)身体のみを使って試験をしたようだ。最終的に体幹を鍛える方向にシフトしたり、運動専門の別教室に切り替えたのは正解だったようだ。(今はコロナの影響で共通の道具を使う事もはばかられるだろうし、余計にその傾向が強まっているのが想像できる)

また、サーキットの練習とはなんぞや・・・・。と思ってしまうほど、手順を覚えるような事も何も出題されなかった。(※学校によります)

あれほど練習したサーキット練習も、あえなく塵となって消えたのであった・・・。しかしこれ、考えてみれば当然のような気もしてくる。もし学校がガチで運動能力を見たい場合、手順で頭がいっぱいの状態で運動能力を見るだろうか??否。私が学校なら、とりあえず走らせる!逆に指示は極力簡単に留め、「笛が鳴ったら順番に走る」程度に留めるだろう。

そんな訳で、運動の特訓は、基礎能力を上げるような内容であれば無駄にならないであろうが、あまり小手先スキルにとらわれる必要な無いのだろうな、と思う。

続く!

次回も夏の特訓話が続きます。(話がなかなか進まず申し訳ない)

当時の自分に教えてあげたい事

今回も最後まで読んでくださってありがとうございます。

欠かさず毎日練習していたような書き方になってしまいましたが、運動の特訓は週に3〜4回、行けたら行く、という感じでした。

真夏の暑い季節でしたが、午前中の川沿いの陸橋の下はとても涼しく、我が家はいつもそこで練習をしていました。この時、下の子も一緒でしたが、ボール投げを頑張るお姉ちゃんを見ていたからか、1歳半にしてものすごいコントロールの良いボールを投げるように成長しました。

我が家はドリブルやらボール投げやら縄跳びやら、色んな小手先スキルを取得しようと前半は練習しましたが・・・最終的にこれら全部必要なかった、という結果に着目していただきたいですね。典型的な「お教室は過度にもとめてくるけど、学校はそんなこっちゃ求めてない」良い例でした。本当、反例として見てくださいね。

とはいえ、もしも出題されたら・・・という不安は最後まで拭えないので、練習せずにはいられないのもまた理解できます。ただ一つ言えるのは、学校側が何を出題するにせよ、できる/できないではなく、「身体の使い方」そのものを見ていた気がします。

色々な動作ができることによって体幹が鍛えられてくるので、小手先スキルもまったくの無駄にはならないとは思いますが、私がもう一度運動の練習をするのであれば、練習時間の8:2の割合で身体:道具系の練習をすると思います。「どこまで飛べるかな」「どれだけ速く走れるかな」「どこまで高くジャンプできるかな」「けんけんレース」「ゴロゴロレース」「雑巾がけレース」など、とにかく身体の限界を更新していくような遊びで特訓したら良かったかな、と思います。(本番はレース感があるので、勝負ごとにするのがポイントだと思います)

まあどれもこれも、運動が得意であれば元から心配することはないので、「うちの子、運動は得意!」と言える親御さん達は本当に何も心配しなくて良いかと思います。(むしろサーキットの手順を覚えられるように特訓した方がいいかも・・・)我が家も、下の子は運動神経がかなり良いので、もしまた受験するとしたらここらへんはまるごとスキップします。

それではまた次回!


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