色は廻る

 数日前まで微かな呼吸音だけが響いていた古い和室には、いまは黒い服に身を包んでいる者だけが十人ほど集まり、それぞれの話し声が一つのざわめきになって家の空気を振動させていた。

 長テーブルの端に座っている少女は、隣にいる母の顔を時折のぞき込むように見ると、それから正面を向いたり、木目を目でなぞったりしていたが、やがて縁側の向こうで視線を落ち着かせた。

 縁側の向こうにある庭は、八月の太陽のくっきりとした光に包まれており、庭の一角には茎の長い向日葵が頭を傾げている。
 
 去年の八月、少女が縁側で西瓜を食べている時は、向日葵ではなく千日紅が咲いていた。少女の母とその兄が幼少時代に言い争っているときは秋桜が花弁を揺らし、故人が初めてこの家に訪れたときは夕顔が静かに花をつけていた。

 黒い服に身を包んでいる者たちは、庭の片隅に咲いている花の遷移について、一つや二つの思い出をそれぞれ持っているはずだったが、誰も口にする者はおらず、少女だけが庭に咲いている向日葵をただ見つめている。

 視界に微かな変化があり、少女はおもむろに立ち上がると、縁側の沓脱石の横に置いてあった大きなサンダルに足を通す。歩き出すと同時にまとわりつような暑さと蝉の鳴き音が全身を包み込んだ。

 向日葵の前で足を止め、地面に落ちたばかりの黄色い花弁を見つめる。四肢を動かして歩いてきた蟻の一匹が花弁を避けるように方向転換する。少女が指を伸ばして花弁を拾いあげると、土の匂いが近づいてきた。薄っぺらい黄色い花弁は人差し指に張り付き、その柔らかな感触を伝えてくる。

 少女が庭にいることに気づいた黒い服を着ている者の一人が名前を呼んだ。耳には届かない。母が呼ぶ。耳に届く。いつか故人が微笑みながら座っていた縁側に、目を丸くした母の姿があり、少女の方を見ている。少女が口を開くと同時に、風がさっと吹いて、黄色い花弁は空へと運ばれていった。


こちらの企画に参加させていたきました↓