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[003]タナロット

その日、みさきは祖父の海斗と一緒に地元の市場で買い物をしていた。市場ではいつものルートでいつもの店に寄り、いつもの食料を買いこむ。
バリに移住して2年がたつ。5歳になったみさきは、文字が読めるようになっていた。そうすると、店員さんの名札にある共通点に気がつく。
「ワヤン」という名前が書かれた名札を次々と見つけるたび、みさきは驚いた。
「ねえ、おじいちゃん、ここにいるワヤンさん、みんな同じ名前なの?」と彼女は尋ねた。祖父は笑いながら「バリではワヤンって名前がとても多いんだよ」と答えた。
「じゃあ、いつも遊んでるワヤンとどうやって区別するの?」
そう質問された海斗は、果物屋のワヤンさんとか、運転手のワヤンさんと呼ぶんだよ、と教えてあげた。
「そっか、じゃあ友達のワヤンには特別な名前を付けなきゃ!」
とみさきは心に決めた。



その日の夕方、みさきはワヤンにこのことを話した。

ワヤンは少し笑いながら、「バリではポピュラーな名前だからね。でも、別に呼び名を考えるのも面白いかも」と、にっこり微笑みながら返した。そして、彼は自分の好きな場所であるタナロット岬のことを思い出し、「じゃあ、タナロットって呼んでくれない?」と言った。
みさきはその提案にすぐに賛成し、「タナロット、いいね!なんだか君らしい名前だよ」と喜んで答えた。みさきは、なぜだか少し特別なひびきを感じて、すぐさまタナロットという名前が気に入った。まるで昔からそう呼んでいたような、ワヤンという名前よりもしっくりくるような、そんな気持ちだった。そうして、彼女は彼をタナロットと呼ぶようになった。

タナロットは嬉しそうに笑い、二人はその日も一緒に遊んで、日が暮れる頃に別れの挨拶をし、それぞれの家に帰るのだった。

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