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獣林外史:星の記憶とアリゾナジャガー

(注:この記事は「けものフレンズ」ファンに向けて書かれたものですが、動物のアリゾナジャガーに関する示唆も含んでいます。)

はじめに

往年のブームの習いとして「ここすき」から話を始めることにするが、デグーのフレンズがわりと好きである。けも3の新年イベントで実装されたのは記憶に新しいが、加入時のセリフが「あなたが隊長さん?へぇー…そうなんだぁ…そうなんだぁ…」と引き気味だったときから好きである。

そんなデグーの声をイコラブの役者さんがやってるのをわりと最近知った。別段それが理由というわけでもないが、先月あにてれで配信があったのを機に、イコラブ版の舞台を観た。めっちゃよかったです。ここまで日記。

さて、今回この記事で取り上げるのは、そんなイコラブの舞台版でえげつない存在感を発揮している、齋藤樹愛羅さん演じるアリゾナジャガーである。わりと強引な導入を試みたのは、今回アリゾナジャガーという動物についてネチネチ追究することで、けものフレンズプロジェクト創成期の歴史の一側面も明らかにできた気がするからである。以下、アニマルガールと原作動物とを区別するために前者の方はゾナと呼ぶことにする。

本稿の主張は以下のとおり。ゾナはとある科学番組から派生して生まれ、とある誤解によって絶滅したことになっているフレンズである。なお、予防線を張っておけば、①上の誤解ゆえにKFPを批判する意図はまったくない。②筆者は生物の専門家でも何でもないので、いちいち(知らんけど)(ホンマか?)等々を文末につけながら読んでいただければ幸いである。ソースはしっかり検証したつもりですが、誤りがあったら指摘してください。

黙示録生まれWikipedia育ち

アリゾナジャガーについてはちょっと気になっていた。アメリカ・メキシコ国境にいたとされるジャガーの亜種で、「1905年に絶滅した」との情報が流れていた。ところが英語の記事をあさってみると、1905年に絶滅したどころか、今日でもアリゾナ州ではジャガーがちょこちょこ確認されているのが分かる。国内に繁殖地が残っているのか議論はあるようだが、ネットを一通りさらった限り、1905年に絶滅したとの事実はどこにも見受けられないのである。

ちなみに、ジャガーに関しては1990年代後半から分類学的再検討がなされ、地理的に隔絶していても遺伝的にはかなり共通していることが確認され、現在ではアリゾナジャガー(Panthera onca arizonensis)を含め、従来9つほどあったすべての亜種は認められない、というのが現在の定説のようである。ジャガーに限らず動物の地域亜種の再検討は現在進行形で進んでおり、こういう改訂自体は決して珍しいことではない。

(急ぎフォローしておくと、このことはゾナの存在をなんら否定するものではない。ツチノコなどの例と同様に、フレンズは人間の記憶や知識に基づくものであるから、かつて科学的に認知されていたアリゾナジャガーのフレンズがいることも特に不自然ではない。というかそれ言ったらオーストラリアデビルなんか初めから亜種として記載されてさえないしサーベルタイガーはそもそも種ではない。)

Wikipediaをみると、こうして消えていったジャガーの亜種群のうち、他の亜種については2020年現在まで記事が作られていないなか、アリゾナジャガーの記事だけが2006年に立項されている。日本語版Wikipediaの開設が2004年であることを踏まえれば、これはかなり初期の記事である。少し検証してみると、どうやら執筆者は、イギリスのディスカバリーチャンネルが1990年代に制作した番組「20世紀生きもの黙示録」(原題:Lost Animals of the 20th Century)に触発されたようである。

この番組、20世紀に絶滅した動物たちを各5分程度の尺で紹介していくドキュメンタリーである。なんと日本語版の管理者様の意向で現在無料で視聴することができる。人間dis(特に白人dis)てんこ盛りのセンセーショナルな編集であるが内容は面白い。なお解説文にある通り、1996年に『失われた動物たち 20世紀絶滅動物の記録』というタイトルで書籍が出版されたそうである。以下、番組名を「黙示録」と呼ぶことにする。

アリゾナジャガーは上のリンク先の動画で最初に紹介されるのでぜひ確認されたい。そのあとWikipediaの初期の記事に立ち戻ってみると、明らかにこの動画の受け売りなのが分かる。どうやら、日本語でまことしやかに語られてきた「1905年にアリゾナジャガーが絶滅した」との情報はこの番組が出典のようである。なお、アニオタwikiによると「黙示録」がネット上で公開されたのは2017年のことというから、参照元はビデオ版か書籍のいずれかだろう。

黙示録かく語りき

あの、アリゾナジャガーのゾナだよ。 ゾナはジャガーの仲間だから足が早くてね、 どこでもすぐに行けちゃうよ。 だけど、留守にしている間に誰か来ないかとか、ちゃんと 戸締まりをしているかとか、心配で住んでいる場所から離れられないの。

ゾナについては、ネクソン版の上の紹介のほか、クエスト「百獣の王の一族」の中で、ミライさんがヨダレを垂らしながら次のように解説している(ニコニコ 7:17付近)。

アリゾナジャガーさん……感激です! 確か……そう! 自分の住処からあまり離れることはなかったって本で読んだ気がしましたけど……

先の「黙示録」のナレーションによれば、「(…)走るのも早く、木に登るのも巧みだった。岩山や谷間の洞穴を住処にしていた。単独で行動し、夜餌を求めて歩き回ったが、水の近くにある住処から32km以上は離れなかった。」という。まさに上記のミライさんの解説や、ネクソン版の紹介文に合致している。

ここで重要なのは、くだんのWikipedia記事には「住処から離れることはなかった」という記述はどこにもなかったことである。すなわち、ゾナのキャラ制作に当たってWikipediaの受け売りではなく「黙示録」が直接参照されていた可能性が高いのである。ちなみに、ブラウザから期間を絞って検索した限り、ゾナがアプリに登場した2015年9月以前にアリゾナジャガーについて言及した日本語サイトはWikipedia以外ほぼ皆無に等しい。

すると、もしかしてKFPガッツリこの番組題材にしてたのでは……?という気がしてくる。試しに、ネクソン版時代の絶滅種フレンズのうち「黙示録」にも紹介されているものを並べてみるとこんな感じである(太字が該当動物)。はるか昔に絶滅した動物を別にすれば結構な採用率といえるのではなかろうか。

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もっとも、次のような見方もできる。「黙示録」には20世紀初頭~中葉までに絶滅したことが知られている種のかなり多くが記録されている。有名な絶滅種はそもそも近現代に偏っているので、別のソースから絶滅種を集めたとしても重複が起こるのはけだし当然である。KFPが確実にこの番組を参考にしたとまでは言えない、と。

それはその通りである。実際、例えば1995年に出版された今泉忠明編『絶滅野生生物の事典』(2020年、角川ソフィア文庫で復刊)には、「黙示録」にないドードーなども含め、フレンズ化した絶滅種の多くが掲載されている。

だが、『絶滅野生生物の事典』はアリゾナジャガーについては掲載していない。そもそも本来絶滅したとされていないはずのゾナの目にハイライトがないのはなぜか? 少なくとも、アリゾナジャガーを絶滅したものとして扱っている出典に依拠していない限り、こうした状況は起こりえないのである。その可能性が一番高いのが「黙示録」なのは間違いない。

傍証であるが、同じく百獣の王の一族のバーバリーライオンについても、フレンズの紹介に古代ローマの戦士と戦ったことをほのめかす記述があり、「黙示録」からの影響をうかがわせる。明らかに番組の内容をなぞったWikipedia記事が早くに立てられていたり、近年は亜種と見なされていなかったりという状況もアリゾナジャガーと似通っている(ただしこちらは近年になって再発見されたことを受けてか、目にハイライトが入っている。分類が整理されたのも2016年とかなり最近で、アプリ登場後のことである)。

むろん、「黙示録」が参考にしたのと同じ英語の文献が、別の日本のジャガー関連の本に引用されていて、それに準拠した可能性は残されている。が、ジャガー関連の文献がそもそも日本に多くないなかで、アリゾナジャガーに割いた一節があるとも考えにくい。もし心当たりの方がいれば教えてください。

幻の絶滅宣言

さて不思議なのは、「黙示録」で紹介された1905年絶滅って何だったの?というお話である。結論から言えば、残念ながら「アリゾナジャガーが1905年に絶滅した」ことを記した出典をネットの海から見つけ出すことはできなかった。が、もっともらしい説明がないではない。1つの州の事例をアリゾナジャガー全体に拡大解釈したのではないか?というものである。

とりあえず「黙示録」ナレーションから当該箇所を抜き出してみよう。なおこの番組、英語版がyoutubeで配信されているが、米国外からは観ることができない。プロキシを通して確認した英語版の同じ箇所も記しておく。少なくとも誤訳のたぐいではなさそうである。

「1904年、ニューメキシコ州シエラ・デ・ロス・キャベロスで、1頭のアリゾナジャガーが発見され、撃たれた。翌年、もう1頭が同じ運命に遭った。それが、最後であった。」
In 1904, in the Sierra de Los Caballos, in New Mexico, an Arizona jaguar was seen and shot dead. Another was seen in the following year and it too, suffered same fate, but then, no more.

アメリカのジャガーの歴史についてはある程度文献が見つかるが、ここでは1997年7月22日連邦官報を紹介しておこう。1973年の絶滅危惧種法の適用対象を米国内のジャガーにも拡大する旨を告示したもので、米国魚類野生生物局がジャガーを米国の絶滅危惧種と認定した法令である。官報中ではその経緯が細かくまとめられている。

これを読むと、確かにニューメキシコ州からの最後の目撃報告は1905年となっている(Brown 1983)。が、それはニューメキシコ州での話であり、アリゾナ州やテキサス州ではこの後も断続的に確認報告がある。

根拠となっているBrownの記事はネットで確認できないので、別の文献から補ってみよう。Bailey (1931)にはジャガーの捕獲報告がつらつらと並べられているなかで、その一番新しい記録が1904か05年、例のシエラ・デ・ロス・キャベロスの報告となっている。しかしあくまで1904年"か"05年であり、1905年の確実な報告は見つからないし、2年連続で立て続けに殺されたという報告もない。ちなみに話がややこしくなるのを恐れず言えば、その後もニューメキシコ州内でジャガーの目撃証言はあったりする(Robinson 2006)。

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蛇足であるが、こちらはテキサス州で1904年にジャガーが最後に殺されたことを示す1929年の写真記事。Bailey (1905)の報告によると正しくは1903年で、大きさは198cm/64kgだったらしい。なお、この記事から17年後、1946年にテキサス州で再びジャガーが射殺されている。
(出典:Year Book on Texas Conservation of Wild Life, 1929. Texas States Library and Archives Commissionのサイトに原版あり)

これらを基にどこかの文献が間違って絶滅種と書いたのを番組スタッフが検証せずに用いたのか、それとも誤りを承知で脚色したのか、さまざま憶測はできるが、いずれにしても「1905年」の意味付けとしては筋は通る仮説かと思う。

といっても憶測の域を出ないのも事実である。いかがでしたでしょうかブログの二の舞を演じないために、「ネットでは読めないけどもしかしたら解決の糸口になるかも?」という文献を紹介して締めくくることにする。ぼくはわざわざ海外から取り寄せてまで読む気力はないので、奇特な方の追加検証を待つばかりである。

・Brown, D. E. 1983. On the status of the jaguar in the Southwest. The "Southwestern Naturalist" 28:459-460.
・Perry, Richard; "World of the Jaguar", 1970.

余談:絶滅と非絶滅のあいだ

この記事はいちおうアリゾナジャガーは絶滅していないというスタンスで書いている。というのも合衆国当局が絶滅危惧種に指定しているからである。ただ、1960年代に最後のメスが殺されていることから考えて、米国内ではほぼ絶滅したと言っていいのかもしれない。ジャガーのオスはメスよりも行動範囲が広く、数百キロ旅することもあるため、それがメキシコ国境を越えて迷い込んでいる、というのがおおかたの学者の見解のようである(連邦官報1997参照)。

実のところ、米国南西部にジャガーがどれほど生息していたかは知ることができない。「黙示録」が煽ったほど多くの射殺事例があったのかという疑問もある(少なければいいってもんでもないが)。現在米国内で確認されるジャガーと同様、過去のジャガーもメキシコから迷い込んだ可能性もあり、また、過去の目撃証言や記述のいくつかは、クーガーやオセロット、マーゲイなど他の動物との見間違い(ジャガーの稀少さからいって、これはありえる話)の可能性も否定できないからである。

目撃証言の少なさや、北米先住民の文化におけるジャガーの影の薄さなどの証拠から、米国は始めからジャガーにとって周縁的な生息地でしかなかった、と主張する識者もある(Rabinowitz 1999)。合衆国当局が、政権交代のたびにジャガーの保護方針を二転三転する理由もこの辺にあるのだろう。

確実なのは、確かな目撃証言でさえも20世紀を通じて大幅に減少したことと、ジャガーの生息域が、アメリカ大陸全体で急速に狭まっているという事実である。アリゾナジャガーの存在いかんにせよ、ジャガーの保護が求められていることそれ自体は変わりはない。


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