『アマチュア』

監督:クシシュトフ・キェシロフスキ

観るのは二回目だった。『平穏』のその先のお話とも取れる。妻と子供と家、平穏な生活を望んでいたはずの主人公はカメラと出会うことで、取り憑かれたように身の回りのものを撮影する。次第に「演出」や「編集」を知り、制作の幅を広げていく。ポーランドにおいて映画を撮ることは、被写体を社会的に傷つける可能性があり、フィルム自体が利用されたり規制されたりする。主人公は次第に全てを失っていき、オスフが解雇されたことをきっかけに外の世界にカメラを向けることをやめ、自分にカメラを向ける。『ある夜警の視点から』の経験から、ドキュメンタリーから劇映画へと転向し、政治的映画から距離を置いた監督自身の自伝のような作品でもあり、当時のポーランド映画監督たちのあり方を捉えている映画でもある。本人役で登場するザヌーシは、もはや映画で現実を変えられる時代ではない、映画は相対的なものであり、絶対的なものではない、その中での迷いの中にこそ映画を撮り続ける価値がある、と語る。ハゲの審査員はアマチュア作家の強みを、政治的な会議ではなく、目の前の光景を純粋に捉えられることにこそある、と指摘する。しかし映画を撮ること自体が政治的な行為であり、抑圧される対象でもある。抑圧された中から外の世界を純粋な目で捉えようとしたのが「モラルの不安の映画」の世代であり、遡ればワイダをはじめとしたポーランド派なのだと思う。もちろん映画を撮る喜びも描かれていて、亡き母親が映り込んでいたシーン、障がいの人が感動するシーンはまさにそれだと思う。見返してみると、全てのショット、行動に意味があって、そのタイトさが少々息苦しいのだが、ここでしか、この時代でしか撮れない映画として意義深い作品だと思った。去る妻にカメラを向けたくなるシーンが可笑しい。序盤に病院の受付の人にカメラを見せたら、その人が急に後ろのカーテンを開けて病院の中全体が現れるショットが恐ろしかった。カメラを持つことによって世界が開かれていく感覚に高揚感を覚えながらもゾッとした。

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