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チーズ、アーモンド、ときどき寒天ゼリー(中)

1型糖尿病になりたての頃の記録を記しています。(上)はこちら
以下、注射の話が主です。画像はないですが、苦手な方は読むのを控えてくださいね。

はじめてのインスリン注射

「ひえええええ」
間抜けな声が、病院の一室に響いた。

「彼氏さん、注射苦手ですか?」
「はい、ものすごく」

本人に代わって私が答える。問うてきた看護師さんは「女の子は血を見慣れてるせいか、男の子の方が案外こういうのダメなのよ」なんて言って、明るくふふふっと笑った。

「なんで注射するの私なのに、あんたが変な声出すのよ」

恐怖に顔を歪ませている恋人にツッコミを入れながらも、人生初のインスリン注射器を前にして、私も私で怖がっていた。

1型糖尿病と言われて、人生で初めての大きな病気に戸惑いながら、これまた初めての点滴を終えた後。
「今日からインスリン注射を打ってもらいます」とお医者さんに言われた。また、初めてが加わった。

それ打ってもらったら万事解決ですよね?と思っていたけれど、なんか、お医者さんや看護師さんの言ってることはそうじゃないような……

どうやら、これから生涯、毎日注射を打ち続けなければならないっぽいぞ、とわかった。

いまのところ、1型糖尿病は治らない病気らしい。
糖を分解するインスリンがでなくなっちゃってるから、外からインスリンを補わないといけない。インスリンはホルモンで、ホルモンはタンパク質だから、口から入れると消化されちゃうらしい。でも、だからって注射って、ねえ…

その注射は、1日1回のものと、毎食前にやるものの計2本で、1日計4回、必要なのだと言う。

さらに看護師さんは、「頑張ってなるべく早く自分で打てるようになってね」と、笑顔で言った。

「自分でやるんですか」

思わず聞き返してしまった。看護師さんは、「そう。でも大丈夫!自分のおなかにぷすってやるだけだから」と、また明るく言ってくれた。

そうは言われても。絶対、無理。

そんな気持ちはぜったい伝わってただろうけれど、看護師さんは「やり方、教えるね」と言って、病院の一室へと入っていった。
私と、お医者さんからの説明のために駆けつけてくれた恋人も続いて入って、インスリン注射のレクチャーが始まった。

注射を打つまでの準備は、簡単だった。針だって、めっちゃ細い。だから、そんなに痛くないのかもしれない。看護師さんも痛くないって言う。

でもね、無理なものは、無理。

隣では相変わらず恋人が「ひえええ」と、怯えた子犬のような顔をしていた。

うるさい子犬のおかげで、ちょっと笑えて、肩の力が抜けた。明るい看護師さんに励まされ、がんばるぞ、と意気込んだ。

が、やはりいざ刺すとなると怖い。やってもらうならまだしも、自分でなんて、無理。

結局、この日は断念して看護師さんに打ってもらった。自分でできないので、毎食前の注射はなし。1日1回の方だけ、病院で看護師さんに打ってもらう日々が5日間続いた。

慣れるまでは大変だけど、慣れてしまえば

初診から5日目。点滴が終わり、インスリン注射の練習が始まった。

今日で、絶対自分でできるようになる、と決めていた。

それは、大学入学したての頃、眼科で薄い膜を前にビビっていた自分を思い出したから。
「コンタクトにしたい!」と思ったはいいものの、いざそれを目に入れるとなると、怖くて怖くて。眼科のお兄さんに励まされながら、結構な時間格闘していた。

具体的に、どうやってできるようになったのかの記憶はすこんと抜けているけれど。いまの私は、なんてことなくコンタクトレンズを入れられている。たまに失敗して、いてて、ってなるけど、全然怖がらずに入れられている。

それといっしょだ、たぶん。

最初は怖い。痛い時もある。(実際、インスリン注射は毎回ちょっとだけ痛い。全く痛くない人もいるらしいけど、私は、ちょっと痛いぞ……)

でも、コンタクトと同じように、慣れて、なんてことないようになる。最初だけ、ちょっと勇気出せばいい。

そう思って、おっかなおっかなびっくり、自分で打った。看護師さんはそれはそれは喜んでくれて、「今日はあさぎさんの記念日にもなったね!」なんて言ってくれた。

その日はちょうど、世界糖尿病デー。インスリンを発見した研究者の誕生日だった。

それから2ヶ月が経ったいまも、毎回おっかなびっくり、打っている。
看護師さんの言うような”勢いよく”はいまだに無理だけど、ちゃんと1日4回、おっかなびっくりでも打てている。

例の怖がりな子犬は、ある日、
「はなが注射を打っていても、俺は痛くないんじゃん!」
と、さも大発見をしたような顔で言い、それからは「ひええええ」と間抜けな声を出すことも無くなった。


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