民法(債権関係)改正による会社法の試験対策への影響
今回は,平成29年民法(債権関係)改正による会社法の試験対策への影響をとりあげていきたいと思います(令和元年会社法改正による試験対策への影響についてはこちらをご参照ください)。
会社法の実務への影響とか,細かくて試験対策上重要でないところには触れる予定はありません(例:価格決定の申立ての利息が民法の変動利率になること,詐害的事業譲渡・詐害的会社分割の期間制限の長期が10年になること等)。
なお,多くのことは既に「論文を意識した会社法超インプット講座」の方で触れていますが、受験生からの関心が高い事柄だと思ったのでnoteの方でまとめ直しました。
1.代表権濫用
(1)改正前
無効となる(最判昭和38年9月5日民集17巻8号909頁)。
(2)改正後
代表取締役(その他の代表者)が,自己又は第三者の利益を図る目的で,会社を代表した場合には,相手方がその目的につき悪意又は有過失のとき(知り又は知り得たとき)は,無権代表とみなされる(民107条適用ないし類推適用)。
(3)変更点
無効ではなく,本人(会社)への効果不帰属となる(民113条1項)。
そして,代表者は無権代理人としての責任を負い(民117条),本人たる会社も追認できる(民116条)等の無権代理に関する民法規定を適用できることとなった(髙橋ほか170頁)。
2.代表取締役の専断的行為(362条4項に反する代表行為)
(1)処理方法
内部的意思決定を欠くにとどまるから,原則として有効である。
もっとも,真意と異なる意思表示(心裡留保)と同視できるため,相手方が決議を経ていないことにつき悪意又は有過失のとき(知り又は知り得たとき)は,無効となる(民93条1項ただし書類推)。
(2)注意点
代表権濫用と代表取締役の専断的行為は,いずれも現行民法93条に関連しているが,異なる論点(専断的行為≠代表権濫用)であり,代表取締役の専断的行為については,代表権濫用に関する民107条は適用されないと考えられる。
(3)適用条文についての補足
最判昭和40年9月22日民集19巻6号1656頁〔百選64〕。同判決は民93条を根拠として挙げていないが,豊永道祐「判解」最判解民事篇(昭和40年度)337頁が,民93条1項を挙げている。なお,調査官解説,田中235頁,百選64解説〔松井〕は民93条1項とするが,平成20年出題趣旨は民93条1項ただし書としている。
3.任務懈怠責任の帰責事由
(1)問題の所在
任務懈怠責任は,債務不履行責任(民415条)の特則としての法定責任である(田中278頁,コンメ⑼223頁〔森本〕)。
そして,民法(債権法)改正において,民法の債務不履行責任の帰責事由とは,伝統的通説であった故意・過失ではなく,「債務の不履行が契約その他の債務の発生原因及び取引上の社会通念に照らして債務者の責めに帰すべき事由」(民415条1項参照)とされた。
ここで,会社法の任務懈怠における帰責事由は従来故意・過失を意味すると解されていたが,この内容が変わるのかが問題となる。とりわけ任務懈怠のうち法令・定款違反の場合に問題となる。
(2)民法改正の趣旨
民415条1項ただし書の文言の追加は,従来の裁判実務の枠組みを明確化する趣旨にとどまるものであり,実務のあり方が変わることは想定されていない(一問一答74頁)。
このような旧法下での裁判実務や当該裁判実務における判断枠組みを明確化した民法改正を前提とすれば,改正法が役員等の任務懈怠責任の要件の解釈に影響を与えるものではないと解してよいと考えられる(実務民法262頁以下〔篠原〕,268頁〔鎌田〕)。
従来,「帰責事由」における過失は,「違法性(法令違反)の認識可能性」と言われており(立案担当117頁),この判断方法は,当該取締役の主観的な認識可能性ではなく,「通常の取締役に要求される程度の注意を有していれば違法性を認識することができたかどうか」で判断することになる(コンメ⑼250頁〔森本〕,最判平成12年7月7日民集54巻6号1767頁〔百選49〕の河合裁判官補足意見も参照)。
結局のところ,帰責事由については,このように判断すればよいのであって,それを故意・過失と表現するか否かはあまり問題ではないと思われる。
(3)結論
ともあれ,いまだ議論が成熟していないので,試験対策上は,帰責事由の内容を故意・過失と表現して何ら問題はないと思われる(江頭469頁以下,田中278頁,髙橋ほか210頁も故意・過失を前提としている)。
帰責事由の内容を故意・過失と表現しない場合は,端的に「帰責事由が必要である」としたうえで,当てはめで上記判断方法を用いればよい。
4.不当利得返還請求
(1)改正の概要
民法改正により,不当利得のうち給付利得の類型に関しては,民703条ではなく,その特則である民121条の2第1項が適用されることになった(ちなみに,民121条の2第1項は,「不当利得の返還」ではなく「原状回復」と規定しているため,不当利得返還請求ではなく原状回復請求と表記すべきであろう)。
これに伴って,会社法の試験で,従来の不当利得返還請求を書く際には,給付利得に関しては民703条ではなく民121条の2を摘示すべきであろう(もっとも,会社法学者がそこまで気にしていなさそうなので,民703条と書いてもほぼ減点はないと思うが)。
結局のところ,答案を書く際に,給付利得か侵害利得かを判断して,それに応じて適用条文を変えれば十分である。
(2)給付利得 →民121条の2第1項
①剰余金配当が無効である場合の返還,②利益相反取引が無効である場合の返還,③違法に支給された役員報酬の返還については,給付利得であるので,民121条の2第1項が適用される。
(3)侵害利得 →民703条
これに対して,失念株の場合に,会社が,譲渡人に㋐株式無償割当て,㋑株式分割,㋒剰余金配当したときには,譲受人(失念株主)は,譲渡人に対して,割当株式,分割株式,配当金の返還請求ができるが,これは侵害利得であるので,民703条が適用される。
5.商526条の適用範囲
(1)改正前
買主の検査・通知義務(商526条)が不特定物売買について適用になるか否かについて争いがあった。
民法の瑕疵担保責任は特定物売買についてのみ適用があると解されており,商526条が瑕疵担保責任の特則とすれば,商526条も特定物売買についてのみ適用されるのではないかが問題となっていた。
この点につき,判例は,不特定物売買についても適用対象となるとした(最判昭和35年12月2日民集14巻13号2893頁〔総則百選51〕)。すなわち,商526条は瑕疵担保責任の特則ではない。
(2)改正後
民法の契約不適合責任は,不特定物売買についても適用される。そのため,商526条の適用対象の問題について,特定物売買に限定されるとする根拠はない。
したがって,商526条の適用対象について争いはなく,論ずる実益はない。
消滅した論点として,試験にも出題されないであろう。
6.参考文献
江頭 江頭憲治郎「株式会社法〔第7版〕」(有斐閣,2017年)
田中 田中亘「会社法〔第2版〕」(東京大学出版会,2018年)
髙橋ほか 髙橋美加・笠原武朗・久保大作・久保田安彦「会社法〔第2版〕」(弘文堂,2018年)
平成〇年出題趣旨 法務省「論文式試験出題の趣旨」(平成〇年司法試験の結果に ついて)
コンメ 江頭憲治郎・森本滋編集代表「会社法コンメンタール(全22巻+補巻1巻予定)」(商事法務,2008年~)
立案担当 相澤哲編著「立案担当者による新・会社法の解説」(別冊商事法務295号,2006年)
一問一答 筒井健夫・村松秀樹編著「一問一答 民法(債権関係)改正」(商事法務,2018年)
実務民法 鎌田薫・内田貴・青山大樹・末廣裕亮・村上祐亮・篠原孝典「重要論点 実務民法(債権関係)改正」(商事法務,2019年)
最判解民 最高裁判例解説民事篇
百選 岩原紳作・神作裕之・藤田友敬編「会社法判例百選〔第3版〕」(有斐閣,2016年)
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