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君の女友達に成れたならしたい、いくつもの事

If I Was Your Girlfriend

 数あるPrinceのクラシックスの中でも87年リリースの「If I Was Your Girlfriend」は甘く異彩を放っている。Princeのミニマリストとしての才能が極まった傑作『Sign O' The Times』に収められたこのスロウ・ファンクは意外にも普遍的なシチュエーションを表現している。それは「手の届かない誰かに恋焦がれるとはどういうことか?」ということで、当然そこには美しい慈愛から、公には口に出すことが憚られる欲望までがシームレスに含まれる。紫の男はそれをソングライティングとサウンドによって、完璧に、芸術的に、キャプチャーしている。

不吉で美しく、シンプルで複雑

 メンデルスゾーンの結婚行進曲による導入から、ドラムマシンによる残響めいたビートが鳴り出すと楽曲は不穏な空気を帯び始める。音像は効果的にチープでクールだ。ただでさえ女性的なPrinceのファルセットはピッチを上げられ、Camileと化している。変調されているにも関わらずその歌いっぷりはソウルフルで、問い詰めたり懇願したりする語り口には真実味が宿っている。リズム隊に視線を移すと、イントロで現れたドラムマシンはステディに鳴り続け、控えめなベースが添えられている。ここでのベースはラインとしてではなくドラムを強調するパーカッションの役割を担っており、「When doves cry」よろしく隙間が強調される。フックの部分で現れるシンセ・リフは儚げで、骨組みだけのトラックに湿度を与えている。3分40秒あたりから歌は語りに切り替えられ、調性を失ったシンセサイザーはピッチを上げ続けて唐突にストップ、ドラムマシンだけが取り残されて曲が終わる。シンプルなモチーフを思いがけない方法で膨らませるPrinceの手腕のショーケースと言っても良い。美しい曲だ。

繰り返される"Would you~?"

 「もし僕が君の女友達だったなら」という仮説を出発点に、この楽曲の歌い手は元カノと思われる相手に対して具体例を並べ問い詰める。
主な項目としては以下の通り。

1.僕が君の彼氏だったころのことを教えてくれるのか。
2.君を気にかけたり、親友しかできないようなことをしても良いか。
3.出かける前に君のために服を選んで、着せてあげても良いか。
4.誰かが君を傷つけた時には、僕の所に駆けつけてきてくれるのか。なおこれは、君を傷つけた相手が僕であった場合も含む。
5.君を洗髪しても良いか。
6.時々朝食を作っても良いか。
7.映画を観に出かけて、一緒に泣いてくれるのか。
8.今夜僕が君に何と言おうとしているか知っているか。
9.君が服を脱ぐときに部屋を出なければならないか。
10. 君の身体が見たいので僕の身体も見せようと思うのだが、なぜだめなのか。
11. 裸になったら何をすれば良いか。
12. 君からクールに見られるためにはどうすれば良いか。
13. 僕を信用できないのか。
14. 君の裸のためにバレエを踊ったら喜んでくれるのか。
15. 一緒にお風呂に入ってもいいか。
16. 君を激しくくすぐって爆笑させても良いか。
17. 全部飲むから(何を?)下のほうも含めてキスしても良いか。

 "Would you~"や"Could you~"の繰り返し、さらに"I mean~"で何とかわかってもらおうと補足説明する下りなど、ストーカーっぽさが意図的に強調されたリリックだ。冷静に見ればPrinceが詩的にも卓越したアーティストだということが分かる構築的な詩だが、少なからずその内容に気味の悪さを覚えるのも事実。

普遍的な片想いのうた

 しかし、我々は曲を、この歌の主人公を、「気味が悪い」と非難できるのだろうか。ほかの歌手、例えば椎名林檎が「違う制服の女子高生を目で追ってるの知ってるのよ」くらいにしか言語化出来なかった情動を、より正確に表現したに過ぎないのではないだろうか。片想い、というか恋愛の状態にある人間に起こる状態ってこんな感じだろ?と。先に挙げた17項目は湧き上がる感情を見つめ、正確にスケッチするという、ある種デッサンのようなものだ。内容の物々しさと対照的にどこか小気味よさすら覚えるのは、Princeのそういった誠実な眼差しのおかげか。
 これを激しく情熱的なサウンドで表現したとしたら露悪的になってしまい、情感が台無しだっただろうけど、不気味で可愛い宅録ファンク・ジャムというサウンドの選択も最適解と言わざるを得ない。部屋の中一人で妄想を膨らませる男の姿が目に浮かぶようだ。この音楽的必然性を図式的に言えば、片想い=じれったい緊張状態と甘美な性的衝動の併存=ファンクということになる。

「もし君の女友だちだったら」をもし女の子が歌ったら

 最後に、この楽曲のカバー・バージョンをご紹介して終わろうと思う。あまりに有名なので紹介という単語は適切じゃないかもしれないけれど。

歌い手の性別が女性になったのにも関わらず意外とリリックはそのままの箇所が多く、もともと倒錯したPrinceのオリジナルがさらに倒錯した形になっていてややこしいのだが、それでもかなり聴きごたえのある出来に仕上がっている。
 抑え目のファンク・ジャムは、少しスウィングを効かせてテンポを落としボトムが効いたビートになっており、90’sR&Bの風景とも違和感なく溶け込んでいる。一方ある種の原曲への忠実さが担保されているのは、Princeがファルセットで歌っていたこともありTLCはナチュラルに「原曲キー」で歌っているためだ。その上で際立つのが、女の子が"If I Was Your Girlfriend"と歌うことで反転する相手との関係と、それでも残るラブ・ソングとしての情感で、これはカバーソングとして中々豊かな体験だ。

 なんて面白くて可愛い芸術作品だろう。これだかラブ・ソングを聴くのはやめられない。

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