ブリリアント・ジャーク

「エンジニアのためのマネジメントキャリアパス」という書籍の中に、「チームの結束を乱す人」の一例として「ブリリアントジャーク」という言葉が紹介されています。

「ブリリアントジャーク」は知性を振りかざして同僚や部下をいびり、辛辣な物言いで反対意見を切り捨て、自分に太刀打ちするなど到底無理と見なした同僚や部下には目もくれず(あるいは大っぴらに鬱憤晴らしの標的にする)といった行動に出るわけです。

こういう「嫌な人」は、たまに会社の中に居たりするな、と正直に感じることもあります。

一時期エンジニア界隈で話題になった「モヒカン」的な人もその一類型でしょうか。
(モヒカンと呼ばれていた人の中には、その分野に真剣で詳しすぎて周りの人が勝手に尻込みした結果そう呼ばれていた人もいますし、ただ性格が悪くて口も悪かっただけの人もいて、単純な分類は危ういですが)

ブリリアントジャークという言葉の意味

「ブリリアントジャーク」という言葉は、僕もこの「エンジニアのための〜」を読むまで聞いた事がありませんでした。

ジャーク(Jerk)というのは端的に「嫌な奴」という意味のようで、かなり強い批難の意を込めた言葉のようです。

「ブリリアントジャーク」は、単に嫌な奴というだけでなく、仕事をさせたら圧倒的なパフォーマンスを発揮する優れた人(Brilliant)、だけれど組織としては困った事をする人、という意味合いの言葉のようです。

この言葉は最近のアメリカのテック業界では普遍的に使われているようで、2017年のBusiness Insider の記事では特に注釈なく「Why tech companies hire 'brilliant jerks'」(なぜIT企業はブリリアントジャークを雇うのか)というような記事が書かれていたりもします。

この記事では、IT企業が "world-class engineers" を雇おうとした場合に jerkの部分は見逃されがちで、そしてシリコンバレーの企業文化 ( "culture of fear" or a "bruising culture" or "aggressive culture.") にも彼らブリリアントジャークの存在が影響を与えたであろう、としています。

ブリリアントジャークな人と働きたいか

仕事ができるけど口の悪い嫌な奴がいる職場で働きたい、と思う人はどの程度いるでしょうか。

普通に考えたら「働きたくない」と思うわけですが、なかなかそんな単純に世の中は動いてないようにも思えます。

たとえば、あのスティーブ・ジョブズも相当にエキセントリックな性格であった事が伝わっていて、「一緒に働きたくない」と心から思う人がいる一方、余人に代えがたいカリスマ的な求心力を持っていたのも事実です。

結局、Brilliant Jerk の 「Brilliant」の部分の輝きがどの程度か、という話になるのかもしれません。その輝きが眩しければマイナス面が覆い隠されるかもしれないし、スティーブ・ジョブズと同じくらい辛辣な言動を平凡な才能しか持たない人が行っても許容されるものでもないでしょう。

ブリリアントジャークの悪影響

それでも最近は、チームワークや組織づくりに力を入れている会社ほど、このような「ブリリアントジャーク」的な振る舞いを許容しないようになってきているように思えます。

どんなに有能でも他人を攻撃するような行動は慎むべきであり、たとえ正しくても表現が過激であった場合はその発言は批難される。といったように。

一部、「大胆に」行動をすることを推奨する会社(aggressive culture がある会社)では個人主義や独断主義が行き過ぎた結果としてブリリアントジャーク的な社員が放置されているようにも見えますが、一般論的には、少なくとも日本においては才能の有り無しにかかわらず他人を不要に攻撃することは許容されなくなっている気がします。

働く側としても、単純に職場で人の悪口を聞くと、その批難の対象が自分に対してでも他人に対してでも気分が悪くなります。なのでそういう行為は見ないで済むほうが働きやすいなと、ナイーブに感じます。

そして、最近は、他人を批難するような発言がチームのパフォーマンスを下げる、という事が学術的な結果込みで敷衍されるようになってきており、ある一定の根拠を以て語られるようになってきています。

1. 直接暴言を吐かれた人は、処理能力が61%、創造性が58%下がる。
2. 自分に対してではないが、自分の所属しているグループに対して暴言を吐かれた人は、処理能力が33%、創造性が39%下がる。
3. 他人が暴言を吐かれるのを目撃しただけの人でも、処理能力が25%、創造性が45%下がる。

引用した記事のまとめにある、「スポーツマンシップは単なるきれいごとではなく、勝つための純粋な戦略でもある」というのは至言だな、と思います。

ブリリアントジャーク的な人を排除するのは、単純にその場の雰囲気を保つといったある意味マナー・倫理的な意味付けだけにとどまらず、チームとして力をつけ優れたパフォーマンスを発揮するために、自分たちが良い仕事をするために必要なんだ、ということです。

世の中のブリリアントジャーク

何をもって優秀か、というのは観点が様々です。「多数派に属している」というだけで物事の優劣を判断してしまう、ということも世の中には多く存在しているように思います。

先日、多くの良心的な人の反発を招いた「ナカイの窓」の一件も、ある意味多数派に属している事に嵩にかけた「ブリリアントジャーク」的な出来事だなと思ったりします。

この炎上事件はTwitter上でも多くの議論が行われましたが、そのカウンターとして個人的に一番心に残ったのが以下です。

エンジニアの職場においても、ある人が非常に優秀であるのも理由があるし、優秀でない「ように見える」のもそれなりに理由がある事だと思います。でも、その一側面の優劣だけで、人間としての優劣が決まるわけでも無いですし、過去現在から未来まで常にその序列が固定なわけでもありません。人にはその人の事情がありますし、一側面からだけでは見逃してしまう様々な面白さや優れた部分があります。

そして、批判の仕方にもやり方がある、優秀だから、正しいから、何でもどんなやり方で言っても良い、というわけでは無いように思います。

そんなような事を、組織づくりにおいても、人付き合いにおいても、いつも心に留めておいて日々を生きていきたいな、と思います。



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