飴色の街(3)

「僕のメインの仕事はね、ああやってバスに乗り込む人の見送りなんだ」
 大きい通り沿いに佇むカフェ。客は僕と先生だけ。外は霧が晴れているものの、相変わらずの曇天だった。古ぼけた灯りが店内を一生懸命に照らしているが、その努力も実らず、薄暗い。
 薄暗いが、店主の女性は明るかった。店に入った時は、「あらいらっしゃい、先生!」と気さくな挨拶をしてきた。先生は、この店にはよく来るらしい。
「昨日の朝焼けから焙煎したコーヒーだよ。今日は生憎の天気だから採れなくてね。でも、一晩置いた朝焼けのコーヒーもまた、美味しいのよ」
 そう言って、店主がお盆からコーヒーをテーブルに出す。心臓の重心が、しん、と下がるような、落ち着く香りに癒された。
 コーヒーをすすりながら、先生の話を聞く。
「この街では、どういう条件かわからないが、突然バスに乗る人間がいる。まるでこの街でやるべきことを終えたかのように、満足げな表情を浮かべて、バスに乗り込む。それを見届けるんだ。月に一度」
「バスに乗った人は、どこへ行くんですか?」
「わからない。僕はずっとこの仕事をしているけれど……この仕事の意味について考え始めたのも、つい三ヶ月前だし、それ以前はそのことについて考えすらもしなかったよ」
 コーヒーをすする先生。あまり味わって飲んでいるようには見えなかった。
「先生、仕事のこと……もう少し詳しく教えてくれませんか。仕事全般のこと。なんだか、就職とか、サラリーマンとか、そういう仕事とは違うような」
「そうだね、まずはそこからだった」
 先生はカップを置いた。
「多分、ユウイチくんが思っているような仕事とはちょっと違うと思う。
 この街では、ひとりひとりに仕事が割り振られている。ここのカフェの運営という普通の仕事の場合もあれば、僕みたいに『見送る仕事』のような仕事もある。小さい子供なんかは、『笑顔で登校すること』なんていう可愛らしい仕事も割り振られる」
「仕事というより、役割みたいな感じですね……」
「そう、一言で仕事と形容するにはおかしな話だけれど、面倒くさいから一括りに仕事って言ってる」
 くしゃっと笑う先生。
「この街のどこかにいる偉い人にさ、みんなに仕事を振るのを任されていてさ。結構前から、僕がみんなに仕事を振ってるんだ。僕、業務過多だよね」
 だから、先生が見送る人達は、みんな顔見知りなんだ、と先生は続けた。
 ときに先生の裁量で仕事を振ることができる場合もあれば、偉い人からの通達で、この人はこの仕事を、という指示が来るらしい。
 ある程度、この街の仕事のことが分かった。僕も今後、何かしら仕事を振られるのだろう。仕事といっても役割を担うに過ぎないため、嫌な仕事など振られないはず。
 だからこそ、先ほどのバス停で、先生の悲しそうな笑顔が気になったのだ。
「それで、先生。先生は、なんでその『見送る仕事』をする”意味”なんか考え始めたの?」
 これを一番聞きたかった。


牛丼を食べたいです。