長いやつ⑨

 あのすいません 本当に長くて
 くそながライトノベルみたいなやつ書いてごめんなさい あと投稿欄をとても汚してしまって申し訳なく思っています 高校生の頃の僕をぶん殴ってください そしてこれを投稿しようと決心した数時間前の僕をぶん殴ってください TL汚しすまない 本当に すまない

「……なんか、余計なの付いてきてるな」


 放課後、ファミレスにて。窓際のボックス席で、ドリンクを飲んでいた誠也が遅れて来店した俺を一瞥し、怪訝そうな顔で言った。正確には、俺の背後にいる奴に、だ。


「今日は男二人で、ゆったり飯を食う予定だったんだが……」


「誠也っち、おじゃまーーーっす!」


 背後の女ーーー五ヶ谷華子は、その容姿からは想像もつかないほど喧しく、そして図々しく挨拶した。


「悪いな、誠也。うっかり災厄を呼び寄せてしまった」


「時代が時代なら死刑判決だぜ、てめぇ」


「人を厄災呼ばわりは酷いと思いまーーース」


 ファミレス付近で偶然エンカウントしてしまったのだ。勘が鋭いのか、俺がファミレスに行こうとするのを察知し、「連れてけ!」と騒ぎ始めて、半ば強制的についてきた。街中で騒がないで欲しい。俺じゃなくて警察に連れて行かれろ。

 俺は誠也の向かいに、五ヶ谷は誠也の隣に座る。女が隣に座ったというのに、誠也は無表情を貫いている。女性が隣に座るというのは、なかなか無いことだと思うのだが……誠也の中に女性にも動じない鋼の精神があるとも思えないが、そこまで無表情だと五ヶ谷華子という存在が可哀想になってくる。

 そんな誠也を気にも留めず、五ヶ谷はメニューを取り出し、注文する料理を吟味し始めた。それに倣って、俺もメニューを眺める。まあ、俺は基本的に、このファミレスに来るときはいつもミックスグリルを注文するので、この行為にあまり意味はない。五ヶ谷が料理を決めるまでの暇つぶしのようなものだ。

 暫くして、五ヶ谷が店員を呼び、三人は各々、料理を注文する。初めに俺がミックスグリルを頼み、誠也がステーキ、五ヶ谷がオムライスを注文。そして最後にドリンクバイキングを三人分頼んだ。それを聞いた店員が去ると、五ヶ谷は立ち上がった。


「ドリンク取ってくるよ。適当にコーラでいい?」


「お前が気を遣うなんて珍しいな」


 誠也が突っ込むと、五ヶ谷は不機嫌そうな顔を浮かべ、


「そんな失礼なこと言う誠也っちには持ってきてやんない」


「悪かったって。お願いします」


「よろしい」


 五ヶ谷はドリンクバーのコーナーに向かう。それを眺めながら、誠也はつぶやいた。


「ほんとにあいつ、あんな破天荒な女じゃなきゃモテそうなのにな」


 それに俺が首肯し、


「見た目だけは一級品だと思う。眼鏡で地味っぽいが、顔は整っている」


「天は二物を与えず、とはよく言ったものだが、もうちょいどうにかならんかったのだろうか……」



 五ヶ谷が持ってきたコーラをちびちび飲みながら、取り留めのない話を繰り広げていた。六月末にあった定期テストの結果がどうだとか、部活のことだとか、教師の愚痴だとか。そんな話をしているうちに、料理が届いた。


 ハンバーグにチキン、ウインナーなどが黒くて厚い鉄板の上でジュージューと音を立てていた。香ばしい肉とスパイスの匂いが鼻孔をくすぐる。腹の音が、早く口に入れろと言わんばかりに音を立てる。

 早速、ハンバーグにナイフを入れ、口に運ぶ。厚い肉と絡まったソースが織り成す旨味と、噛む度溢れる肉汁に舌鼓を打った。

 

 先ほどまで続いていた会話が、料理が届くとともに無くなっていく。それぞれが食に夢中になる。

 大学ではほとんど友人がいないため、外食も独りが多かった。誰かと食べるときも無言になるなら、独りで食べたっていいだろう、なんてことも考えていた。だが、こうして誰かと一緒にご飯を食べるのも良いものだ。言葉にはできない空気感が素敵だ。無言の食事、しかし誰かと食べている、何が違うのだなんて聞かれてもわからないが、何かいい。人とつながることに理由はいらないから、わからない、で良いのだろう。


「そういえば」


 粗方食事が終わったタイミングで、五ヶ谷はそのひと言で静寂を破った。


「誠也のところの野球部の一年、煙草吸ってたんだって? さっき風のうわさで聞いちゃったんだけど」


 それを聞き、誠也は表情を曇らせ、静かに首肯し、話し始める。


「ああ。一年の結城と坂野が、な。まだあまり知られてない話だが、いずれ明るみになるだろう」


「だから今日はこんな時間からファミレスでご飯を食べてるっていうわけね。部活は活動停止?」


「ああ。……それだけじゃなく、野球部全員自宅謹慎になっちまった」


「「自宅謹慎!?」」


 俺と五ヶ谷が驚く。なんで関係ない誠也まで……

 ……そういえば。


『一番酷かったのが、高校2年の頃だな。1年坊主が煙草吸ってたせいで、野球部全員自宅謹慎。地区大会出場辞退。あの夏は短かったなぁ……』


 大学生の誠也が、同窓会でそんなことを言っていたが、この時の話だったか……伏線回収された気分だ。


「ということは、地区大会も出られないっていうこと?」と、五ヶ谷。


「そうなる。俺の夏はもう終わった。だからこうやってのんびりファミレスで飯を食ってる。明日から俺は家に籠っていなきゃいけない。……まあ、ひと足早い夏休みだと思えば、気が楽だが」


 散々激昂したことだろう。散々悔しい思いをしたのだろう。彼の表情は、そういった感情の揺れ動きを通り越して、無表情だった。悟りを開いた僧侶のような落ち着きを見せている。


「なんで関係ない誠也がって感じだけれど、仕方ないんだよね。なんだか寂しくなるわね……」


 無理矢理自分の感情を抑え込んでいるのか、五ヶ谷は発言とは裏腹に歯を食いしばっている。

 さっきとは違い、お通夜のような空気が、ボックス席を支配する。

 高校野球といえば甲子園。球児皆が憧れる夢の舞台だ。誠也は、その出場がかかった地区大会への参加の機会すら剥奪されてしまった。「負けるとわかっていても勝負するのが一番かっこいい」と教えてくれた彼だが、そもそも勝負する権利を与えられないというのは、やるせない。消化不良のまま、彼の夏は終わってしまった。

 たぶん、俺が彼にかける言葉なんて、あまりないのだろう。彼はこの件に関して、散々雪辱を味わった後なのだ。顔を見ればわかる。諦観。今の彼には、その言葉が合っている。諦めるなとか、そういう小手先のポジティブな言葉は通じない。現実的に諦めざるを得ないのだから。


「遊びに、行こう」


 大きな声が店内に響いた。誠也も、五ヶ谷も、キョトンとした顔をしている。だが、一番驚いているのは俺だ。

 声の主は、紛れもなく俺だった。立ち上がって、彼に言い放ったのだ。他の客も、ウェイトレスも、みんな俺のことを見ている。

 前置きもないし、話の文脈を完全に無視しているし、正直、超恥ずかしい。掌に汗がにじむ。恥ずかしさで体温がどんどん上がる。口を開けて茫然としている誠也を見るのが段々と辛くなってきて、重力に吸い込まれるように顔をうつむかせた。

 初めてかもしれない。誰かのために、考え無しで救いの手を差し伸べるのは。これは救いになるのかは些か疑問だが、今、俺に出来る誠也への最大限のことは、多分、一緒に遊んで、彼の気を晴らすことだと思った。


 にしても恥ずかしいな…!




「カラオケボックスに来ると閉所恐怖症になりそうになるわ」


 こんなことを唐突に言い出すのは、五ヶ谷華子だと相場で決まっている。受付の店員が苦笑いをして、伝票を渡し、「ご、ごゆっくり……」と見送ってくれた。変な客ですまない。しかも3時間パックで居座って、本当にすまない。言い出したのは俺なんだ。ちょっと後悔している。

 

 ファミレスを出てから、俺たちは付近のカラオケボックスに入店した。遊びに行こうと誘ったはいいものの、俺自身、インドアな遊びしか知らないため、カラオケボックスという選択を捻り出すのに少々時間がかかった。


 指定された部屋は、3人という人数には不相応な広さだった。机がふたつあり、それを取り囲むように、壁に沿ってソファーが置かれている。モニターは大きく、曲を入力するデバイスが3機も用意されていた。所謂、パーティールームというやつだ。これなら、五ヶ谷も閉所恐怖症を発症しないだろう。


「すげー! 広い! やべー!」

 さっきとは一転、大はしゃぎの五ヶ谷。ソファーにダイブしてゴロゴロし始める。何しに来たんだお前。受付での発言と全然一致していない。


「とにかく、なんか曲入れようぜ。トップバッターは祐介でいいよな?」

 誠也はデバイスを俺に渡しながら言った。


「なんで俺なんだ?」


「いや、だって俺、8番センター、外野手だし」


「背番号関係あんのかよ!?」


 無茶苦茶だ。無茶苦茶なのにちょっと面白いから否定しづらい。

 仕方なく、俺はデバイスを動かす。えーっと、最近俺がよく聴くのは……


「あれ、ヨルシカ無いな」


「ヨルシカ? なにそれ」


 おかしいな。わりと有名じゃないか、ヨルシカ。誠也も五ヶ谷もキョトンとしている。

 ……あれ。そう言えば今って2016年だっけか。もしかして2016年って、まだヨルシカ結成されてない? ずっと真夜中でいいのに。も? YOASOBIもない! あれ、もしかして欅坂46は櫻坂46になってない!? 煐人がDOLCE&GABBANAの香水ぶっ掛けた元カノに思いを馳せてない!? NiziUが笑って欲しいとか懇願していない!? LiSAが国民的歌手になる前!?


 これがタイムリープの弊害か……! まずい、2016年、何聴いてたっけ……


 とりあえず、ひと昔前に流行ったORANGERANGEとかを入れて歌う。……こういうこともあるから気をつけないとな。


 その次が五ヶ谷。バルーンの『シャルル』を歌い、


「う、嘘だろ……」

 

 モニターに映る採点結果に驚愕する。


 97点。


 ……こいつ、めっっっちゃくちゃ歌が上手い。特に、サビの低い音程から高音程に跳ねるところ。あそこの音程をすべてきちんと取れる奴はそうそういない。全音程をほぼ完璧に歌い尽くし、加点対象となるビブラートやこぶしもふんだんに取り入れていた。


「五ヶ谷、なんでお前文芸部の部長なんかやってるんだ。合唱部行け」


「そ・れ・はぁ、祐介と一緒に居たいから、ダヨ☆」


 このキャラですべて台無しにしているんだよなあ。

 それからは、五ヶ谷華子の独壇場だった。合間合間に挟まる俺や誠也の歌う米津玄師やRADWIMPSでは、彼女に太刀打ちできなかった。最後の方はやけくそになって、男ふたりで『星間飛行』を歌ったりしていた。時間が経つにつれて、俺たちの声はかすれていくのに対し、五ヶ谷はノーダメージのご様子。

 もうこいつとは二度とカラオケには行かないと誓った。絶対に行かないからな!


……キラッ☆





 夜も深まり、3人で公園のベンチに座り、ジュースを飲む。

 夏の夜、首筋が汗ばむ。今日はあまり風が無いので、いっそう暑く感じた。暑ければ暑いほど、喉を通る清涼飲料水が極上のモノに変わる。

 

「今日は楽しかった。ありがとよ、祐介」


 一息ついた頃、誠也が俺に感謝の意を伝えた。


「ファミレスに行ってカラオケしただけだけどな。時間が許すなら、もっと遊んでいたい」


 と、俺。名残惜しさは心からのものだった。


「そうね~。たまにはこういうのもありね。誠也っちのためとはいえ、私も大いに楽しめたわ」


「お前は張り切り過ぎだ、五ヶ谷。上手すぎ。俺と祐介、ちょっとテンション下がっちまうよ」


「ごめんって」


 クスッと笑いながら、五ヶ谷は謝った。


「にしても、祐介が遊びに行こうって言うの、なんか珍しいよな。お前、ちょっと変わった?」


 確かに、こうやってタイムリープしてやり直す前の俺だったら、遊びに行こう、だなんて言い出さないだろう。

 

「俺自身が変わったとはあまり思わないけれど、変わったことをしたいとは思ってる」


「ほーん……よくわからないけど、おかげでちょっと気が晴れた。ありがとう」


 俺は、着実に「旧い自分」とは違った行動をしている。俺を過去に飛ばしたあの女の言われるがまま、二周目の青春を、二周目らしく生きている。それがどんな結末になるのかはわからないが……同じ道を同じように通るのはつまらない。


「……謹慎が明けたら、またこうやって3人で遊ぼうな」


 誠也のひと言に、俺たちは首肯する。


 もうすぐ、夏休みだ。もう一度過ごす、17歳の夏。楽しみだ。





 ……この時、五十嵐誠也の、いや、野球部の謹慎が、俺の運命を大きく変えることになるとは、思いもしなかった。

牛丼を食べたいです。