長いやつ⑪

 7月18日


「先輩、歌の入り早いです」


「祐介さん、もっと私の音聴いて」


「祐介ヘッタクソだな~~」


「フルボッコ過ぎやしませんかねぇ!?」


 臨海市の中心街にあるライブハウス『凪』。県内でも規模の大きいライブハウスで、毎月、そこそこ有名なアーティストがライブをしに来る。スタジオも完備していて、高校からのアクセスも良いため、臨海市に住むバンドマンはここを利用している。例に漏れず、臨海高校軽音部、ロックミュージック部もここのユーザーだ。

 AからJスタジオの10部屋があるが、俺はその中のGスタジオにいた。


 Gスタジオで、他のメンバーからの辛辣な指摘を受け続け、心身ともにボロボロだが。


「Bメロの歌、ドラムのフィルきちんと聴かないで入るからぐちゃぐちゃです」


「ほんと、ごめんなさい。ほんと……」


「ギターと歌のシンクロはいい感じですけど、これは練習というより曲の聴き込みが足りてないです」


「へい……へい……絵里さんの言う通りです」


「二拍目と四拍目を意識してリズム取りながら聴いてください」


「……凛子さん、助けて」


「絵里ちゃんの言う通り過ぎて何もフォローできません。なんか、祐介さんって、普段通り私のことはおざなりなんだなって感じました。私のことを気にしてないから、ドラムも気にしないんですね」


「うっ」


「私と祐介さんって、そんな感じですよね。別に普段からのアプローチを軽くかわすのは別にいいんです。漫才みたいな感じで、それはそれで面白いし。でもこうやって合わせてみて、ほんとに私のこと興味ないのかなって……」


「いやっ……これは、単純に俺の技術不足でっ……決してそういう理由では」


「では、私と今すぐ付き合ってください」


「無理」


「ほらあああああああああああ!!!!!!! 祐介さんの馬鹿あああああああああああ!!!!!!」


 凛子が泣き叫びながらチャイナシンバルを思いっきり叩く。ひと際うるさい高音が俺の耳をつんざく。う、うるせえ……そしてめんどくせえ……

 凛子みたいなタイプにドラムをやらせてはいけない。音で攻撃してくる……


 そんなやり取りをしていると、絵里が「はい、注目」と大きめの声で言った。


「とりあえず、今日の練習はここまでです。祐介さんも初回ながら、よく頑張りました」


「つ、疲れた……バンドで合わせるって難しいんだな」


「一人で練習するのとは訳が違いますからね。でも……大変な分、楽しくないですか?」


「ああ。四人の音が混ざって、爆音なのに調和が取れていて、滅茶苦茶爽快だ」


「……祐介さんが協力してくれるだけでもありがたいのに、色々言ってしまってごめんなさい」


「いや、いいんだ。それとこれとは別だろ? せっかくやるんだから、いい演奏をしたい。そうだろ?」


「……はい! ありがとうございます」


 絵里が笑う。この間、散々泣き顔を見た後だからか、その笑顔はより一層眩しく見えた。


 *


 全員が片付けを始めた。といっても、機材という機材を持っていない俺や五ヶ谷、スティックをしまうだけの凛子は、すぐに片付けが終わった。ただ、絵里はそうもいかなかった。


「お前、高校生の分際でその機材の量はなんだ……?」


 足元に広がる数多くのエフェクターを見て、俺は改めて驚愕した。BOSSとか、MXRとか、俺が知っているメーカーはひとつもなく、下半身が馬で、上半身が人の・・・・・・なんていったっけか、そんな化け物が描かれた金色のエフェクターや、ブルースカイとか書かれた、水色を基調とした綺麗なもの、茶色で光沢があるもの、ワーミーにワウペダル・・・・・・それら全てを黒々しいスイッチャーが統括しているようだ。なんとなくだけど、高校生が持っていい機材じゃなさそうなのはわかる。


「す、すいません……色々音作りを考えたらこうなっちゃって……どの子も私のサウンドには欠かせないんです」


「アーティストのインタビュー記事でピックアップされてそうなセリフだな」


「とりあえず片付け終わったので、退出しましょう。そろそろ時間みたいですし」


 そう言うと、絵里は扉の上を見る。すると、パトカーのランプのようなものが激しく点滅し始めた。


「な、なんだこれ!?」


「退室5分前を知らせる合図ですね。遅くともこのランプが点いたら撤収を始めるべきです。まあ、今日はわりと早めに終わったので、もうみんな撤収できるのですが」


「なんか……悪いことしていないのに悪いことした気分になるな。急かし方が怖い」


「ほら、バンドマンってルーズですし。こうでもしないと急がないんです。このスタジオって結構人気なので、次がつかえているのです。スムーズな退室が好まれます」


「バンドマンってろくでもないな」


 夏休みの宿題とか、最終日になってやっと取り掛かるタイプだろ。


「そういえばさ」


 五ヶ谷が思い出したかのように俺に話しかける。

 

「さっきの曲の祐介のパートなんだけど、イントロのあの、『てててんてんてて』ってところ、音が違う気がするのよね」


「なんだその伝わらない指摘。どこだよ」


 笑点のオープニングみたいになっちまうだろ。


「たぶん、アルペジオでは? 祐介さんのパートのイントロのアルペジオ、原曲と何か違うんですよね」


 と、凛子。


「弾いているところは合ってるはずだ。譜面通り」


「弾いているところではなくて、音そのものの違いを、五ヶ谷先輩とりんちゃんは指摘しているんだと思います。 原曲だとあそこ、コーラスがかかっていますから」


 絵里の説明に合点がいった。俺のパートは、ギターのパートの中でも『バッキングギター』というパートで、基本的には伴奏の役目を果たしている。コードを展開して、ベースやドラムとともに演奏を支えている。特徴的なフレーズやギターソロなどで曲を彩る『リードギター』とは違い、音色をたくさん持つ必要がない。しかしそれも、『基本的には』というだけであって、今回やる曲には例外的に『コーラス』というエフェクトを用いる必要があるようだ。

 コーラスは原音に約0.01秒遅れた音を混ぜることで音に揺らぎを与えるエフェクター、らしい。詳しくは知らないが、独特な透明感が得られる。絵里の中域の抜けたドライブサウンドの裏で、俺はアルペジオをする……そんな始まり方をする曲で、ここに薄っすらとコーラスをかけることで、より曲のクオリティが上がるだろう。

 しかし……


「すまない、コーラスは持ってないんだ……」


 俺が持っているエフェクターといえば、BOSSのBlues Driverという、深い青を基調としたオーバードライブと、チューナーだけだ。この頃は始めたばかりだったこともあり、機材はあまり持っていない。

 大学生だった頃は、ある程度揃っていたのだが……未来から取り寄せたい。


「……まあ、エフェクターって高いんでしょ? あんまり無理しなくてもいいんじゃない? 祐介、高校生だし。バイトとかしてないし」


 と、心配する五ヶ谷。


「そうだな……財布の中にもそんなに……」


 確かに俺は今、高校生だ。そしてバイトをしていない、善良な一般高校生だ。そんな俺の財布の中なんて……


「六万円だな」


「「「ちょっと待てこら」」」


 全員から総ツッコミを食らった。正直俺が一番驚いている。なんでやねん。なんで大学生の頃より持ってるねん、俺。


「しぇんぱい!!! すとらいもん!!!! strymon MOBIUSを買いましょう!!! 買えます!!!! その財布なら!!!! 買えます!!!!」


「馬鹿野郎!!!! それものすごく高いエフェクターだろ!!! いち高校生が持っていいシロモノじゃねえ!!」


 MOBIUSは、インスピレーションをかき立てる12台のモジュレーション・マシーンを搭載し、TIMELINEのユーザーインターフェースを継承。スタジオクオリティーの煌びやかで華々しいビンテージコーラスのサウンドから、濃厚でサイケデリックなフェーザー。パルスタイプのトレモロから、震えるクラッシュビットのLo-Fiサウンドなど...200通りの多彩なプリセット&MIDIコントロールが可能な万能モジュレーション・ペダルです(引用)。定価48,500 円。


「よし、やっぱり機材は高校生には相応しくない! それよりバンドメンバーの親睦を深めるために焼き肉に行こうじゃないか、桐島祐介くん!」


「たかるな!! 最早バンドに関係ないだろ!!!」


「ノンノン、祐介くん。焼肉に行くといい事もたくさんあるのよ。例えば、バンドの士気を高める効果が……なんと6万円ポッキリで実現可能!!!」

 

「どんだけくうつもりだよ!! 6万円をなんだと思っている!!」


 五ヶ谷の食欲は果てしないようだ。食事で6万円……逆にどう食ったらそんなにかかるんだろう。


「祐介さん、祐介さん。ふたりで温泉旅行に行きましょう? 混浴で、浴場で、欲情しましょう?♡」


「いや、行かんが」


「私に対して冷静に返すのやめてくださいよ! そういうのが1番心にクるんです!!」


 最近、凛子のこういうノリを制する方法が分かってきた気がする。こいつ、外面だけはいいのになぁ……

 こう毎回ドン引きさせられると、可哀想な奴に思えてくる。


「……あのな、これは生活費だ。たまたまちょっと前に全額おろしてたんだよ。ウチの両親、ずっと家空けてな。こんな感じで毎月振り込まれるお金で一人暮らしをやりくりしてるんだ」


 ため息混じりに説明する俺。全額おろす必要なんてないのだが、毎月それなりの額を振り込まれると、手に取って実感を得たくなる。理解し難い気持ち悪い習性だが、理解してほしい。


「……それでも、やっぱりさっきの曲にはコーラスがあった方がいいよな。ストライモンみたいな高価なモノは無理でも、何かしら買うよ」


「じゃあ先輩! 明後日あたりで選びに行きませんか?」


 と、絵里が提案してきた。

 我が高校は明日で学校が終わり、明後日からは夏休みだ。出かけるには丁度いい。


「いいのか? ……エフェクター選びは迷う方だから、絵里みたいに知識があるやつが居てくれると本当に助かる」


 迷った末に買ったエフェクターが自分に合わなかった、好みじゃなかった、なんてことはよくある。エフェクターは多種多様に存在していて、それぞれに個性がある。その中から自分に合ったものを選ぶのは中々大変だ。

 五ヶ谷と凛子も、ついでにライブに向けて各々必要なものを新調するため、買い物に同行するとのこと。


「それでは明後日、皆でお買い物! 夏休み初日から楽しくなりますね!」



 そんなこんなで、我々文芸部の夏休み初日の予定が決まった。誰もが忘れているかもしれないが、我々はあくまで文芸部だ。楽器屋にカチコミに行く文芸部は早々いないよなぁ……

牛丼を食べたいです。