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感情が歩くための道を作ってあげる。

半冬眠日記#15・・・

先日、広島と呉に行ってきた。

目的地は原爆ドームと呉の大和ミュージアム。他に見たいものはなく、1日平和学習で終わったけど、それでよかった。


テレビの特集やドラマや漫画や教科書でしか見聞きしてこなかったこれまで。20代後半にしてやっと、日本人として一回は見ておかないといけないと感じ、行くことに決めた。


原爆ドームを前にした時、自分は何を感じるんだろうか。


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去年くらいから、「周り」があってこそ「自分」が存在できているんだと気づき始めた。仕事・家・家族・自然環境、ほんとに全てのことから自分は形作られているんだと。そして全ての行き着く先は「感謝」ただ一箇所ということ。

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遠目からドームが見えた時、うるっときた。
まだ存在してくれてよかった。
そしてキレいに整備された記念公園の、シーンとして静かな音になんだこれはって思った。

そして、広い。広い。
他県のどこかの緑地公園では広い敷地に商業目的のコンサートホールを新設しようとしている動きもあるのに、ここはなんと贅沢な広さだ。


もし、ここがもっと狭かったら、多分みんなの悲しみと苦しみは受け止めきれてなかったと思う。どんだけ広かろうが全てを受け止め切れるものではないけれど。


テレビ中継でよく映る公園の中心だけでなく、公園周辺の至る所に慰霊碑があった。



学生の慰霊碑、着弾地近くで働いていた人の慰霊碑、兵隊さんの慰霊碑、当時のそれぞれ違う人を弔っている慰霊碑。きっとこれらの慰霊碑を建てた人はそれぞれに弔う場所を作ってあげないといけない、一緒くたにしてはダメだ、気が済まないという気持ちで立てたんだと思う。


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一瞬で地獄になった当時のこの地の人たちは、痛い、悲しい、苦しい、負の感情を自分の中だけに収められるはずなかった。祈る時間、想う場所がないとやっていけなかった。今もそう。この公園があることで、原爆ドームが当時のまま残されていることで、やっと当時の記憶に浸ることができる。


ここは、無数のうごめく感情が歩くための道なんだな。



もしこの場が、この時間がなかったら、、現代人たちには特に問題はないんだろうけど。でも大事な何かが抜け落ちてしまっている。


何かっていうのは、今ある当たり前は当たり前でないということ。


「だから感謝しろ」っとまとめるのはあまりにあっさりしてるけど、当たり前の前提を意識できている人とそうでない人には時間の積み重なり方が違うと思う。


自分の周りに何かが起きた時、身体が気持ちが追いつかない時は、場所と時間を作って、感情に道を作ってあげようって思えた。

真中





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