見出し画像

もつ鍋霊の供養: もつ兵衛 御徒町店 [東京・御徒町]

「もつ鍋 1人前990円」

話をさかのぼること半年前、家族で訪れた和食屋での話だ。定番メニューもなんだかなと冬の季節限定メニューに目を通すのやいなや、思わず私は目を奪われた。

時は12月の上旬、いよいよ冬の寒さが本格的になってきた。今シーズン初の鍋、もつも久しく食べていない。私の口が一気にモツの口になった。

しかし、メニューの下の方を見ると小さく但し書きが。

「ただし2人前から承ります。」

2人前。さすがに一人じゃ食べきれない。それとなく周りの様子をうかがう。自分以外に季節限定メニューに手をつけている人間がいない。それとなく「わあ、モツ鍋がある、おいしそう。」とつぶやくものの反応は無し。

そうしているうちに全員の食べるものが決まった。店員がやってくる。完全にモツの口の私は、なんとかモツ鍋にありつけないかと食い下がる。

「モツ鍋、なんとか一人前でお願いできないですかね…」

「2人前からの注文となってます。」

「じゃあ… うどん定食で…」

あえなく撃沈。その日は未練がましく うどんをすすって終わった。

以降、私の背後にはモツ鍋の怨念が宿り始める。

モツ、モツ鍋はないか…

今月の予定を見ると悲しいかな師走のこの時期、酷い埋まりようである。食べるとすると月に何度か外回りしたときのランチぐらいか。

とりあえずネットで店を検索する。平日ランチ、しかも一人となるとモツ鍋のハードルは高くなる。 冒頭の和食屋よろしく 多くの店はモツ鍋2人前からスタートだ。 たまに見つける1人前オッケーの店も提供は夜のみ。

仕方ない、諦めるか。何日かすれば忘れるだろう。

ところがどっこい、モツ鍋の怨念あなどるべからず。全く私の背中から出ていこうとしない。

そんなこんなで、それから半月。私はモツ鍋の怨念を背負ったまま師走の御徒町を歩く。近くのアメ横は年末に向けてにぎわいはじめている。師走独特のこの界隈のにぎわいは味わい深い。

時間は13時過ぎ、ランチ先を探していた私の目線の先にある看板が飛び込む。

モツ専門店、その名も「もつ兵衛」。

私の中のモツ鍋怨霊が目を開く。気がつくと私は店に入っていた。

カウンターに着くやいなやメニューを確認する。あれ、モツ鍋がない… どうやらランチメニューにはなかった。むしろランチの名物はモツではなくちゃんぽんのよう。

がっくりと肩を落としながらメニューの下の方に目をやる。そこには「モツ」の名前が。

「モツ煮定食」

鍋ジャストミートではなかったが、モツはモツである。そういえばモツ煮も1年ぶりである。いいじゃないか。

待つこと5分、モツ煮定食が登場する。1年ぶりのモツとの対面である。一口食べるとモツ独特の触感が口の中に広がる。モツ煮、うまい。

しみじみと師走の御徒町でモツ煮を食べる。ふと時計を見るともう1時半前。アポがあったことをすっかり忘れていた。

そそくさと会計を済ませ店を出る。鍋ではなかったが久しぶりのモツ。背中の怨霊も成仏してくれたことだろう。

と思ったら、今度はモツ煮の霊がおりてきた。

ああ、渋川の永井食堂のモツ煮が食べたくなってきた。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?