北岡明佳『だまされる視覚』

著者の専門は知覚心理学。錯視デザインという新しい領域を開拓し、画期的な錯視図形を次々に発表している。
ホームページで、その一部を見ることができる。

トップページの「蛇の回転」、動いているようにしか見えない。

錯覚とは「実在する対象の誤った知覚」のことだ。だが錯視図形は、脳の視覚野の癖に起因する現象なので、例えば、上の「蛇の回転」だが、動いていないはずの図形が動いているよう”にしか見えない”。人間の感覚には”そうとしか見えない”のであれば、それは「錯覚」と言えるのだろうか、という問題が生じる。
何らかの計測器を媒介すれば、錯視図形はたしかに動いていないことが分かるだろう。だがそれが、人の視覚には動いているようにしか見えないのである。
この本では、実在とは何か、という哲学的な問題には踏み込んでいないが、考えてみれば、「そうとしか見えない」「それ以外の在りようがない」のであれば、人の感覚にとっては、「動いている」というのは、少なくとも「現実」ではないだろうか。
ともあれ錯視図形は、現実は脳によって構成されていることをはっきりと示す格好の現象であることは間違いない。

ヘルマン格子錯視図形

これはヘルマン格子錯視図形。白い格子の交点に黒い点が浮かんでは消えるのが見える。視野の中心では錯視量が少なく、見つめていない部分で錯視がよりよく観察できる。捉えようとすれば逃げてしまう逃げ水のような黒いぼんやりした点。これは神経細胞の発火が映っているのだという。じつに面白い。図形を見ることで、自分の視覚がどのように構成されているのか、そのメカニズムが垣間見えるようだ。

本書では様々な錯視図形が紹介されている「錯視図形の指南書」だ。著者があとがきで書いているように、世界初の本ー錯視デザインのバイブルとなるべくして書かれた本である。

錯視デザインは他人がつくったものを鑑賞するだけでも面白いが、自分自身でつくる醍醐味はそんなものではなく、極上である。究極の道楽なのだ。私はポルシェを買ったことがないが(買えないという可能性もある)、ポルシェ道よりも錯視デザイン道の方が道楽性が高いかもしれない。P198

こう煽られるとやりたくなるよね。笑

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