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考えることのできる心の余白


渋谷PARCOで2/16まで開催されていた

奥山由之×edenworks "flowers" at PARCO MUSEUM TOKYO

に行ってきました。


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展示を見ながら、ただ美しいと思うのとどうしてこの構図になっているのかな、と想いを勝手に馳せるのが楽しい企画展でした。


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どうして、写真の周りに鏡があるのだろう?

-鏡に映るものに目がいって、写真を集中して見ることに負荷がかかるね。

見えてるのに見えなくなってしまう、おもしろいね。

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どうして、写真の裏側に文字があるの?

-写真の裏側に隠された想いやメッセージみたいなことかな?


キッチンや庭があるのは家の間取りなのかな?

-そういえば、この写真を撮っているのは奥山さんの祖母の家だったみたいね



こうやって、解説が書かれているわけではないところに

勝手に、どんなことを考えているのだろう、と考える。

情報が溢れているからどうしても受動的になってしまいがちな毎日に何も説明がないことが自分で勝手に考えてわくわくできる余白になる。


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全てが語られて、説明されて、という楽しみ方もあるだろうけど、

正解や不正解は関係なく、

どんな想いがあるのかと考える楽しさを久々に感じた気がするのです。


そのためには、

誰かの心に想いを馳せることのできる自分の心の余白も持っていなきゃな、

持っていたいな、と考えさせられた時間でした。


普段の生活や人との関わりでも、

丁寧な説明や相手への言葉を求めがちだけれども、

そんな時は、相手の心に想いを馳せる余裕が自分にはないのかもなと

かえりみるようにしてみましょうか。


余白を楽しむ気付きをいただきました。









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