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TSMC狂想曲:地元住民に工場設立を拒否された理由とは

ファウンドリー最大手、台湾積体電路製造(TSMC)の熊本工場が2024年末から量産を開始するという。あと一年足らずだ。当初、日本より早く稼働予定だった、アメリカのアリゾナ工場では、技術者の不足に見舞われたが、それでも2025年からの出荷が見込まれている。そして欧州でも、欧州の車載関連企業や助成金によって、ドレスデン(独)での製造工場の建設が決まっている。

コロナ以降、半導体サプライチェーンが注目を浴びた。各国政府は自国の半導体の産業振興を推し進めている。その熱心な誘致の対象となったのがTSMCであり、誘致した国の政府は巨額の助成金やサポートで同社を迎えているようだ。

そして台湾では、同社の海外移転により、台湾域内の半導体産業が空洞化するのではないか、という懸念の声が高まった。それに対し、TSMCは本拠地である台湾に最先端技術を残す、という方針を表明していた。

ところが、2028年に台湾域内で稼働を目指していた最先端の1ナノ工場建設について、地元住民による強い反対運動がおこった。その結果、先月TSMCは工場進出を取りやめると発表することになり、台湾で大きな話題となった。台湾にとって、経済的にも、国防にも重要な最先端の生産技術研究開発を担うと期待された工場の計画である。他国が三顧の礼で工場建設を誘致するというのになぜ頓挫してしまったのか。

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台北市から南西へ車で1時間弱のところにある桃園市の龍潭地区はピーナッツの栽培で有名だ。昨年秋の桃園市長選挙前に、突然同地区での、竹科(新竹科學)工業区第三期拡張計画が発表された。計画予定地は159ヘクタール。その88%が私有地であることが判明し、古くからその土地で暮らす客家系住民の3000人が影響を受けると推定された。

自求会(土地徴収反対派)の住民たちは、SNSやポッドキャストのほか、台湾の総統府の前でデモを決行。反対運動が盛り上がるなか、先月10月、三者間会議が行われ、TSMCは「あくまで店子であり、地元住民の郷土愛を尊重して」同工業地区への進出をしないと宣言するに至った。

連日の報道では、前市長らによる時期尚早な計画の発表や、現市長の地元住民との調整や消極的対応の批判がされているが、住民や推進側の竹科管理局のインタビューを追っていくと、工業区を管理する竹科管理局の対応のまずさがみられる。

例えば今年7月に初めて開催された住民に対する公聴会では、すでに「土地徴収公聴会」のタイトルがついていたという。これによって参加した住民の不安が大きくなった。

政治大学の徐世榮教授は、出演したポッドキャストで、徴収提案をする場合、土地徴収条例第3条で定められた、事業計画、環境計画、都市計画などがまず示されるべきであり、これらを手順を経ずに「土地徴収」について公聴会を開催したことは合法とは言えないと指摘した。

一方で、工場用地を策定、管理する立場の竹科管理局の副局長は同番組のインタビューで「まず住民とのヒアリングをもとに、土地徴収の縮小や修正を行ってから、事業計画を提出する予定だ」と語った。「国家の産業発展のため、国家の安全のため」これまでに土地徴収した他の地区でも同様の手順を踏んだと言う。

TSMCが龍潭への進出をしないと表明すると、台湾の他の地区から、つぎつぎと同社の工場を歓迎したいと手が上がった。

最先端工場の設置計画が白紙になり、桃園市は見込まれた5900人の雇用の機会を失い、龍潭地区にはピーナッツ畑が残った。

数十年後、この地域の住民が今回の決定を後悔する可能性があるかもしれない。適切な手順や対話を確保していたら、共存できたのではないか。そう考えると、もやもやしてしまう。


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