探偵ジュード
1
{
(週日の午後、ジュードの事務所を訪れるG。)
G、お元気でしたか?
ああ、お陰様でなんとかね。君は?
もともと鬱体質ですから・・・。
そうか。でも、俺よりはマシだと思うがね。
自分の心の在りようを、他人と比べるつもりはありません。
}
{
G、西公園の神様になるそうですね。
ん?・・・打診を受けただけだよ。なんの約束もない。それに、77歳にならないと、資格が無いらしくてね。
そうですか。まず、生き延びないと、ですね。
う〜ん、それが一番難しいかもしれないな。
ご冗談を・・・。
ハハハ、一寸先は闇だよ。自信満々で生きるって断言して、あっけなく死んだりしたら恥ずかしいじゃないか。
昭和の人らしいメンタリティですね。
一括りにして欲しくないね。
すみません。失礼しました。・・・自分のことを一番よく知っているのは自分なんでしょうか?
どういうことだろうか?・・・ほかに誰が知っている?・・・目にもつかない片隅でひっそりと余生を送っている老人のことなど、気にかける者などおらんと思うがね。
僕と同じですね。雑居ビルの片隅の小さな事務所に居る僕のことなど、誰も気にかけないでしょう。
(壁の掲示に気づくG。)
ジュード、あれは?
ああ、探偵業の届出をしたんですよ。
多角経営ってやつか?
・・・違います。ちょっとした依頼を受けましてね。調べてみたら、探偵業務に該当しそうなので、一応届出をしました。
それだけ?
はい。日本は法治国家ですから、法律は遵守しなければなりません。でも、報酬を期待しているわけではない。
ちょっとした依頼って?
守秘義務があります。
ああ・・・そうだよなあ。
}
2
{
G、子や孫はどうして生きていけると思いますか?親は無くても子は育つとも言いますけど・・・。
生存本能じゃねえの?
浅薄ですね。・・・まあ、あなた方世代の男は、そういう認識なのでしょう。
違うのかい?
はい、違うと思います。
・・・・・・。
僕は、放っておいても育つだろうと思われた子かもしれません。
自分でそう思ってるだけだろ?・・・傲慢な子だね。
ハハハ、あなたに言われたくありません。
うん。子や孫の足取りはしっかりしているようで頼りない。俺が、見守らないとな。
余計なお世話かも・・・。
そうだと良いね。
}
{
G、キャロルのことですけど、憶えていますか?
憶えているよ。・・・どうして?
戦士の内面的な記録を残しています。彼女は短い間でしたが、土曜日戦争の戦士でした。あなたは戦歴を記録する。僕は、戦士の内面を記録します。彼ら、彼女らは自分自身を知らないので。・・・問題を抱えつつ飛んでる者、除隊後に問題を抱える者、多かれ少なかれ誰もが問題を抱えている。僕のように。
・・・・・・。
キャロルは、とても興味深い。
そうかねえ・・・。
}
3
{
ジュード、君のことを話そうか・・・。
はい。僕、若い頃から夢がありました。物書きになる夢です。
そうかい。夢が叶ったわけだ。
えっ?
だって今、物を書いて生きてるじゃないか。
ハハハ、意味が違います。
実態はそうじゃないか。パソコンやタブレットを使いこなしてるし。
・・・そうですね。そう考えれば良いのか・・・。でもなあ・・・。夢に裏切られちゃいました。人生を浪費したのかもしれません。アルキメデスの支点は見つかりませんでした。僕が、キャロルに興味を持った理由です。鬱、アルコールの過剰摂取、強い性的依存・・・頭が良いのね。
・・・・・・。
僕も、砕け散った自我のかけらを、不器用に搔き集めることぐらいしか出来ないのかなあ。
おいおい。
後悔しているわけじゃありません。恥じてもいません。・・・不安は、消えませんが・・・。
}
{
ジュード、結婚は?
独身です。
信条かい?
いいえ、機会が無かっただけです。・・・家庭生活には否定的です。親になる自信もない。
なるほどね。ところで、西公園の神様のこと、知ってるの?
はい。ざっと知っています。今は3代目ですよね。年齢は82歳だったかな。一人暮らしの老人、独居老人ですよね。
ああ、そのようだ。
もう、一年以上も前になるかな。ビリーの家を訪ねた時に、西公園で彼に会いました。公園の片隅のベンチに座って、手帳の様な物を読んでいました。気になって声をかけると、自分は西公園の神で「虎の巻」を読んでいるところだと言いました。長話をしたわけではありませんが、彼の苦悩については理解できました。
苦悩?
はい、そうです。属する共同体が無く孤立していることの苦悩とでも言いましょうか。
神様も苦悩するのか?なんか、親近感を感じるね。
僕も、そう思いました。それから、ビリーに会って、お酒を少しいただいて、帰ってきました。それからは、残念ながら会う機会がありません。
俺の方が会える機会が多いだろうから、会えたら様子を報告するよ。
有難うございます。ぜひ、お願いします。
ああ、お安い御用だ。
}
4
{
(ジュードの事務所を出て、駅に向かうG。改札を抜けて階段を降りようとしたところで声をかけられる。振り返るG。)
お〜い、G。
神様・・・。
下りの階段が不安でな。サポートしてくれんか。
はい。手摺を使って、ゆっくり俺の後に着いてきて下さい。
ああ、すまんね。
}
{
神様、グリーンで帰りましょう。
贅沢じゃないかね。
俺が、グリーン券買います。ワンカップ付きで。
そうか・・・君の好意に甘えるとしよう。
}
{
(グリーン車の座席に並んで座る神様とG。ワンカップを開けて飲み始める。)
神様、今日は遠出ですね。
まあな、ちょっとした野暮用でね。君は?
ジュードとの面談です。
ジュード?・・・聞いたことがある名だ。
俺、土曜日戦争のヴェテランズの一人なんで。
ああ、そうか。メンタル・ヘルス・マネジメントの若造か・・・。彼女がいるんだろ?
俺には、そんなこと言ってなかったけど。
・・・左利きでメガネの、小柄な女だって言ってたよ。1年以上前の話だが。ヒデコって言ったかなあ。君には言いずらい事情があったんじゃないのか?
そうかもしれませんけど・・・。神様、野暮用って何ですか?
うん。馴染みの女に会ってきたんだ。
お風呂ですか?
まあ、当たらずとも遠からずかな。
いや、神様、冗談ですか?
冗談じゃないよぉ・・・。全身泡だらけ的な。
いやいや、神様、何やってるんですか・・・。
俺を、叱責してはいけないよぉ。
}
{
(列車を降りる神様とG。)
神様、もう少し飲みますか?
ぜひ、そうしたいところだが、今日は散財が過ぎてな。懐具合がなあ。
誘った俺が持ちます。これから帰って夕食の用意も面倒でしょ?
そうだなあ。行こうか。
そうこなくちゃ・・・。
(二人で居酒屋に入る。)
じゃあ、神様、もう少し飲みましょう。
ああ、そうしようか。
なに、食べますか?
そうだなあ、魚かな。自分で料理するのは難しい。
ですよねえ。適当に注文しますね。
うん。・・・それでなあ、ジュードの彼女のことだが、知ってるのか?
・・・デコちゃんですよね。少し、知ってます。
ジュードには不都合なことか?
はい。・・・同時に、いいえ。・・・彼の問題です。
なんだかなあ、彼は、複雑なタイプのようだから・・・。大変だ。
他人事ですか?
いやいや、そんなことはないよ。むしろ、ああいうタイプの若造には、シンパシーを感じるね。それでさあ、ジュードは元気か?やれているのか?
もともと陰気なタイプですから・・・。でも、探偵業の登録をしてた。少しは、前向きになったんでしょうか。
探偵業ねえ・・・営業向きな奴じゃねえからなあ。成功はせんな。
いや、副業と申しましょうか。趣味?
なら、言う事はねえよ。案外向いてるかもな。・・・何を調べるのかなあ。
最近は、キャロルに執着しているようです。
キャロル?
はい。土曜日戦争のアビエーターだった女性です。・・・自殺しました。
衝撃的だ。・・・日本酒、もらおうかな。
良いですね、俺も付き合います。
でな、もう1、2杯飲んだら帰ろうか。
はい。
}
5
{
神様、タクシーで帰りましょう。
バスは無いのか?
いや、時間が合いません。同じ方向ですから、途中で降りて下さい。
そうか。なんか、悪いなあ。
いやいや、気にしないで下さい。・・・トイレ、行きますか?
ああ、そうしよう。頻尿系だからな。
一緒に行きますか?
君が、そうしたければな。拒否はせんよ。
}
{
(タクシー乗り場に着く。)
なあ、Gよう・・・地獄は何処にあるのかなあ・・・。死後の世界かい?
さあ、どうでしょうか。
死後の世界にはよう、天国と地獄があってな・・・善行を重ねれば天国に行けて、そうでなければ地獄行きってか。単純な発想だよなあ。
神様・・・。
地獄はよう、現生にあるんだ。生き地獄・・・意味は違うかもしれないがな。・・・生きているから地獄があるんだよ。
ーーーーーーーーーーーー
神様、タクシーが来ました。しっかりして下さいね。
ああ、俺は大丈夫だよ。西公園の辺りで降ろしてくれ。
はい。
}
{
(タクシーを降りる神。)
大丈夫かなあ・・・。
お客さん、今の人、西公園の神様ですよね。
うん。知ってるの?
自分の両親、この団地に住んでるんですよ。西公園の神様のことを、よく話していました。前の神様のことかなあ。
ああ、そうかもしれないね。立派な人だったようだ。・・・今の神様も、それなりに立派だけどね。
}
{
(タクシーを降り、自宅に入るG。)
ただいま。
お帰りなさい。たくさん飲んだの?
そうでもないよ。・・・千葉駅で神様に会ってね。ワンカップを飲みながら帰って、居酒屋でもう少し。西公園の辺りで別れて、帰って来た。
無事に帰れたでしょうかね?
うん。・・・どうだろうか。
まあ、大丈夫でしょう。・・・神様だから・・・。
}
{
(携帯電話の着信音が。)
もしもし・・・G。
神様、無事、帰宅されたんですね。
ああ、君が心配してるんじゃないかと思ってね。
もちろんです。
それと、礼を言いたくてね。
お気遣いなく・・・。
うん・・・その、なんだ・・・多少の口止めをお願いしたい。
良いですよ。口外無用ってことで。
ありがとな。お休み・・・。
お休みなさい。
}
令和4年11月18日