楽園の狂人Ⅵ
1
{
(午後、東公園のベンチで話し込む老人二人。Gとエムだ。共に75歳。高校の同期だ。)
エム、高校同期のグループメールに入ってるのか?
うん、リード・オンリー・メンバーだがね。死亡記事が結構あるよ。半分以上は、名前と顔が一致しない。
そうか、最近、気温が高いな。
湿度もな。・・・梅雨明けが近いかもしれないな。沖縄は明けたんだっけ?
そうかな。(スマホを操作するG。)
良いよ、調べなくても。
そうか・・・。
}
{
G、庭の草刈りをしてるのか?
うん、雨の日じゃなければ、毎日、庭に出てるよ、短い時間だが。草は伸びるからなあ。この団地にも、草が伸び放題の更地があるだろ?・・・あれだけ伸びたら、手がつけられん。
そうだなあ。
何事もそうだが、小さいうちに手を打つことだ。
うん。
}
{
エム、少し飲もうか?
良いね。俺の所に行こうぜ。
うん・・・。
(西公園近くのエムの家に向かう。玄関を入り、明けっぱなしだった間仕切りを閉めるエム。)
秘密じゃねえよ。女房の遺影と仏壇があるだけだ。散らかってるしな。
・・・・・・。
さあ、座ってくれよ。大したものは無いが・・・。
(大きなペットボトルのウヰスキーと炭酸水のボトルを持ってくる。)
良いね。
}
2
{
(ゆっくり杯を重ねる二人の老人。満足そうに見える。)
エム、君も庭の草を刈っているのか?
ああ、やってるよ。唯一の目的と言っても良い。庭の草を刈るだけの老人だ。・・・心掛けている事があるんだ。
何かな?
翌日の作業を残しておく事だよ。作業は、少し残しておいた方が良い。自分の存在意義は、使い切らないことだ。
先延ばしか?
そうだね。
庭の草刈りが、君の存在意義か?
まあ、価値観は人それぞれだ。それにな、家の裏は手付かずだ。
ああ、それなら俺もだよ。なかなか踏み込んで行く気にはなれない。
そうだよなあ、ドクダミとか多いし。臭いが鼻に付く。ハードル、高いな。
庭は手強いよ。季節や天候に左右されるしな。・・・そう言えば、マックブックプロのバッテリーが膨張しちゃってね。
寿命じゃねえの。
そうかもしれないがね。残念だ。
修理は?
これが、なかなか。
じゃあ、新しいの買えば良いじゃないか。
年金暮らしの老人には、高額だ。
確かに・・・。原点に戻るか?紙と鉛筆に。
いやいや、勘弁してくれよ。
エアーやパッドはあるんだろ?
うん。
充分じゃないか。ツールはあれば良いってもんじゃない。少ない方が良いこともあるよ。
そうだな。
自分の不足を、道具のせいにしない方が良い。
女房と息子に買ってもらった物なんだ。女房がアメリカに居る息子に会いに行った時、お土産は何にする?って言ったんで、MacBook Proだって言った。本当に買ってきたよ。
感傷的な価値があるのか・・・。
・・・・・・。
}
{
エム、人生は不都合なことだらけだ。
同意するよ。全くだ。こんなはずじゃなかったよ。女房に先立たれ、ただ生き延びているだけの人生だ。
それも、悪くはあるまい。
まあ、これ以上、悪くなることはないだろうから。これ以上、悪くなったら耐えられんよ。
そうだなあ、想像に難くない。俺もそう思うよ。
}
{
(エムと別れ、自宅に帰るG。)
ただいま・・・。
あら、お父さん、何をしていたの?
西公園でエムと会ってね、一杯やってた。
明るいうちから飲んでいたの。
はい。面目ありません。
エムさんは、お元気でしたか?
相変わらずだよ。立って歩ける、話も出来る、自認出来てる。酒、飲んでるしな。
幸せな余生ですね。
うん、本人はそう思っていないようだった。
お父さん、人の幸不幸なんて、イチゴの味を論じるようなものですよ。甘い、酸っぱい、どっちでも良い・・・ねえ。
・・・母さん・・・。
良いわ。夕食までには、少し間がある。メニューを変更しなくちゃ。自室で飲酒、喫煙してらっしゃい。用意出来たら声をかけます。
俺、手伝おうか?
ありがと、気持ちだけで良いです。
・・・・・・。(怒られちゃったのかなあ。)
(ゆっくりと階段を登るG。部屋に入るとエアコンをつけ、机に向かう。パソコンの電源を入れ、動画をチェックする。)
3
{
(細やかな夕食のテーブルに着く老夫婦。)
お父さん、人はなぜ熱狂しますか?
ん?
メリケン・ガールズは英国から来た4人の若者に熱狂しました。彼らの演奏を聴いて失神した娘さん達も居たそうです。
それなら、俺も知ってるよ。
人は人に熱狂する・・・人の動機は人なんでしょうねえ。
うん、そうかも知れないね。
}
{
(Gが帰った後、一人で飲み続けるエム。蒸し暑い曇天の午後だ。亡妻との会話を思い出す。)
【
あの子、帰っちゃった。
そうだね。
部屋、綺麗に片付いてる・・・。
立つ鳥跡を濁さずだね。
息子はどうでしたか?
・・・異国での一人暮らしが、結構長い。言うべき事は無いよ。
寂しいわ。
また、会いに行けるよ。一年後には、また帰ってくるだろうし。
そうですね。
】
(思い出に浸り、杯を重ねるエム。酔うほどに増すのは孤独感、寂寥感、満たされることのない空虚な想いだ。老いて、一人だ。)
}
令和5年6月30日