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屋根裏部屋の少年ⅩⅩⅠ


お母様、今日は英語と数学でした。
ご苦労様。息子はどうですか?
はい、英語はともかく、数学は私では力不足です。
そうですか。
私の役割は、終わったのかもしれません。
櫂さん、そんなことを言わないで。私は、そう思っていません。
自分の力不足を感じながら、家庭教師を続けるのは心苦しいです。
ちょっと待ってよ。あなたの事情で辞めるというのであれば、引き止めません。でも、あなたに教えてもらうことが息子にはある。そう思っています。
ありがとうございます。何を教えれば良いのでしょうか?
例えば、数学はドリルにして、国語の幅を拡げるとか・・・。あの子、文章があまり出来ないようなので。
はい、そういうことでしたら。
櫂さん、うちの子を見捨てないでね。
もちろんです。そんなつもりはありません。


(デビッドが屋根裏部屋から降りてくる。)
母さん、櫂先生、もう帰った?
はい、帰りましたよ。
なんか、様子がおかしかったんだよなあ。
大丈夫よ。そう言えば、電話があったわ。
誰?
スワンですって・・・新しいお友達?
いや、最近、土曜日戦争に参戦してきた娘です。ちょっと変わっているんだ。
折り返さなくて良いの?
いずれ、土曜日に会うだろうからね。僕、部屋に戻るよ。少し復習したい。
良いわ。夕食までには降りておいで。
はい。


(翌々日の金曜日は、朝から弱い雨が降り続いていた。小雨の中、軽いジョギングを済ませ、自室に戻り着替えをするデビッド。部屋を掃除し、無表情で机の上を片付ける。母がドアをノックする。)
何をしていたの?
片付けを少し・・・今日は予定が無いので・・・。
そう。
父さん、あまり話をしないね。
そうだね。もともと無口な人だから。
・・・・・・。
お父さん、口にはしなかったけど、本社の役員になりたかったの。でも、望みは叶わなかったわ。
でも、転籍になった時、会社が近くなったって、母さん喜んでたいたよね。帰りも早くなって・・・。
そうね、悪い事だけじゃない。禍福は糾える縄の如しだから。・・・こんな日は気が滅入るわ。
母さん、昼寝をすると良いらしいよ。
そうかい?
うん、僕もね、よく落ち込むことがあるけど、そんな時はどこか疲れているんだ。昼寝をすると回復するよ。
そうしてみようかな・・・。


(天気が回復した土曜日、送迎バスのバス停。デビッドとスワンが立っているが、無口だ。マディが来る。)
よう、おまえら、喧嘩でもしたのか?表情が固いぞ。
おはようございます。(二人が声を揃える。)
スワン、おまえのとこの爺さんはどうだ?
はい、なんとか生き延びています。
飲みすぎて倒れたって聞いたぞ。大丈夫なのか?
ご心配ありがとうございます。私が、出来るだけサポートしていますので。
そうか。救急車で運ばれたそうじゃないか。
冬じゃなくて幸いでした。冬で、気がつかれなければ凍死していたかもしれません。
幸運だったな。・・・おっ、バスが来た。


(マディとデビッドが最後部に座る。)
スワン、俺の前に座れよ。(声を掛けるマディ。)
はい。ここが私の指定席?
そう思ってくれても良いぜ。


(バスを降り、バトルフィールドに向かう。デビッドとエコーが先を歩き、マディとスワンが続く。)
スワン、最近はどうだ?
どういう意味ですか?
うまくやれているのか?
はい。学校に戻れたし、成績も悪くはありません。
そうか・・・。
マディ、私のことを心配しているの?
まあ、俺、心配事が多くてな。おまえの事だけじゃない。
そんなにあれこれ心配していたら、身が持ちませんよ。カウンセリングを受けたらどうですか?土曜日戦争のメンタルトレーナーが居ると聞きました。ジュードという人だとか・・・。
知ってるよ。


なあスワン、土曜日戦争のアビエーター達は、多かれ少なかれ、みんな悩みを抱えている。
・・・・・・。
おまえもだ。
はい・・・デビッドも?
例外はねえよ。まして、あいつは脆い。
脆い?
ああ、あいつはお母さん子でなあ・・・さして大きくもない体で頑張っている。不憫だよ。
不憫って、どんな感情ですか?
そうだなあ・・・抱く必要が無い感情だ。辛くなるからな。
そうですか・・・。


(午前中のバトルを終え、食堂で昼食を摂り、送迎バスに乗る三人。エコーがJR駅前で降りる。)
デビッド、少し話さない?
良いですよ。途中で降りて、歩きながら話しましょうか・・・。
はい。私、ドライバーさんに言ってくる。
うん。
(車内を移動し、ドライバーに話しかけるスワン。)
すみません、麻賀多神社で降ります。
そうか、了解。デビッドもか?
はい
(バスを降りる二人。)
スワン、お参りして行きますか?
はい。
(肩を並べ、小さな神社の鳥居をくぐる。境内に人影は無い。)
デイブ、何を願掛けしたの?
ハハハ、秘密です。君は?
私も、秘密です。
やれやれ、早速二人とも秘密か・・・。
私の秘密は、ほんの小さな秘密ですよ。知りたいですか?
君が話したいのなら、聞いてみたいと思います。
・・・今の生活が、明日も続きますように、です。・・・デイブ、もっとゆっくり歩いて。
ああ、すみません。気遣いが足りませんでした。


僕も、同じような事を考えていました。
それって、幸せってことかな?
そうかもしれませんね。でも、今は解りません。それなりの年齢にならないと。
どうして?
子供は保護者に守られているから。自立した時、社会に出た時に、どう感じるのか解らないからです。どんなポストに就けるのかも解らない。特に、僕のような経歴では・・・。
・・・良い学校を出て良い会社に入ることが大事なこと?・・・終身雇用だし。
違うよ、終身雇用じゃない。定年雇用ですね。
・・・デイブ、不安ですか?
当然です。未来が見えないんだから。それなりのポストに就けて、そのことに満足できれば、幸せなのかなあ・・・。
・・・・・・。
スワン、そろそろ着きます。
はい。明日、会えない?話の続きをしたい。
いや、明日は都合が悪いです。
残念だわ。
機会はいくらでもありますよ。
エコーなのね・・・。
さあ、どうでしょうか。


(スワンと別れ、家に帰るデビッド。)
ただいま、母さん。
お帰りなさい。スワンには会えたの?
はい。東公園まで一緒に帰ってきました。
そう・・・今日は上手く戦えたようね。
お陰様で、勝つことが出来ました。・・・父さんは?
部屋飲みしてる。
パソコンや書き物をしているのかなあ。
そうだと思うわ。
・・・僕、昼寝しようかな。


(自室に戻り、ベッドに仰向けになり目を閉じるデビッド。しばらくして携帯に着信がある。エコーだった。)
デイブ、今日はごめんね。どうしても、終わらせなければならないことがあったの。
気にしてないよ。
何してるの?
これから昼寝だよ。
・・・スワンと何か話した?
何かって、ちょっとした世間話をした。
どんな?
麻賀多神社でバスを降りて、東公園まで歩いた。その間に、取るに足らない話をしただけだ。
彼女、何か言ってた?
うん、今の生活が明日も続くと良いなあって言ってた。
そうですか・・・。
・・・エコー?
ううん、何でもない。・・・ねえ、デイブ、明日千葉に行かない?
良いよ、特にやることもないからね。ちょうど文房具が欲しいと思っていたんだ。

  令和6年6月26日

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