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恋の行方ⅩⅣ


(11月の日曜日、朝、目覚めて階下に降りる櫂。母が居間に居る。)
おはようございます・・・お母さん。
・・・おはよ・・・。昨夜はどうしたの?
ジョシュア、ABCクラブで飲むって言うから・・・いつ帰るか分からない酔っ払い男を待つのは嫌だわ。自分のベッドで眠る方が良い。・・・そう思いました。
そう・・・コーヒーを淹れるわ。おまえ、コーヒー、好きだもんね。
はい。


櫂、今日はどうするの?
ジョシュアと千葉に行って、紙と筆記用具をプレゼントします。だいぶ前に約束したんだけど、少し時間が経っちゃったいました。
そう・・・それなら、スーパーの100円ショップ・コーナーで買えますよ。
お母さん、特別な男友達へのプレゼントです。少し、奮発したいの。
ハハハ、そうだね。高いの?
3千円くらいだと思うわ。
それほどでもないのね。
彼、私が彼のためにお金を使うことを好まない・・・。
あら、お父さんと同じだわ、若い頃のことだけだけど。・・・男って変だよね。
・・・そうですね・・・女も・・・変です。
・・・・・・。
お父さんは?
少し飲み過ぎたの。そのうち、起きてくるでしょう。私、寛容にならないとね。
お母さん、充分に寛容だわ。お兄ちゃんに対してだって、そうだった。
私は、そうは思わない・・・。この話はやめましょ・・・。今日は帰るの?
はい・・・ズルズルの関係は気が引けます。・・・お母さん、どうしてお父さんと結婚したの?
お父さんが私のことを好きになって、私もお父さんのことが好きになったから・・・。
なんで好きになったの?
・・・好きになる事情があったからね。(母が顔を曇らせる。)


お母さん、私、そろそろ出かけないと・・・。
行ってらっしゃい。
・・・お父さん・・・起きてこないね。
気にしないで・・・お父さんは、私があやしておくから・・・。



(JR駅でジョシュアと待ち合わせる。改札口前のベンチに腰を下ろすと、程なくジョシュアが来る。長身痩躯だ、気怠げに歩いて来る。立ち上がり、微笑みかける櫂。ジョシュアが微妙に口角を上げる。)
おはよ、チョイブス。
・・・おはようございます。
行こうか・・・。
はい。


(電車の中で。ドア付近に二人で立っている。窓の外を見ながらジョシュアがボソボソと話す。)
俺さあ、自分の顔写真が判らないことがあったんだ。高校に入学してすぐのことだった。学生証の顔写真だったかなあ。何枚も並べれらている写真の中から自分の写真を選ぶんだが、見つけることが出来なかった。級友が見つけてくれたよ。俺、ショックでなあ。これが俺かって思ったよ。
ブサイクでしたか?
・・・凡庸だったよ。
なら、私と同じだね。
・・・櫂・・・そんな意味じゃないんだ。なんで自分の顔写真が判らなかったんだろうなあ。


(電車が千葉に着き、デパートに向かう。ジョシュアの腕を取る櫂。やがて文具売り場に着き、ゆっくり商品を見て回る。ジョシュアが商品に眼を凝らす。櫂は、後に着いて行く。)
ジョシュア、近眼なの?
そうだよ、バトル用のメガネはあるが、街中ではかけられない。最近、外出用のメガネを作ったんだが、今日は忘れた。でもね、欲しい物は判るよ。


(買い物を終えた二人。)
これからどうしますか?
帰ろう。駅前の居酒屋でランチを奢るよ。
はい。
ーーーーーーーー
(ランチ・メニューを選び、ジョシュアは燗酒を付ける。)
お父さんね、定年で職を失う不安から、お酒の量が増えているようなの。
・・・不安なのは、おまえの父さんだけじゃない。俺もだよ。
そうですか。
今日は嬉しいよ。紙とペンで出来なければ、何を使っても出来ないからな。感謝している。
必要ありません。
おいおい、心を解かせよ。
・・・・・・。
おまえは良い女だ。
よしてよ、チョイブスなんでしょ。
(ジョシュアの口元が緩む。)
(杯を重ねるジョシュア。櫂も少し付き合う。手酌をするジョシュア。華奢な指が長い。「綺麗な指だなあ。」と思う櫂。)
(食事を終え、店を出る。)
ジョシュア、今日は帰るわ。
うん、ありがとう・・・とても良いプレゼントだった。おまえ、俺のこと解ってるんだな。
そんなことないよ。
まあ良いさ。帰って、すぐに試してみるよ。ペンのファースト・タッチがラッキーだと良いなあ。




(ジョシュアと別れ、バスに乗る櫂。)

(千葉から帰る電車の中で、ジョシュアが袋の中からメモ用紙を取り出す。大きさが違う二つの3冊パックだ。)
櫂、この紙、一平米当たり70グラムなんだって。贅沢だなあ。だから1冊50枚なんだ。・・・ベトナム製だって。
そうですか。
日本の文具って、凄いよな。双璧はドイツとジャパンかな。
(満足げなジョシュアの横顔を見つめる櫂。)



(帰宅する櫂。)
ただいま。
お帰りなさい。上手くいったの?
はい・・・。
そう、良かったね。(娘の反応がそれほどでもない。)
・・・・・・。
櫂、今日はお父さんとイタリアン・レストランに行ったの。自分が運転するって、ワインを勧めてくれてね。
幸せでしたか?
・・・リルビット・・・幸せって、そんなにチープなもんじゃないでしょ。でも、眠れなくなりそう、不安だわ。明日は月曜日だよね、起きられるかしら・・・。
私が起こしてあげます。


お母さん、お父さんを好きなった事情ってなんですか?
それは、お父さんが私のことを好きになったってこと・・・。
それだけですか?
・・・いいえ。それ以外は、おまえが知らなくても良いことです。
男関係?
櫂、不遜ですよ。
すみません。
良いのよ。誰にだって事情があるんだから。・・・私にもね。・・・素敵な事情なら良いけど・・・そうでもないみたいでしたよ。
・・・・・・。
年老いて、退職や老いへの不安からアルコールに依存する人達が居るそうです。お父さんも、そうかも知れない。でも、私はお父さんを責める気持ちにはなれない。おまえも、自分の男を責めないほうが良いわ。人は人を責めないほうが良いのよ。櫂、寛容になりなさい。
でも・・・。


(自室に行き、着替える。思い立ってジョシュアに電話する。)
・・・ジョシュア?
おお、グッドルッキン・・・。
何してるの?・・・飲んでる?
うん、相変わらずだ。・・・メモ用紙とペンも試しているよ。
そう、飲み過ぎてはいけません。
解ってるよ。
酒飲みは、みんなそう言う。解っていないのに・・・。
ベイビー、俺は別だよ。
・・・・・・。(そんなこと、無いのに・・・。)


   令和5年11月29日

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