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02Plumber通信

01戦士の朝

戦士の朝は、様々だ。コマンダーと戦略分析室のチーフが、何やら話をしながら広場を歩くこともある。
戦力分析室のスタッフは、前日の夕方から泊まり込んでいる。
霧が濃い朝もある。朧気な戦士の姿を見ていると、私は深い幸福感を抱く。朝なのに、彼らの良き意思と共に眠りにつける夜のことを想う。そのまま、永遠の眠りについたとしても悔いはないと。
かつて、私も戦士の一人だった。さしたる取り柄もない平凡な戦士だったと、今になって思う。しかし、自分が、なんの取り柄もない平凡な戦士だと思って戦う者は一人も居ない。自分は負けない、という小さなプライドを頼りに、バトル・フィールドに飛び立つ。残酷なようで、心地よい。

02ひよっこサム

ひよっこサムの話をしよう。二十歳過ぎで志願してきた細身の若者がいた。背は170センチ半ばで、そう、繊細な感じだった。先輩がひよっこと呼んだ。いかにも線が細い。はじめのうちは、真ん中辺でうろうろしていた。
Bランクに届けば上出来かなと思っていた。それが、いつの間にかAランクに来た。体も、一回り太くなり、髭を蓄え、ファイターの顔つきになっていた。5年くらいかかっただろうか。良く辛抱したものだ。
Aランクの初陣で私と組んだ。私は経験豊富で能力もある、もう一人は堅実なファイターだった。正直に言えば、私たちの足を引っ張らずに、何とか無難にと考えていた。私生活の、良くない噂も聞いていた。
僕にはやり残したことがある、それが、サムの口癖だった。私は、若僧の戯れ言だと思っていたが、そうではなかった。
飛び立って数秒で私が感じた違和感を、どう表現したらいいのか判らない。ひよっこサムは、私の意図を先読みしているようなフライトをしたのだ。
ファイトの後のシャワールームで少し話をした。


チック、何をした?
あんたの意図の少しだけ先を飛んだ・・・。
ふ~ん、そんなことができるんだ。
僕は、ここに来るまでに、少し遠回りをしました。その分、知識が増えました。配管さんのフライトは、繰り返し見ました。何度も何度も・・・。ある日、僕、気付いたんです。失礼ながら、飛び抜けた能力があるとは思えないあなたが、なぜ、Aランクで飛んでいるのか、僕には不思議でした。・・・でも、僕は気付いたんです。
そうかい。・・・君、女性関係で疚しいことはないかい?
はあ、少しはあるかなあ。でも、あなたの言われることが、何のことかは解りません・・・。
そうか・・・。なら、いいや。忘れておくれ。
はい。・・・僕、恐れを識っています。そして、僕にはやり残したことがあります。

そんな、ダルい会話をした。それからチックは、一気にトップまで駆け上がった。今や、トップ三チームを率いるコマンダー。頼もしい男だ。私が引退を決意したのも、彼の存在のお陰かもしれない。

03スリーピーJ

スリーピーJは、コマンダーの指示でハナが声をかけた。配送センターの倉庫番だった。中肉中背で、見栄えが良いわけではなかった。コマンダーが、なぜ彼の能力に気付いたのかは解らない。
ハナは、会ってすぐに気がついたようだ。彼女も優秀なリクルーターだ。
スリーピーJは、その風貌とやる気のなさそうな振る舞いから、誰が呼ぶでもなく・・・いや、ABCクラブで酔った連中があれこれ言ったのかもしれないが・・・。
「配管さん、俺、人生の選択を間違えたことがあります。自分だけならかまわないけど、人を傷つけると思うと自分が怖い。だから、自分からは動かない。熟れた果実が落ちてくるのを待ちます。」
複数の女性と交際しているという噂をからかった時、そんなことを言っていた。


スロー、トロイ、タートル・・・そんな言葉が出たのだろう。
いやいや、そんな侮蔑的な名はいかん。せめてスリーピーくらいにしたらどうだ。
そうか、それならスリーピー・タートルも捨てがたい。
奴は、エクストラオーディナリーだ。スリーピーJにしておこう。簡単なほうがいいよ。
おいおい、来たぞ。声をかけるか?
ここは、コマンダーだろ。
僕ですか?いいでしょう。・・・おい、スリーピーJ、こっちへ来いよ。一杯奢ろう。
(俺のことか?)
(そうだよ。みんなで考えてたんだ。)
(あんたは果報者だ。ご立派な仲間がたくさん居るね。)


J、場所を変えて、もう少し飲もうか?
良いけど・・・。コマンダー、何かあるのか?
君のことを、知りたい。ハナのことも気になるし・・・。
俺、ハナと特別な関係ではないよ・・・。
いや、そういうことじゃないんだ。・・・土曜日戦争の今後のこともあるし・・・。


ちょっと、立ち入った話をしても良いかな?
・・・・・・。
声をかけたいと思ってる姉妹がいるんだ。姉のほうは、君の高校の同期だ。妹は、まだ中学生・・・。
へえ~、誰だろう。・・・ああ、あいつか・・・。
それと、もう一人いるんだ。ピーちゃん・・・と呼ばれてる。識ってるかい?
・・・識ってる・・・。
よく識っているのかな?
そうでもないよ。高校の時、短い間だったが、付き合ってた。その程度だよ。・・・ハナのことが気になるって?
・・・ハナは、僕の旧友の知り合いだった。彼は、悪い病気を得てね・・・お袋さんの元に戻って死の準備をしている。土曜日戦争の戦士だったよ。彼に、ハナのことを託された。良い方向に導いて欲しいと。僕は、そうしてきました。
俺にどうしろと?
僕は、妹か子のように、彼女を大事に思っています。そのことを覚えていて下さい。
・・・・・・。
僕は、君に、何かを強要するつもりはありません。僕の気持ちを言っておきたいと思った・・・。気を悪くしたのなら謝ります。
いや、よく覚えておきますよ・・・。
感謝します。

コマンダーが見込んだ通り、Jはすぐに力を発揮し始めた。しつこくリマッチを仕掛けたハナは、返り討ちにあって、裸のヒップに落書きされたそうだ。以来、Jの前でのハナの態度が変わってきた。

04キッド

キッドは14歳でAランカーだ。まあ、気難しい少年だ。
1年前のこと、細っこい少年が募集要項のプリントを持って事務所に来た。たまたま、そこに居たコマンダーが対応したのだ。


キッドと呼んでもいいかな?
小僧っ子ってことか?・・・いいよ。
なぜ、ここに来たの?
友達が、このプリントを俺に見せた。年齢性別不問と書いてあった。なら、俺にも権利がある。
シミュレーターに乗ってみる?
うん。

コマンダーは、あまり乗り気ではなかった。適当に遊ばせれば、あきらめて帰るだろう、と思っていた。


じゃあ、やってみようか。操作方法は理解したよね。
うん。

で、キッドは次々とクリアしていった。普通ではあり得ないことだ。


キッド、今日はここまでだ。
うん。じゃあ帰る・・・。
ちょっと待ってて。
・・・・・・。
これなんだが、土曜日戦争は志願した者だけが参加できる。
・・・俺、合格か?
そうだね。驚いたよ。・・・君が望むならサインを・・・。
嬉しいな。・・・ひとつ、訊いてもいいか?
なんですか?
ミニーって居る?
ああ、居るね。
優秀か?
優秀?・・・いや、とても優秀だよ。
俺と比べて、どうかな?
まあ、負けず劣らずかな。
ふ~ん。
知り合いなのかい?
同じ中学・・・。
そう・・・。関心があるの?
・・・強い関心がある。Aチームのアビエーターだって聞いたよ。あり得ない。
ミニーは、もうじきAチームに入るだろう。・・・キッド、君は土曜日戦争に志願する書類にサインした。僕たちは君を歓迎する。僕はトップ三チームの指揮官だ。言葉遣いを改めてもらいたい。年長の指揮官に対しては、それなりの言葉遣いをするんだ。いいね。
・・・はい。
そう、それでいい。

キッドは、すぐにアビエイターの仲間入り。単なる小生意気なガキじゃなかったわけだ。無茶なフライトをして、よくコマンダーに怒られていた。

05キッドとミニー

キッドの話を、もう少ししよう。キッドは、ミニーに強い関心を持って志願してきた。同じ中学の同級生だそうだ。家が同じ方向だったので、よく、自転車で一緒に帰っていた。仲が良いような、そうでもないような。ズケズケと遠慮のない物言いのキッドに対して、押したり引いたり。ミニーのほうが一枚上手だな、私たちはそんなことを言いながら二人を見ていた。


ミニー、日曜学校って何する所だ?
聖書のお勉強をしたり、賛美歌を歌ったりする・・・。
なんか、それらしい名前があると聞いたが・・・。
クリスチャンネームのことかな。私は洗礼を受けていないけど、あるよ。
どんな?
・・・エルシー・・・。
ヘルシー?
・・・喧嘩売ってんの?・・・先生が、それぞれの子のことを考えて、付けてくれた名だわ。そうした想いを侮辱することは許されない。
・・・悪かったよ・・・。

私は、ミニーの最後のフライトを忘れることができない。たった2分足らずのフライトだった。観戦していたスタッフの中には泣き出す者もいた。敵にインビジブルとまで言わせた俊敏なミニーだったが・・・。私たちが目にしたのは、無防備でバトル・フィールドを彷徨う子羊だった。センターにキッド、左翼にハナが居た。右翼のミニーは、二人について行くのがやっとだった。我慢していたコマンダーが交代を告げた。ミニーは初めてコマンダーの指示に抗った。


ミニー、Jと代われ。
私、まだ戦える。
ミニー、代わるんだ。
コマンダー、私、まだ頑張れる。
ミニー、代われ!今、すぐに!

ミニーは泣きながら、座っていたシートを蹴飛ばし、ヘルメットを床に叩きつけて出て行った。ひよっこサムは一顧だにしなかったなあ。
それから、半年も経たないうちに、キッドはミニーと別れることになった。ミニーが市内の総合病院で短い生涯を終えたからだ。
で、キッドは無口になった。不機嫌で小生意気なガキが無口になったら手に負えん。
だが、物事はうまくしたもので、スリーピーJがキッドの兄貴役を務めるようになった。Jも、動作がのろい割には反骨精神旺盛で、キッドとは馬が合ったのだ。Jとじゃれ合っているうちに、キッドの傷心も癒やされていったのだった。

06モスキートジョー

戦力分析室に小柄な男が出入りするようになった。弁護士だそうだ。金曜日の夕方に来て、数時間、資料室で何やら作業し、ABCクラブに寄ってウイスキーのロックを数杯飲んで帰っていく。無口な男だ。
興味を持った私は、何人かに声をかけて探ってみた。ブルーローズが知っていた。
午後8時頃だったろうか。彼はABCクラブの片隅にいた。

少し、いいかな?
ああ、配管さんですよね。コラム、読んでいます。
何をしているんですか?
敗戦処理の準備です。総力戦で負けた時のことを想定して、資料を作っています。
負けるのですか?
最悪の場合を想定しているだけです。勝ち負けは、僕には解りません。・・・僕がしていることを公にはできません。
承知していますよ。
・・・総力戦で負けた時、戦士は半分以下になります。多分、三チームも編成することはできないでしょう。戦えません。・・・敗戦の代償を払わなければなりません。僕は、組織の解体は避けなければならないと思います。そう考えているのは、僕だけではありません。再び戦うことができるように、全面降伏は避けなければならない。それが、僕の仕事です。
できるの?
交渉ですよ。そのために、過去のことを調べています。今日は、少し早めに切り上げました。もう少し飲んだら帰るつもりです。・・・配管さんとは話したいと思っていました。今日は、考えがまとまらないので、改めて機会を作ってもらえたら有り難いです。ひよっこサムやスリーピーJとも話してみたい。優秀な女性陣とも面談したいですね。楽しみです。
・・・煙草を吸っても?
どうぞ。気遣いは無用です。・・・配管さん、土曜日戦争はどうなるんでしょうか?
個人的に考えていることがあります。総力戦で、私たちは負けるでしょう。君の考えていることと同じです。でも、それが終わりではありません。必要な時を経て、再開します。
土曜日戦争は必要なんですか?
私は、必要だと思っています。・・・ひよっこサムは賢い男でね、敵が何者なのかを探っていました。
解ったのですか?
いいえ。それで、サムは戦いに集中するようになりました。目の前の事に・・・。手が届かないということが解った。私たちが想像することもできない、大きな存在です。今のところ、戦うことによってしか触れることができない存在です。・・・ボクシングをしていたそうですね。
はい。高校の時に少し・・・。
強かったんですか?
それほどでもありませんでした。一番軽いクラスで勝ったり負けたりしていました。で、付いたあだ名がモスキート・ジョー・・・。スピードとテクニックには自信がありましたが、勝てない時もありました。
弁護士になったのは?
チャレンジ精神ですかね。僕、母子家庭で育ちました。母が苦労して、僕を育ててくれました。僕は、そこそこ勉強ができることを鼻にかけて母を蔑ろに思うような罰当たりでした。中学の時、そのことがバレて、幼馴染みに叩かれました。ビンタ2発、利きましたよ。
・・・・・・。
そんなことがあって、僕は母に認めてもらおうと思うようになりました。高校に行って、ボクシング部に入りました。スポーツ推薦で大学にという話ももらいましたが、方向転換したんです。弁護士になろうと、唐突に思って、幸運なことにそうなれました。・・・僕は、運だけでここまで来たと思っています。
そう・・・いいね。
でも、母を亡くし、生き別れた父とも長いこと会っていません。どこに居るのかも解らない。僕は、孤独です。・・・僕を叩いた幼馴染みは、少し年上の女子でした。そう、バランスのいい体型で、健康そうな美人でした。僕は、叶わぬ夢を見た。
・・・・・・。
もっと話してもいいですか?
もちろん・・・。
僕は、いつも不満を抱えていて不機嫌です。心を病んでいます。
ハハハ、ずいぶん正直な人だ。でも、不機嫌ではいけないんですかね?不満を抱えていてはいけないんですか?
そうですねえ。そんなふうに考えたことはありませんでした。僕が、不満を抱え不機嫌でいれば、母が心配します。精神的な負担を・・・。僕、大丈夫でしょうか?
不満を抱え不機嫌なのは、原理原則に背いているからではないでしょうかね。
配管さん、難しいことを言いますね。
・・・敵は強いです。ですが、私たちに知らしめす事はできません。私たちが、拒否するからです。レジスタンスですね。そうした大きなうねりの中では、私たちのちっぽけな感情はなんの意味もありません。
・・・・・・。
偉そうなことを言いました。まあ、君より長いこと生きてるということで、ご容赦下さい。
・・・僕は、原理原則に背いているんでしょうか?
そうですね。私には、君が、より大きな存在に背いているように見えます。穏やかな物腰の中に傲慢な気持ちが潜んでいるように見えます。悪いことではありません。意思の強さを感じます。・・・ですが、同時に不満を抱え不機嫌でいる。そうしたいですか?
・・・僕、飲み過ぎたようです。少し、混乱しています。
そうですか。では、話の続きは次の機会にしましょう。今夜は、話せて良かった。なんか、押しかけたようですみません。
いいえ。良いお話を聞くことができました。・・・僕は、自分の力を示すために勝ちたいと思いました。でも、負けて、慎み深くなれと・・・教わったように思います。
そうですか・・・。近づいていますね。・・・私たちは勝ち続けることはできません。君は、負けて、慎み深くなれと教わったと言いましたが、本心とは思えない。内なる自我に向き合うことなく物事を解決することはできません。隘路ですね。
・・・・・・。
私には理由があります。・・・私には理由がある。・・・除隊申請をする前に、ずっと考えていました。まだ戦える、私には戦う理由があると・・・。老兵の意地ですかね。
・・・配管さん・・・。
でも、戦線を離れ、ライターの真似事をするようになって、自分と向き合うようになった。・・・これが、なかなか厄介でね・・・。
配管さん、土曜日戦争について、知っていることを教えて下さい。
はい。今、言えることは、総力戦で負けた後、必要な時を経て再開する・・・それくらいでしょうか・・・。
ありがとうございます。

07ハナ

ハナは、なかなか複雑な女子だ。スリーピーJが来てから、なにかとちょっかいを出していた。しかし、思いは伝わったのかどうだか。
ある土曜日、Jが休んだ。気になったハナは、電話をした。


どうした?
ああハナか。食当たりのようだ。明け方に大量に吐いて、下痢が止まらない。
帰りに寄るよ。
気遣いは無用かな・・・。
まあ、人の好意を無にするな。
すまんね。

なあ、J・・・、あたしのこと嫌いか?
そう言ったことはないが・・・そう思ったこともないよ。
添い寝して、背中摩ってやろうか?
ああ、ありがたい。
ハナは、服を脱ぎ始め、パンツ1枚になると、背中を向けているJの隣にもぐり込んだ。
J、一緒に暮らさないか?
ああ・・・。そうなると良いなあ・・・。
・・・・・・。
俺、お前が好きだ。リマッチで勝って、お前の尻に悪戯書きをした時から・・・。
あたしのお尻の穴、見たろ?
・・・ああ・・・。
エッチな男だ。
ハハハ、褒め言葉かな・・・。ハナ、最終戦争、総力戦の時が近づいている。負けて、土曜日戦争が休戦になれば、俺は報酬を失い、貧乏生活に逆戻りだ。
二人なら何とかなるよ。質素な生活は味わい深いかな・・・。それに、土曜日戦争は再開するって・・・。
配管さんかい?
そう、配管さんが言ってたよ。


おはよ、下痢おさまったかい?
微妙だな。時折、腹が痛むし。
そうか。・・・今日は、付き合うよ。
・・・・・・。
昔ね、バンドのリードボーカルがいたの。素人バンドだけどね。歌、上手だったよ。後になって、死んだって知った。肺ガンで、病院にも行かず、痛み止めを飲んでたんだって。年も違うし、見たのは一度だけだよ。でもね、そんな寂しい死は、あたし嫌だ。
・・・・・・。
あたし、そんな死に方をあんたにはさせない。
・・・俺を、口説いてるのか?
・・・そう思ってくれても良いけど・・・。
・・・ハナ、同棲してたのか?
うん。1年くらい・・・。彼が病気になって、別れ話を切り出されたよ。・・・納得して、別れた。彼が、あたしの軛を外したんだと思った。
そうか・・・。幸せだったか?
・・・いろんなことが・・・初めて経験することが多かったから、幸せかどうかなんて考えたことなかったよ。・・・気になるのかい?
うやむやにしたくないだけだ。見て見ぬ振りをするのは嫌だ。中途半端に知っていたり、知っているのに知らない振りをするのは性に合わない。
・・・・・・。
・・・俺・・・。
いいよ。判断するのは、あたしじゃないから・・・あんたが判断しておくれ。

さて、そんなこんなで、ハナはスリーピーJを落とした。二人は、庭付きの中古住宅を購入した。ハナは、小さな庭に名を付けた。エデンの東・・・だって。
月曜日から金曜日、Jは倉庫に通っている。

08ハナの同棲

ハナは、成人になっても、まだ性経験がなかった。
ハナは、だいぶ年上の男と酒を飲んで、フラフラと男の部屋について行った。なにか、感じるところがあったのだろう。


ハナ、セックスしよう。
・・・あたし、経験がない。
僕は経験があるから、大丈夫だよ。
・・・怖いわ。
心配ないよ。・・・おいで・・・。
・・・はい・・・。

その夜、男はハナを・・・。まず、1回貫いた。しばらく微睡んでからもう1回。明け方に、もう1回・・・。


何をしたの?
性行為だよ。
そうですか・・・。普通の?
疑問があるの?
最初のは、短かった・・・すぐに終わったわ。
途中で止めたんですよ。
なぜ?
君が、経験が無いと言ったので、やや強引に挿入して様子を見た。少し動いて、深く入れて、止めた。痛そうな顔をしたので、やり直すことにしました。
そうなんだ・・・。
2回目は普通のやり方でしましたが、君の中に射精しませんでした。3回目も同じです。
理由があるんですか?
あります。僕とハナは、言わば行きずりの関係です。婚姻関係もない・・・万が一、妊娠したら困るでしょ?
・・・あたし、ここに居てもいい?
僕と一緒に暮らすの?
はい。
許可を得なければならない人は居ないの?
・・・居ない・・・居るのかもしれないけど・・・こうしたことで許可を得るつもりはないです。
そう・・・良いですよ。ただし、嘘だったら許さないからね。
・・・お尻を叩かれても文句は言わない・・・。
30日間、お試し期間にしましょうか。その後、お互いに異存が無ければ続けましょうね。僕は、大歓迎ですよ。
はい。


・・・サムか?・・・頼みたいことがある。
・・・・・・。
サム?
・・・ウィンディか?しばらくだなあ・・・。どうしてた?
たいしたことはしてないよ。普通かな。
そうか・・・何よりだ。で、頼み事ってなに?
会ってもらいたい女子がいるんだ。是非、頼みたい。
面倒な話はパスかなあ・・・。
・・・いや、戦士の資格があるような気がするんだ。・・・判断して欲しい。
ウィンディ・・・訳ありか?
・・・同棲してる女で・・・別れるつもりなんだ。もし、土曜日戦争に志願できれば、彼女の居場所になる。そうした場所を用意したい・・・そう思っている。


ハナ・・・。
なぁに?
話があります。・・・僕は故郷に帰ります・・・。
あたしも一緒に?
いいえ・・・僕一人で帰るつもりです。
・・・別れるってこと?
そうです。
嫌です・・・。
・・・理由があります。僕は病気で、もう1年は生きられない。・・・僕は海辺の町で生まれました。そこで母が暮らしている。そこに帰るつもりです。
なぜ、あたしに黙ってたの?
・・・・・・。受け入れるまでに時間がかかった。だから今日、言いました。
あたしを捨てるの?
ハナ、これ以上、僕に関わるべきではない。・・・君はまだ若いし、死にゆく者に時間を使うことはない。・・・なんの義務も責任もないことだよ。
・・・解ったわ・・・。

ハナは寝室に行き、ベッドに横になり、すすり泣きを繰り返した。

ハナ・・・。
なによ・・・。
泣かないで・・・。
勝手だわ・・・あたし、理屈を言う人は嫌いだ。
ハナ、君は見た目も良いし健康そうだ。もっと良い出会いがあるよ。君のことは、旧友に頼んだ。彼を頼るといい。
あたしを譲たってことなの?
ハナ、落ち着いて・・・。彼は、僕が信頼している男です。君の力になってくれるはずです。見返りを求めるような男ではありません。
寝なくてもいいの?
君は、僕と暮らすには、性行為をしなければならないと考えていたんですか?侮辱ですよ。・・・僕と彼とは、お互いに貸し借りがあります。僕は、彼が頼むと言えば、その頼み事を聞き、彼の意に沿うよう全力を尽くす。彼も、同じだと信じています。
・・・あたし、愚かですか?
そうですね。愚かで、可愛い・・・。愛おしいです。
でも、別れるって・・・矛盾してる・・・。
・・・少し眠ろう・・・。疲れた・・・。一緒に眠ろう・・・。故郷の近くには、良い病院もあるし・・・。

09ハナとコマンダー

君が、ハナ?
はい。・・・あんたが、ひよっこサムなの?
そうですね。そう呼ばれていた時もあった。
あたし、どうすれば良いの?
土曜日戦争を知っていますか?
知らない・・・。
・・・機嫌が悪いね。美人が台無しだよ。
ヘラヘラ笑ってられる状況ではありません。いきなりポイだよ・・・あたし、捨てられた。
彼には、困難な事情があったのではないですか?
あの人、死んじゃうの?
そう聞いています。
あたしと別れるために、嘘ついてんじゃないの?
彼は、こんなことで嘘つく男ではない・・・。
・・・すみません・・・。

ハナ、土曜日戦争について説明します。来て下さい。
はい。

まず、ビデオを見て下さい。

どうですか?
どうかと言われましてもねえ・・・あたし、あんたのことコマンダーって呼ぶべき?
そうですね、人前でひよっこと呼ぶのは止めて下さい。
嫌なの?
君は、いきなりポイのハナと呼ばれたいですか?
ハハハ、ヤダよ・・・。いきなりポイのハナってなんだよ・・・。コマンダー、デリカシーないね。
・・・(よく言われるよ。)
コマンダー、このファイト、なんかおかしいね。
・・・どこが?
解らないの?このおじさんだよ・・・ほら、二人の後をノロノロ飛んでる・・・。変だよ・・・ノロノロしてるくせに、ジェネラルシップはこのおじさんにある。おかしいと思わないの?
・・・ハナ・・・。
このファイト、勝ったでしょ?
・・・まだ、中盤だが・・・。
結果は明らかだよ・・・もういいわ・・・他のビデオを見せて。
いいよ。・・・古いもので、人に見せたことはあまりない・・・。君だから、見てもらいたい・・・。

・・・彼だわ・・・。
そう、ウィンディと僕が組んだ最後のフライトです。
・・・負けましたね・・・。
なぜ、そう思うの?
三人がバラバラ・・・微妙にズレてる。これじゃあ、勝てないわ。
僕たちは、力を尽くして戦いました。
力を尽くすのは、当たり前のことですよ。それで勝てるなら・・・誰も苦労はしないわ。あの人、よく言ってた。全力を尽くすだけでは足りないことがあるって。・・・こういうことだったんだ。言ってくれれば良かったのに。あたし、力になれたわ。
君たちが知り合った時、彼はもう除隊していた・・・。
・・・コマンダー、あたし、土曜日戦争に参加したいです。
そうですか。その前に、僕と少し遊んでみましょう。
エッチなことするの?
・・・違います。ちょっとしたお遊びですよ。道場に行きましょうか・・・。

なんだぁ、そういうことか。それなら、あの人とよくやってた。公園でやってたら、人が集まって来ちゃって・・・それからは、人が居ない時間にやってた。コマンダー、強いの?
君よりは強いと思いますよ。
自信家なんだ。・・・そう・・・男は自信家でないとね。でも、本当にそうなのかな?
やってみれば解りますよ。おいで・・・。

コマンダー、ひどいよ。イジメだ・・・。そこまでしなくてもいいじゃない・・・。
ハナ、ついムキなった。謝ります。
彼は、もっと優しかったわ・・・。適当に、遊んでくれた・・・。
・・・そうだね。君は、彼の庇護の下で幸せな時を過ごしてきたのでしょう。・・・これからは違うよ。もうウィンディは居ないし、僕も彼の代わりはできない。・・・土曜日戦争に志願しますか?
・・・はい。


ウィンディ?
ああ、サムか・・・。今、病院なんだ。手短に頼む・・・。
話せるのか?
うん。
ハナに志願してもらった。
やれそうかい?・・・危なっかしいとこがある女だ。良い方向に導いて欲しい・・・。
大丈夫だよ。僕に任せてくれ。悪いようにはしない。約束だ。
・・・感謝するよ・・・。
・・・・・・。

10ブルーローズ

ブルーローズは、試験マッチでコマンダーと引き分けた。その噂は、すぐに戦士の間に広まった。誰もが、驚きをもって伝え合ったのだ。
Jの元カノだそうだ。
来て早々、ハナとやりあった。自分の元カレに手を出すなと言ったらしい。気が強い者同士がぶつかったわけだ。一歩も引かないハナに辟易してブルーローズが折れた。賢い女子だ。
ハナに言い寄られていたJは、元カノの出現に当惑していたらしいが、のらりくらりと本領を発揮していた。
眠たい亀と酔っ払い達が揶揄した若者の本領発揮だね。どっち付かずに、かったるいラブゲームを続けていた。
「配管さん、俺、見た目もパッとしないし、人生の選択を間違えた。だから、自分からは動かない。熟れた果実が落ちてくるのを待ちます。俺が判断すると間違える。間違えるのが俺だけならかまわないが、人に迷惑をかけると思うと、自分が怖い。」
スリーピーJはそんなことを言っていた。


俺、ハナと一緒になるわ・・・。
そう・・・。
・・・言っておくべきかと思った。
わかったわ。


K、今夜、付き合ってよ。・・・お願い・・・。
・・・いいですよ。何かあったの?
はい。
まあ、会って話しましょうか・・・。

どうしました?
話し相手が見つからなくて・・・。
ご両親じゃダメなの?
センシティブな話だから・・・。
ハナのこと?
そう・・・私とハナの違いって何?
いろいろあると思いますよ。別の人格だから・・・。
そうね。でも、どこが違うの?
ハナのこと知ってる?
ええ。・・・いいえ、それほどには・・・。
そうでしょうねえ。
知ってるなら教えてよ。
・・・僕も詳しくは知りません。本当です。強いて言うなら、ハナのほうが君よりタフな人生を送ってきたように見えます。・・・そのほうが良いと言ってるわけではありません。
・・・・・・。
これから言うことは、真偽を確かめたわけではありませんので、聞き流して、適当な折に忘れて下さい。
はい。
ハナは、昔、だいぶ年上の男と同棲していたようです。土曜日戦争に志願した時には、別れていたと聞きました。アパートで、一人暮らしです。僕が志願した時は、もうAチームで飛んでいました。コマンダーのペットだと陰口をたたく者もいた。僕は、そうは思いませんが。それ以上のことは知りません。君が知っていることと同じ程度です。
・・・私、嫉妬してる・・・。
自分のネガティブな感情を素直に認めることは、悪いことではありません。
ハナって、経験豊富なんだ・・・。
そうかもしれませんね。炊事、掃除、洗濯、家事全般をハナはスマートにこなします。性的なことも、そうでしょう。・・・君も、引けをとらないと思いますよ。
・・・K、私がかなわなかったのは口だけじゃなかったようだわ。
そう?・・・禍福は糾える縄の如しと言うよ。
・・・私、あなたの時間を浪費した・・・。
ピーちゃん、そんなことを言ってはいけません。・・・君は、僕が誰かを問うことなく、僕を助けてくれました。無条件に・・・。
だって、お小遣いを少し使っただけだし・・・昔のことだわ・・・。
・・・僕は、覚えています。・・・Jは、君にふさわしいとは思えません。
お父さんやお母さんと同じようなことを言うのね・・・。Jは流離い人だって言って、私を責めたわ。
・・・ご両親は、君を責めたわけではありません・・・心配したんですよ。親が子を心配するのは、当たり前のことです。・・・君とJはうまくいかないと思います。
・・・なんで、そんなこと言うのよ?
忠告だと思って下さい。・・・ふくれっ面をしないで下さいね。物事は良いようになりますよ。
・・・・・・。

11葬儀


ハナ・・・。
コマンダー・・・どうしたの?
・・・彼、亡くなったよ。
そう・・・。
明後日の告別式に行くつもりだが、一緒に行かないか?
・・・あたし、行くべきでしょうか?
そう思って電話しました。君は、きちんと彼を見送るべきだと思います。
・・・はい・・・。
明後日、迎えに行きます。


お母さん、お悔やみを・・・。
サムさん・・・残念だわ。でも、最後は一緒に居てくれたからね・・・。
・・・・・・。お母さん、ハナです・・・。
ああ、あなたが・・・。ずいぶんお若いのね。あの子から聞いていた。どんな人かと想像してたわ。
ご挨拶が遅れて、すみません・・・。
いいのよ・・・。あの子、結婚するって言ってた・・・でも、病気が見つかって、諦めたの。可哀想だったわ。仕方がないわね。定めだから・・・。あなたのように素敵なお嬢さんと別れるのは、さぞ心残りだったでしょうねえ。
・・・あたし、彼に捨てられたと思っていました・・・。
ハナ、不適切だよ・・・。
・・・かまわないわ・・・思ったことを言うのも、供養になると思う。・・・ハナさん、なんで一緒に暮らすようになったの?
あたしが、彼のとこに転がり込みました。
勇気あるのね。
少し、お酒も入っていましたので・・・。
あの子、我が儘だから、大変だったでしょ?
はい・・・。いいえ、家事するの初めてだったんで、そっちのほうが大変と言えば大変でした。
そうね。掃除、洗濯、食事の用意・・・。それに、子育て。私も無我夢中だった。それも、今日で終わり・・・。
お母さん・・・。
一人息子に先立たれた老婆が私・・・でもね、同情や憐れみはいらない。


ハナ。
なぁに?
機嫌悪いの?
・・・そう見える?・・・あたしの機嫌なんて、どうでも良いじゃない。
ハナ、解ってないね。
・・・あたし、愚かだから・・・。コマンダー、あたし、あんたに迷惑かけてんの?
そう思ったことはありません。彼は、君のことを気に懸けてくれと言いました。僕はそうしています。土曜日戦争に志願してくれたので、僕は君の様子を知ることができます。彼も、それを望んでいました。
・・・友達って・・・いいね・・・。
僕も、そう思います。・・・ハナ、君と僕も友達だよね?
・・・サム・・・そう呼んでもいい?
ハハハ、人前では困るかな・・・。
そうだよねぇ・・・。
・・・ハナ・・・ウィンディとはどうだった?
どうって、普通の男と女の関係だと思うけど・・・。年の差はあったけど・・・あの人、優しかったし・・・。思い返せば、あたし、彼が好きになってた。・・・体が馴染んできたし・・・。それと、両手首を縛られたことがあったわ・・・。
ハナ、露骨です・・・。
そう?・・・でも、そうなんだもん・・・。たまに、想い出すこともある・・・。そんな時は、辛いわ。・・・あたし、毎日、泣いていた。例え話じゃない。今でも、想い出すと涙が出てくるよ。
・・・・・・。
でも、コマンダーが土曜日戦争に誘ってくれたから・・・正気を保つことができたわ。・・・感謝しています。
・・・ハナ、感謝する相手が違うよ・・・。
そんなことは、解っています。でもね、彼はあたしを傷つけた・・・。頭では、解ってるけどね・・・。彼のことを考えると、泣いてるあたしが居るの・・・。


ハナ、縛られたって本当?
ええ・・・。
彼に、そんな趣味があったとはね・・・。
ハハハ、違いますよ。彼の名誉のために、少し説明するね。あたし、幸せってなに?って訊いたの。
(そう、口で言っても解らないだろうからなあ・・・。おいで・・・。)
(なに?)
(寝室に行こう・・・。)
(はい。)
(手枷が無いからロープを使うよ。)
(どうするの?)
(両手を後ろに回して。・・・僕は君の両手首を縛る・・・目隠しもしようかな。)
それから、1時間も放っておかれた。トイレに行かせてって言ったら、解放された。・・・これが幸せって訊いたんだけど、いずれ解る時が来るよって、微笑んでいた。・・・謎かけかな?
ああ、そうかもしれないね・・・。
コマンダー、解るの?
そうだね・・・でも、確信がありません。言わないでおきましょう・・・。
そう・・・。
彼が、いずれ解ると言ったのなら、そうなるでしょう。


ハナ、頼みがあります。
なんですか?
○○倉庫にJという男が居ます。年の頃は君と同じくらいです。土曜日戦争に誘ってみてくれませんか?
良いけど・・・。
後で、スマホに写真を送っておきます。終業近くに行くと良いでしょう。倉庫のほうには、話を通しておきます。
その、Jってできるの?
そう思います。君も、自分の目で確かめて下さい。
はい。
なんなら、マッチを仕掛けてもいいです。
・・・素人相手でも?
まあ、任せます。

12あんたがJ?


あんた、J?
・・・なんか用?
少し話せるか?
かまわんが・・・。
じゃあ、ちょっと付き合って・・・。近くの公園に行こうか。バイクで来てるから、後ろに乗って。
・・・・・・。


降りて・・・少し広いところに行こう。あたしはハナだ。
・・・・・・。
サッサとおいで。・・・動作が鈍いね・・・。
大きなお世話だ。
・・・・・・。
何をする気だ?
ちょっとした、お遊びだよ。・・・いいかい?・・・お互いに、身体のどこかにタッチする。先にタッチしたほうが勝ちだ。
ハナ、俺に触れることはできないよ。
まあ、試してみようか・・・。


J、夕飯、奢るよ。
そうかい。
もう少し、話をしよう。


あたし達の仲間にならないか?
宗教か?
ハハハ、違うよ。・・・土曜日戦争、知ってるかい?
いや・・・聞いたことはあるような気がするが・・・。
志願してもらいたい。
志願?
そう。土曜日戦争は、志願した者だけが参加できるんだ。
なんで俺が?
上官に頼まれたんだよ。あたしの顔を潰さないで欲しい・・・。あたしが信頼している上官だよ。
サムのことか?
何で知ってる?
一度だけだが、会ったことがある。さっきみたいなゲームをしたよ。彼は、俺のことなど覚えていないだろうが。
あんたは、覚えていた。
想い出したんだよ。・・・そうか、サムの仲間か・・・。落ち着いた物腰で、言葉遣いが丁寧だった・・・。彼の仲間なら、信じるよ。
次の土曜日、迎えに行くよ・・・。
すまんね。
結果は、どうだった?サムとやった時の・・・。
さっきと同じような・・・。サムに触れることはできなかったけど、俺にも触れさせなかった。引き分けかな・・・。
どのくらいやった?
そうだなあ・・・2、3分かな。・・・いや、もっと短いかもな・・・。
(サムと3分やったって・・・あり得ないだろ。)


少し個人的な話をしていいか?
いいよ。
仕事、楽しいか?
・・・そう思ったことはないよ・・・。
友達と飲みに行ったりしないのか?
友達はいない。飲みに行く金もない。金はすぐになくなる・・・稼ぐ以上には使えない。酒は、どこで飲んでも同じだ。
いいこと、教えてやろうか?
なに?
土曜日戦争に志願して、Cランクに上がれば、ABCクラブに入れるよ。
ABCクラブ?
そう。Cランク以上の成人男子だけが入れるバーだよ。
この時代に男だけ?体質が古いな・・・。
女、居るのか?
いや・・・。
昔は?
まあ・・・それなりに・・・。
ふ~ん、居たんだ・・・。まあ、蓼食う虫も好き好きと言うしな・・・。
・・・ハナ、俺たちは、今日、初めて会った。失礼じゃないか?・・・俺の何を知ってる・・・。軽く見るな。
怒ったのか?
ハナは、ブスって言われて嬉しいか?・・・軽率な言動は慎むべきだ。
すまんね。同じ年頃の男と話す機会が少ないんで、つい軽口を叩いたよ。
・・・俺、ハナを見かけたことがある。想い出したよ。スーパーで、だいぶ年上の男と買い物をしてた。親しげにな。
・・・それは、あたしじゃない。
そうかい。おまえによく似た女だったがな。
人の記憶は曖昧だよ。


なあJ、人間が猿から進化したって本当か?
気になるのか?
うん・・・。
19世紀、イギリス人が、生物は進化すると考えた。壮大な仮説だよ。証明されたわけではない。まあ、いろんな情況を考えれば、そうとも言えるということかな。
・・・教養あるんだな・・・。
教養?・・・常識だよ。
・・・猿から進化したんじゃなければ、どうやって人間になった?
いい質問だ・・・。人間は最初から人間だった。猿から進化したのなら、その猿は人間だ。
でもさあ、人間は、最初は動物みたいな生活をして、今のように、文化的な生活をするまでに進化してる・・・。
それは、進化じゃなくて進歩だ。
ハハハ、あんた、口が上手いな・・・。
世の中には、いろんな考え方をする人がいる。覚えておくと良いよ。
やれやれ・・・口の上手い男には、気を付けないとな・・・。

13陰口


Jか?
そうだけど・・・。
入って、いきなりCランクか・・・たいしたもんだな。
俺がランク付けするわけじゃない。
ハナと付き合ってるのか?
個人的なことだ。答えるつもりはないよ。
ハナはサムのペットだ。
サム?・・・彼はトップ三チームの指揮官だ。この敷地内では、そう呼ぶべきではない。
そうだな。言い直そう・・・ハナはコマンダーのペットだ。
だから?・・・若い女が年上の男と付き合うのは、そんなに悪いことではない。
なんでそう思う?
いちいちベッドのマナーを教えなくて済む・・・。
ふ~ん、そういうもんかい。
それに、憶測で噂話をするのは良くないことだと思うが・・・。
なんか気になってな・・・。
放っておけばいいじゃないか・・・。人を貶めるような陰口は、男の恥だ・・・。


J・・・。
なんだ、ハナ、居たのか。声をかけてくれれば良かったのに。
なんか、話してるようだったから・・・。
つまらない話だよ。あいつ、誰だ?
知らないのか?
いや、他人に興味ないから・・・。
Bクラスで飛んでるよ。
へえ~。力あるんだ。
まあ、それなりにかな。あたしが追い越したんで、良く思ってないんだろう・・・。なんか言ってなかったか?
ハナはコマンダーのペットだって・・・。
それ、ストレートに言うのか?
戯れ言だろうからな。・・・気を悪くしたか?
いや・・・。言っとくが、コマンダーと体の関係は無いよ。
・・・見てれば、だいたい解る・・・。
見てれば解る?・・・賢いのか?
ちょっとした仕草に出るからな・・・。所詮、儚い浮世を生きる男と女だ。泡沫の夢を見るんだろうなあ・・・。
あんたもか?
・・・強い弱い、金持ちか貧乏か、賢者か愚者か、いずれにせよ大差ねえんだろうな。人は五十歩百歩だ。
・・・・・・。
今日は、俺が、夕飯奢るよ。
嬉しいね。


J、少し飲むか?
いいね。
じゃあ、バイク置いてくわ。あたしのとこに寄ってから行こうか。
いいよ。
なんなら、あたしのとこで飲むか?
まあまあ、それじゃあ奢ったことにならないよ。


ここに住んでるのか?
そう。あたしの持ち物じゃないよ。いずれは出て行くつもりだ。
パトロンが居るのか?
なんで?
人の部屋に住んでる・・・。駅に近いし、中古でも2千万はするだろう・・・。
海辺の町で、一人暮らしの女性の持ち物だよ・・・。
そうかい。・・・まあ、バイクを置いたら行こうや。
つまんねえ男だな。
よく言われるよ。・・・ハナ、軽々しく、男を自分の部屋に誘うな。
説教か?
助言だよ・・・。


何にする?
焼酎かな・・・。芋の水割り。
あたしもそうする・・・。
大丈夫か?・・・潰れても、知らねえぞ。
冷たいんだな・・・。誘った女の面倒は、最後まで見るもんじゃないのか?
生憎だな・・・。酔っ払い女の面倒を見る気は無いよ。
・・・・・・。
なあ、J・・・あたしに、もう少し優しくしたらどうだ・・・。女性不信か?
そんなことはないよ。・・・それに、俺は充分に気を使って接してると思うが・・・。
そうか・・・充分に気を使ってか・・・覚えておくよ。


ハナ、人はなぜ酒を飲む?
そうだなあ・・・気分が高揚するからじゃないのか?
そう・・・それも理由の一つだろう。・・・ハナ、人は弱くて我が儘だ。俺だってそうさ。・・・人生にはなんの保証もない。飲まなきゃやってられんだろ。
そんな寂しいこと言うなよ・・・。ほら、もう一杯作ろう。グラス、貸しな・・・。憂さが晴れるといいな。
そうか・・・。優しくするってそういうことか・・・。俺、思い違いをしていたのかもな。
よせよ・・・。似合わないことはするもんじゃないって言うよ。・・・あたし、不機嫌な男は嫌いじゃないし。
そうかい・・・。

14失敗したわ


目が覚めたかい?
・・・ここ、何処だ?・・・なんで、おまえが居る?
やれやれ、覚えてないのか・・・。まあ、もう少し横になってな。味噌汁、作ってやるよ。
・・・ハナ、俺・・・迷惑かけたな。
そうだね。
・・・・・・。
J ・・・よく聞いてね。昨夜、あんたはあたしを食事に誘った。お酒を飲んで、他愛もない話をしたよ。そのうち、あんたは酔って、もっと飲んで、酔い潰れた。そのまま帰したら危ないと思って、あたしのとこに連れてきたんだよ。
俺、なんか生意気な事、言ってなかったか?
・・・言ってたよ。酔っ払い女の面倒を見る気はないとか・・・。
そうか・・・それで、この為体か・・・。
そう・・それであたしが酔っ払い男の面倒を見たってことだ。納得したかい?
・・・うん。俺、失敗したわ。酒では何度も失敗してる、情けない・・・。落ち込むよ。・・・俺たち、何もしてないよな?


味噌汁、美味いな。
そうか?・・・良かったよ。これからどうする?
そうだな・・・総鎮守に行って許しを乞う。それから、武家屋敷あたりを歩いて、ひよどり坂を下るかな・・・。その前に、ハナの考えを聞きたい。
なんで?
世話になって、自分勝手に出ていくのもなあ・・・マズいだろ・・・。感謝の意を表したい・・・。
・・・一緒に行こうか?・・・ひよどり坂は季節外れだろうが、あんたと一緒なら良いかもな。


J、出かける前に、お風呂に入ろう・・・。背中、流してあげるよ。
ああ、一緒にか?
そうだよ。エッチなこと、考えるなよ。


J、お蕎麦、食べよう。あたしが奢るよ。熱燗、付けてもいいよ。
いいね。・・・お参りしてからにしようか。
そうだね。

・・・・・・。
・・・・・・。
願掛け、したのかい?
うん・・・。ここに来る時は、いつも願掛けする・・・。願いが叶ったことは無いような気がするが・・・良いのさ。
あたしも、願掛けした・・・。
なに?
秘密・・・。
そうか・・・俺は、ハナのことを・・・。
あたしのこと・・・。
そうだ・・・良くなるようにと・・・。
あたし、そんなに悪くはないよ。
ハハハ、もっと良くなるようにだよ。・・・概ね、笑顔で居られるように・・・。人は、良くならなければな・・・。
良くなれるの?
なれないわけがないじゃないか・・・大丈夫だよ・・・俺、昨夜の借り、返すしな。・・・今朝の借りもだ。
あたし、貸した覚えないし・・・。
酔っ払いを介抱してくれた・・・朝飯と朝風呂もだ。背中を流してくれた。
よせよ、恥ずかしいじゃないか・・・。
まあ、いいさ。俺は、そう思っている。・・・俺の問題だ。
・・・あんた、変わってるな・・・。
・・・俺、ありきたりだよ・・・。でもな、土曜日戦争は違う。俺は、全力を尽くす。・・・ハナ、共に戦おうや。
なら、Aチームに来ないとな・・・。
近々、空きが出ると聞いてる・・・。そこに行くのは俺だよ・・・。
・・・自信だけは一流か・・・。
ハナ、見てれば解るよ・・・。待ってろ、一気に駆け上がってやるさ。
・・・・・・。

15エヴァ


・・・エヴァ?
コマンダー・・・。
入り口のサインボードを見てね・・・。スリーピー、居る?
今は居ない・・・すぐに戻るよ。
ハナ、僕たち、結婚することになってね・・・。
そうなんだ。
紹介しましょう・・・よしさんです。
初めまして・・・。あなたのことは、チッキーから聞いていました。
コマンダー、チッキーって呼ばれてるの?
そうです。
なんか、ラブラブだね・・・。
ハナ、結婚生活は、どうですか?
あたし、けっこうやれてると思う。あいつの稼ぎでやりくりしてるから贅沢できないけど、何とかなるわ。
そうですか・・・良いね。
借金少し残ってるけど、貯金もあるし・・・。猫の額ほどの庭もある・・・家は良いよ。


コマンダー、来てたのか。
ああ、スリーピー、結婚の報告に来たよ。僕、よしさんと結婚するんだ。
へえ~、美人だな。口説いたのかい?
ハハハ、そうだね。
よしさん、凄いね。
Jさん、私たち、結構長い付き合いなの。やっとプロポーズしてくれたわ・・・嬉しかった。
よしさん・・・。僕・・・優柔不断だったかな・・・。
ねえ、J・・・私がチッキーを仕向けたの。私にプロポーズしなさいって・・・。
J、やめなさい。初対面の人に、失礼ですよ。
そうか?
ハナ、いいよ。こいつは、昔からこういう奴だ。僕、嫌いじゃないし・・・。
チッキー、あなたの言うとおりだね。お似合いの夫婦だ。ハナさん、偉いわ・・・。私、見習わなくちゃ。
恐縮です・・・よしさん。


チッキー、説明して・・・。
なんですか?
ハナさんのこと、エヴァと呼んだ・・・。なんなの?・・・彼女と、どういう関係?
僕は、土曜日戦争の指揮官です。トップ三チームを率いている。ハナとJは、Aチームのメンバーですよ。
本当に、それだけ?
どうしたの?
彼女、魅力的だわ・・・。私、隠し事をされるのは嫌です。
よしさん、ハナは、だいぶ前のことですけど、僕の旧友と同棲していました。1年足らずです。旧友は、悪い病気になって、ハナとの結婚を諦めた。彼は、ハナをよい方向に導いてくれと、僕に言いました。遺言です。僕は、その約束を果たさなければなりません。・・・僕は、そうしてきました。
何故、エヴァと?
庭の入り口のサインボードを見たのでね。
East of Eden?
そうです。・・・確かに、ハナは魅力的ですが、彼女はJの伴侶です。僕にとって、肉欲の対象ではありません。
・・・余計なことを言ったようだわ・・・。
僕のナンバーワンは、よしさんですよ。
・・・はい・・・。


・・・何処に行くの?
配管さんに会いに行きます。今日は、それで終わりです。・・・僕たちの結婚を祝福してもらいたい人です。
どんな人なの?
彼は、土曜日戦争の戦士でした。不思議な老人です。彼が入ったファイトでの勝率は、5割を超えています。そうした戦士は少ない・・・。
チッキー、あなたはどうだったの?
僕の勝率は6割を超えていました。
凄いんだね・・・。
そう・・・僕の記録を超えるとすれば、Jかな・・・。
人は見かけによらないのね・・・。
そうだね。ハナは、いい男に当たったよ。
・・・チッキー、あなたの友達って、変わった人が多いね。ブックさん夫婦、ブルーローズ、チーフKも・・・。
・・・僕が、信頼する人たちです。人は、群れる・・・群れの中でしか生きていけない。世間の風に舞う一葉です。・・・いずれ、モスキート・ジョーにも会いに行きましょう。
誰?
土曜日戦争に関係のある弁護士です。年の頃は、君と同じくらいかなあ。
待って・・・それ、紀子の弟分だ。
知ってるの?
はい。・・・紀子は中学の同級生で、ジョーは紀子の後を追っかけていたチビっ子だわ。・・・そうかあ、弁護士になったんだ・・・。
なかなか複雑な男でね・・・。
・・・苦労してそうだし・・・。
そうですか。

16場末のスナックで


・・・ここなの?
ああ、間違いないと思うけど・・・。


いらっしゃい。
・・・待ち合わせです。
爺様の知り合いかい?
はい・・・配管さんと・・・。
夫婦か?
・・・いずれ、そうなります。配管さんに報告しようと・・・。
自慢の女房か・・・。
はい・・・。
老婆の前で、惚気るかねえ・・・。隅の席だよ。トイレに行ってる。すぐに戻るよ。


コマンダー・・・。
ああ、配管さん。今日は、結婚の報告に伺いました。よしさんです。
初めまして・・・よしさん。
初めまして・・・私、チッキーと結婚します。

よしさん、こっちにおいでよ。老婆の愚痴に付き合っておくれ・・・。
はい。

配管さん、何を書いているんですか?
土曜日戦争ですよ。私は、土曜日戦争の事だけを書いています。コマンダー、総力戦の時が近づいている。
なんのための総力戦でしょうか?
今の、均衡状態をリセットするためでしょうかねえ・・・。仕切り直し?
・・・・・・。
総力戦で、私たちは負けます。再開は、それなりの期間を経た後です。多くの戦士は離脱していくでしょう。困難な道のりです。それぞれの生活がありますから、やむを得ません。・・・無礼な事を訊いてもいいですか?
なんでしょうか・・・。
君には、悪い噂がありました。私生活に問題があると・・・。
それは、ウイードのことです。しばらく付き合っていた・・・。彼女は、相手方の人でした。別れてから知りました。何年かして、彼女は亡くなりました。
そうですか。辛いことを、想い出させてしまいましたね。
かまいません。いつまでも過去に拘ってはいられませんから。ウイードの死をきっかけに、よしさんとの結婚を考えるようになりました。さんざん逡巡しましたよ。でも、気持ちが決まってからは迷わなかった。いつ切り出そうか、悩みましたがね。
結果的には、いつでも良かった?
ハハハ、そうでした。・・・僕の気持ちを判っていたようです。
やれやれ、老人には刺激が強すぎる話だね。
・・・配管さん、土曜日戦争の何を知っているんですか?
・・・私たちには、救世主が必要かもしれません。土曜日戦争に限れば、Jかキッドかなあ・・・。自覚がない若僧たちだがね。いや、男とは限らない・・・ハナ、ブルーローズ、バンビも候補かな・・・。
性差には拘らない?
私が決めることではないんでね・・・。コマンダー、花嫁を放っておいてはいけないよ。
でも、話が弾んでいるようだし・・・。
まあ、婆様の相手は私の役割だ。
はい。・・・今日は、僕たちの結婚を祝福していただきたいと思って来ました。
もちろんだよ。こんなに嬉しいことはない。長生きはするもんだなあ・・・。


チッキー?・・・どうしたの・・・。
配管さんに、はぐらかされたよ。彼、何か知ってる。
憶測ですか?
・・・よしさん、子供の頃の渾名ってなに?
・・・よっちゃん・・・です。
・・・・・・。
今、笑ったでしょ・・・。
いいえ、笑っていませんよ。
ずいぶん、からかわれた。どのクラスにもいる、いじめっ子・・・。紀ちゃんが味方になってくれたわ。
・・・・・・。
配管さん、渋いね・・・。
・・・数年前、長年連れ添った奥さんを亡くしてね・・・今は、一人暮らしです・・・。
そう、寂しいでしょうね。
・・・地獄だと言っていました・・・。
お気の毒だわ・・・。私、あなたに、そんな思いはさせない・・・。
配管さん、別れ際に泣いていた。僕たちのために、涙を流してくれました。・・・よしさん、夕飯、どこかで食べますか?
いいえ、帰りましょう。予定している食材があるの・・・。あまり期待されても困るけど。
そうしましょう。よしさん、料理上手だから・・・。
チッキー、本当にそう思ってる?
はい。
ハハハ、私、褒められて伸びるタイプかも・・・ハハハ。
(よしさんは、笑いながら、ポロポロ涙をこぼしていた。)

17夕食


ただいま・・・。
よしさん、誰も居ませんよ。
解っています。でもね、外から帰ってきて、玄関を開けた時は、そう言うものなの。
そうですか。・・・僕もそう言おう。ただいま。
お帰りなさい、チッキー。・・・ママに、お顔を見せてね。・・・いいわ、喧嘩しちゃダメよ。
・・・・・・。
ママの振りをしてみました。・・・食事の用意をするわ。飲むんなら自分でやって・・・。
はい。


チッキー、今日はありがとね。あなたが大事にしてる人たちに会わせてくれた。
僕の方こそですよ。疲れたでしょ。
そうですね。知らない人と会うのは疲れるわ。でも、こうして帰ってきたし・・・。ねえ、チッキー、私たちも戸建てにしない?・・・庭付きの戸建て・・・。
良いですよ。
本当に?
はい。よしさんの望みなら・・・。
今日は、良いことがたくさんあるわ。・・・台所には、何でも揃ってるし・・・包丁なんて素晴らしい。あと、ワインは開けないでね。食事の時に、あなたが開けて下さい。
良いですよ。


チッキー、出来たわ。テーブルに並べるの、手伝って下さい。
はい。
落としちゃダメよ。
大丈夫だと思うよ。

さあ、揃ったわ。
ワインを開けるよ。
はい。

始めるかい?
その前に、私の考えを言っても良い?
どうぞ。
・・・今日、私はあなたと、あなたの友人たちを訪ねました。誰もが歓迎してくれた。私は、ハナさんに会ってジェラシーを感じました・・・恥じています。でも、こうして帰ってきて、あなたと食事をすることが出来ます。感謝します・・・。この幸せな時が続きますよう・・・願っています。
・・・そうだと良いね。
チッキー・・・私・・・泣きそうだわ。
よしさん、願いは叶います・・・。僕たちで叶えましょう。
はい・・・。


チッキー、飲み過ぎないでね。
大丈夫ですよ。
そうかしらね。顔が赤いわ。
君もだ・・・。
どうしてでしょう?・・・お酒を飲んだからです。・・・チッキー、あなたはコップ一杯の水を、泡立つシャンパンに変えるわ。
そんなことができる人は居ないよ・・・。
ものの例えです・・・。あなたの財布は、いつもお札で膨らんでいた。
見栄っ張りでね・・・。それに、本当の金持ちは財布を膨らましたりしないよ。必要なだけあればいい・・・。ああ、それと小銭が少々。酒と煙草を買う。・・・退屈な時を過ごすのは辛いからね。
・・・・・・。
よしさん、女医って凄いよ。
そうなの?
ああ、健康診断に行ってね、問診票に1日10本って書いた。嘘だけどね。何て言われたと思う?
解りません。
そのうち、酸素ボンベを背負うようになるから止めろって。
・・・そう・・・。
あとね、別の女医だけど、週に2日は飲むなって。そうすれば、死ぬまでお酒を楽しめるんだって・・・。女医は凄いよ。
チッキー、作り話が上手だね。
ハハハ、全部本当です。
だったら、言うことを聞けば?
ヤダね。僕は・・・飲みたい時に飲む・・・煙草も吸いたい時に吸う・・・。
お馬鹿ね。・・・早死にしないでね。
大丈夫だよ。僕、けっこう長生きすると思うよ。

18若い訪問者


居ないんじゃないの?
そんなはずないがな。庭いじりでもしてるのかな?・・・見てみようか?
刑法第130条違反よ。不法侵入・・・。
じゃあ、もう少し待つか・・・。


キッド、ごめんね。バンビも・・・。回覧板を回してたの。
兄貴は?
防犯パトロールだよ。もうじき帰るだろう。
二人とも、入って。・・・あら、バンビ、香水?
はい。キッドと会う時は、少し・・・。
ハナ、ブルーローズは来たかい?
来ないね・・・蟠りがあるからね。・・・こないだ、コマンダーが来てくれたよ。婚約者を連れて・・・。
コマンダー、結婚するの?
そのようですよ、バンビ・・・。
どんな人?
大人の女って感じかなあ。コマンダー、メロメロだ・・・。家に来た後、二人で配管さんに会いに行ったよ。
配管さんて、誰?
そうか、バンビは会ったことがないのね。
キッド、知ってる?
うん、一緒に飛んだことはないけどな。・・・無口な爺さんて印象かな。でも、土曜日戦争に影響力がある人だって聞いたよ。
ハナ、キッドはいろんなことを知ってる。でも、私には教えてくれない。スリーピーもそうなの?
バンビ、あいつはね、私が訊けば隠し事はしない。でも、訊かなければ、余計なことは言わない。それでいいじゃない。知りたければ、あたしはあいつの所まで行くからね。
ハナ、どうやってJを落としたの?・・・あんな厄介な男を・・・。
バンビ、失礼ですよ。でも、二人きりの時に、教えてあげる。・・・見続ける夢は、いつか叶うものなのよ。
楽観的だわ。
バンビ、未来は今より良いの。そう考えなければいけないわ。あたし達も子の親になるかもしれない。その時には、あたし達の子の時は、あたし達の時より良くなっていて欲しい。あたし達より良い時を生きて欲しいの。
・・・・・・。
バンビ、あたし、気付いたことがある。土曜日戦争は、善悪、正邪を問う戦いではない。加えて言うなら強弱、貧富、あたし達を二分する価値観の先の価値観が問われている。確信は無いけどね。この話をすると、あいつ、機嫌が悪くなるから、あまり話さない・・・でも、あたし気になる。
ハナ、ずいぶん難しい話をするんだな。
キッド、来年は受験?
そう、教育制度には改革が必要だね。高校に行っても、俺は土曜日戦争を続けるよ。
バンビも続けるの?
そうなると思う。でも、最近、雰囲気が変わってきた。私たちは、総力戦で負けて、休戦期間に入る。それなりの時を経て再開する。そう言う人が居るの。
配管さんも、同じようなことを言ってたな。・・・まだ、流動的だよ。
キッド、直接、聞いたの?
いや、又聞きだよ。不確定情報だ。それを前提にするには、信憑性が足りない。


ただいま。誰か居るのか?
お帰りなさい。キッドとバンビが来てるの。
そうか、嬉しいね。

よう、キッド、バンビ・・・。
J、留守中にお邪魔したわ。
バンビ、気遣いは無用だよ。我が家の主はハナだ。
バンビ、本気にしないでね・・・。
キッド、ちょっとおふざけしてみるか?
いいよ。
あんた、ここでやるの?
ハナ、少し遊ぶだけだよ。

さあ、キッド、始めようや。狭いから、そのつもりでな。
狭い分、俺の方が有利かな・・・。


あんなに穏やかなハナ、初めて見た・・・。行って良かったわ。
そうか・・・。
キッド、Jから一本取ったね。
ハハハ、おまえの目は節穴か。兄貴が勝ちを譲ったんだよ。
そうなの?
女房の前で、子供相手に本気でやるわけないじゃないか。・・・兄貴、ハナの尻に敷かれてるな。
・・・・・・。
悪いことじゃない、そのほうが良いのさ。
そうですか・・・良いことを聞いたわ。・・・キッド、高校決めたの?
ああ、南野高校・・・高望みじゃないといいけどな。
私もよ。私の成績だと、一応、合格圏内なんだけど・・・。
そうか、余裕だな。俺の所ではトップ10、いや、トップ5かな・・・。まあ、行けるとこに行ければいいや。兄貴、南野高校中退だし。
・・・馴染めなかったのね。
そうかもな。なんか、態度悪そうだし。
でも今は違う、優秀なファイターだよ。
そうだな、兄貴は土曜日戦争に、自分の生きる場所を見つけたのさ。コマンダーとハナがきっかけを作った。兄貴は感謝している。だから、絶対に裏切らない・・・裏切ることはできないんだ。
絆?
うん、信頼だ。・・・バンビ、君はイノセントだ・・・無知だと言ってもいい。必要なことは、自分で学んでおくれ。
はい。・・・教えてくれないの?
俺が教えることなんて、たいした意味は無いよ。
キッド、私、あなたと、ずっと一緒に居たい。
・・・俺もだよ・・・。

19ハナとバンビ


ハナ・・・。
どうしたの、バンビ。
私、二人きりで会いたい。
いいよ。あたしのとこに来る?
そうするわ。
そうかあ、お昼、一緒に食べようね。用意しとくよ。
ありがとうございます。


いらっしゃい。
ハナ、ごめんね。
何言ってんのよ。週日の昼間は、あたし、時間を持て余してるんだ。あいつ、倉庫に行ってるから。
寂しい?
そうです。でも、結婚したからって、一日中、一緒に居られるわけじゃないからね。しょうがないよ。・・・夕方になれば、帰ってくる。そうすれば、朝まで一緒だ。
セックスするの?
・・・夫婦だからね。したり、しなかったり、夜にはいろんな色があるわ。あたし、そんな関係、嫌いじゃないし・・・。
・・・・・・。
バンビ、キッドのことなの?
はい。・・・それと・・・。
・・・ミニーかぁ・・・。
・・・そう・・・。キッドの心の中に彼女が居る。私・・・。
訝っているの?
そうです。
ハハハ、意味ないね。
彼女が死んだから?
そうじゃないよ。居ても良いじゃん。キッドが好きならね・・・。
・・・・・・。
バンビ、物事は意のままにはならない。・・・慣れ親しんで行けば良いのよ。
・・・はい。・・・でもね、それが、難しい時もあるの。


今日は、来てくれて、ありがとね。ささやかな昼食を用意しました。
はい。いただきます。
バンビ、食前の言葉を言って・・・。
・・・・・・。
あたし、そういうことには疎いからね。・・・ちゃんとしたいんだよ。
ハナ?
・・・日々の営みをちゃんとしたい。
いいわ、手を組んで・・・。真似事だからね。
はい。
・・・あなたのいつくしみに感謝して、この食事をいただきます。ハナと私の心と体を支える糧として下さい。私たちが愛する彼らによって・・・エイメン。
・・・・・・。
・・・ハナと二人きりだから、少し言い変えました。真似事なんだから、許して下さい。
いいよ。外では、そんなことはしないんだろうからね。さあ、食べよう。


ハナ、料理上手だね。美味しいわ。
・・・・・・。
お世辞じゃないよ。・・・ねえ、ハナ、どうやってJと結婚したの?
あなたたちは、キッドが18歳になるまでは結婚できません。物事には、タイミングがある。確かに、あたしはちょこちょこスリーピーを誘ったけど、彼がその気になるまで待ったわ。・・・急いては事をし損じるって言うでしょ。
ハナ、凄いね・・・。
あんたには負けるよ。
なんで?
優秀な男のワン・アンド・オンリーだからね。あたしの方こそ聞きたいよ。どうやって落としたのか・・・。
ハハハ、ヤダなあ・・・。
ねえ、バンビ、あなたは大丈夫だわ。きっと、うまくいく・・・。自分から壊すような事はしないでね。自分の男を試すようなことは、してはいけないことですよ。
どうして?
人は、人を試してはいけないの。あたしはそう思う。試して良いのは、そう、人ではない誰かだわ。


バンビ、これから言うことは、誰にも言わないでね。
・・・はい。
あたし、土曜日戦争に志願する前、年上の男と同棲していたの。1年足らずだった・・・。彼が病気になって、別れ話を切り出された。別れたわ。彼、コマンダーの友達だった。
そうですか。
彼が亡くなった時、コマンダーと葬儀に行ったの。コマンダーが連れて行ってくれた・・・。海辺の町でね、お母さんに看取られて・・・。Jと付き合うようになって、負い目に感じることもあったけど、今となってはね・・・。
なに?
そんなに悪くはない思い出かな・・・。
Jと、その話をするの?
結婚前に、1回だけ話した。それからは、話したことないよ。
J、寛容なんだね。
・・・鈍感・・・。
いいの?そんなこと言って・・・。
バンビ、前の彼はね、いろんな事を教えてくれた。でも、あいつとは年も近いし、甘えてばかりはいられない。あたしが、ちゃんとしないとね。最近、よくそう思うの。毎日の事をちゃんとしたいの。
ハナ、ちゃんとしてる。
そう言ってくれるのは嬉しいけど、表面的な事だけではなく、気持ちもね。・・・あたしには責任がある。あいつとあたしの人生に・・・。
J、幸せだ。ハナに、こんなに想われて・・・。
・・・バンビ、幸せなのはあたしだよ。人は、他人が価値があると思う物に価値を見出すかもしれない。でも、あたしは、あたしが価値があると思う物に価値を見出す。・・・あたし、間違ってる?
いいえ・・・。


・・・ハナ・・・。ありがとうございます。気が楽になった。・・・私、あなたに甘えて、長居をしたわ。
余計な気遣いは、生意気ですよ。
すみません。・・・帰ります。
はい、気を付けて帰るのよ。・・・ハグして。
・・・はい。
またね・・・いつでも来て・・・歓迎する。

20お帰り


お帰りなさい、スリーピー。
ただいま・・・。
ハグして・・・。
いいよ。
・・・お疲れ様。


ねえ、今日、誰が来たと思う?
ん?
あんたを送り出して、あれこれやってたら、電話があったの。誰からでしょう?
さて・・・。
バンビよ。
バンビ?学校は・・・。
休みなんだって。
そうか・・・。なんか用事があったのかい?
キッドのことが好きなんだって。
前からそうだろ?
あんた、解ってないね。好きだって、誰かに言いたい時もあるよ。
そういうもんかね。
キッドは運命の男だから、キッドの後を追うんだって。
へえ~、健気だな。
・・・あたしもそうなんですけど・・・。
えっ、おまえもキッドが好きなの?
・・・あんた、ダメな男だねえ・・・。
おいおい、俺は仕事から帰ってきた。で、女房からダメな男と言われた。そんなことがあっていいのか?
あんたは鈍間で鈍感だからね。
ハハハ、ごめんな。俺・・・照れ屋だから。
最近は、冗談も言うようになったんだね・・・。
まあ、仲良くやろうや。
・・・はい。


J、土曜日戦争、どうなると思う?
そうだなあ・・・。休戦期間に入るかな。・・・その前に、総力戦か・・・。コマンダーも飛ぶだろう。興奮するよ。
みんな、負けるって言ってる。
やってみなければ、解らないよ。・・・みんなって誰だ。配管の爺様だろ?・・・決まったわけじゃないさ。俺、全力を尽くすしな。・・・老人は知ったかぶりをするのさ。
J、偉そうなこと言わないで・・・。配管さんが誰かも知らないのに。
戦場での彼が全てだよ。・・・リタイアしてるし。それ以外の事は知る必要がない。人の思いなんて、何の価値もない。
J、酔ったの?
・・・かもな・・・。
あんた、傲慢だ。
まあ、俺の言うことを聞いてくれ。
いいえ、あたしの言うことを聞いて!
・・・・・・。
土曜日戦争が終わったら、報酬を失う・・・。拠り所を失い、彷徨うことになる。それなりの時に再開すると言うけど、その時、あたし達はどうなってるの?
また、戦うよ。・・・ハナ、不安なのか?
・・・あたし、妊娠したかも・・・。
・・・・・・。
なんか言ってよ・・・。
・・・困惑しています・・・。
近日中に、病院に行って来ます。
俺、一緒に行こうか?
一人で行く。あんたは倉庫に行って・・・。
・・・うん・・・。(やれやれ、怒られちゃったよ。)

21ハナの妊娠


ただいま・・・。
お帰りなさい。・・・病院、行ってきたよ。
そうか・・・。
妊娠してたわ・・・三ヶ月・・・。
ワォ・・・。
飲むかい?・・・あたしは飲まないけど・・・。
ハナ・・・。
妊婦には、いろいろルールがあるようだわ。・・・病院のこと、聞きたい?
うん・・・。
あたしは、ショックを受けました。産科の診察、凄いよ。まあ、初めてだったからね。
どう凄いの?
ディテールは言いません。
そうか、そんなに凄いんだ。
でも、大丈夫・・・だと思うわ。
・・・ハナ・・・こっちにおいでよ。
なに?
俺の膝の上に座って・・・。
恥ずかしいな・・・。
俺もだよ・・・でも・・・そうしたい。
・・・はい。


ハナは、俺のメロー・フルート だ。
フルート?
フルーツの単数形・・・。
どういう意味?
熟れた果実だよ・・・。
おばさんってこと?
違うよ、年は関係ない・・・キッドなら、こう言うだろう。おまえは俺のワン・アンド・オンリーだ、と。・・・小生意気なガキだ。
そうね・・・。スリーピー・・・あたし、独り占めしたくない。
・・・なにを独り占めするんだ?
・・・幸せ、責任、あたしのベビー?
ハナ、膝から降りて、隣に座って。足が痛くなったよ。・・・俺の考えを言っても良いか?
・・・はい・・・。
おまえは、何であれ、独り占めすることは出来ない。
どうして?
俺が、分かち合うからだよ。・・・幸せも、責任も、俺たちのベビーもな。夫婦なら、当たり前のことだ。
・・・・・・。・・・浅はかだったわ・・・。
ハハハ、そうだね。・・・俺は、ハナと倉庫の間を行ったり来たりだ。不満はない。性に合ってるよ。たいした稼ぎも出来ねえけどな。心苦しく思うこともある。・・・新婚旅行もしてねえし・・・。
・・・スリーピー、やめて・・・。やめてよ・・・。
俺のつまんねえ考えを言ってみただけだ・・・忘れておくれ。
・・・はい・・・。

22それぞれの休戦


キッドとバンビは高校に合格した。総力戦は、5月の連休中だった。それも終わり・・・戦士に休息の時が訪れた。


キッド、学校、慣れた?
・・・俺、集団生活に向いてねえわ・・・。
そんなこと言わないの。・・・忍耐が必要だわ。後になって気付いても遅いよ。
そうか?
一に忍耐、二に忍耐、三、四が無くて、五に忍耐・・・。
やれやれ・・・覚えておくよ。・・・俺、兄貴の気持ち解るかもしれない。
スリーピー、退学したの2年の時だって言ってたよ。
そうか、辛抱したんだな・・・。兄貴、もう大人だし、結婚してるしなあ。俺とは違う・・・。
・・・・・・。
俺、土曜日戦争のチューターをやる。こないだ打診されたんだ。一緒にやらないか?
・・・いいわ・・・。キッド、私、あなたと結婚して家庭を築きたい。
俺もそう思う。そういう時が来ればいいな。
私、あなた以外の誰とも結婚しない・・・。
俺もだよ。何度も言わせるな・・・。


コマンダー・・・。
ああ、スリーピー・・・。
これから、俺たち、どうなるんだ。
この前に言ったメンバーが残る。土曜日に集まることに変わりはない。訓練を重ねて、再開する時を待つ。
本当に、再開するのか?
配管さんがそう言うのなら、そうなるでしょう。今までも、そうなってきたから。信じようと信じまいと、そうなります。ハナはどうですか?
妊婦と暮らすには、それなりの気遣いが必要ですわ。まあ、ハナは不満かもしれないが・・・。あんたのほうは、どうなんだ?
そうですね。概ね、穏やかに過ごせています。近々、戸建ての住宅を買います。よしさんの希望でね。少し時間をかけて探しています。地理的なことは大事ですからね。家の話をしていると、よしさん、楽しそうだから、僕も嬉しくなって、つい飲み過ぎます。・・・で、怒られちゃう。


ブックさん、私たち、負けてしまいました。
そうですね。でも、土曜日戦争のチームに残りました。
そうですね。・・・続けるんですか?
はい。続けます。僕の役割がある限りは、続けます。
案外、頑固なんですね。
反対ですか?
いいえ・・・私は、ブックさんのすることに反対はしません。
まあ、僕なりに、考えてみます。・・・今夜、仲良くしますか?
・・・はい。


K、戦略分析室に残るの?
そうですね。フジヲ君の先輩が手伝ってくれることになりました。彼、所帯を持っていてね、男の子がいるそうです。
先輩、堅実な生活をしているわ。資産家の息子で、背が高くて、誰に対しても礼儀正しい。私、高校、大学も同じだった。息苦しく感じることもあってね・・・。近づけなかった・・・。彼「本」を読んでいたわ。K、あなたも読むの?
そう、苦しい時に読んだ本の一冊です。理解できませんでした。
あなたにも解らないことがあるの?
そのようです。所詮、淺知恵ですから・・・。僕、受け入れることが出来なかった。
これから、出来るかもしれないわ・・・。
そうだといいね。・・・ピーちゃん、そうすることが良いと解っていても出来ないことがある。どうしてでしょうか?
・・・それは、あなたが傲慢だからだわ・・・。
率直な・・・指摘ですね。
気を悪くしたのなら、謝ります。
・・・・・・。
K・・・私、余計なことを言ったようだわ。・・・不遜でした。
いいえ・・・。僕は、自分で自分を難しくしている・・・。


キッド、夏休みになるなあ。なんか計画はあるのか?
特にはねえよ。バンビに勉強を見てもらう。しばらくは図書館通いだ・・・。
そうか・・・。成績、悪いのか?
悪いなんてもんじゃねえよ。だから、バンビに頼んだ。・・・バンビは俺のエンジェルだから・・・。
いいね・・・。
羽根はねえけど・・・。
見えないだけかな・・・。
兄貴、ブルーローズと付き合ってたのか?
・・・若気の至りだ・・・胸がチクチク痛む。・・・キッド、15歳にもなれば分別を持つことが必要だよ。
兄貴がそう言うのなら、そうなんだろうな・・・。
おまえは、もう解っているようだ。バンビは良いチューターだ。言うことを聞くと良いよ。


キッド、中学では、あなたは8割、9割取っていたかもしれない。高校は違うの。概ね4割取ればいいの。私の言ってること解るよね。
うん・・・。
8割取る人はいるかもしれないけど、私たちじゃない。・・・でも、落胆することはないのよ。目的は、卒業することだから。私たちは、どうやらワン・オブ・ゼムのようだわ。でも、恥ずべきことじゃない。自身に落胆することもないの。受け入れるのよ。・・・私たちはレモンじゃない・・・。
・・・はい・・・。
えっ?
・・・土曜日戦争に志願した時、コマンダーに言われたんだ。自分はトップ三チームを率いる司令官だから、敬意を払ってそれなりの言葉遣いをしろって・・・。俺が、勉強を見てもらってる間は、そうする。
いいわ・・・。


よう、キッド・・・。エンジェルはどうした?
なんか用事があるようです。
そうか・・・。勉強、見てもらってるのか?
はい。
キッド、どうした?・・・なんか言われたのか?
はい・・・。慎み深くなれって。・・・頭を垂れよ・・・だって。
そうか・・・。おまえの弱点を、よく把握してるな。
ハナも兄貴の弱点を把握しているのか?
そうかもな・・・そうかもしれないな・・・。良いのさ・・・弱点を突いてくるわけじゃないし。ちょうど良いんだよ。俺たちは、試練の時を過ごす知恵を身につけなければならないからな。・・・キッド、人の言うことを聞ける男になれや。小生意気な天邪鬼でいられる時は過ぎた・・・。過ぎ去ったんだよ。
・・・兄貴・・・。
未来と自分は変えられるんだろ?
・・・難しいかも・・・バンビに突っ込まれて、苦し紛れに言ってみただけだし・・・。
おまえなら、出来るよ。・・・だから、俺もだ・・・。
・・・はい。
おまえ、いい男になったな・・・。
・・・・・・。

23Commander Said


会議室に30名ほどが集まっている。上座にコマンダー、松田さん、配管さんが座っている。


松田です。これからのことを、コマンダーが説明します。それを聞いてから、志願するかどうかを決めて下さい。報酬は今までの25%です。土曜日戦争の様相も変わります。・・・コマンダー、どうぞ・・・。


・・・皆さんとは信頼し合って戦ってきた。このチームを維持できなくて申し訳なく思っています。多くの仲間に除隊してもらうことになったのは、僕の責任です。皆さんと、もう一度、戦いの準備をしたいと思っています。


コマンダー、短いスピーチだったな。
ああ、J・・・言いたいことは全部言ったよ。僕たちは信頼関係で結ばれている。チームを維持できなかったことに責任を感じている。今一度、戦いの準備をしたい。それが、僕の言いたかったことだ。細かいことは、これからだ。みんな志願してくれたし・・・。
ハナもいいのか?妊娠してるし・・・。
無理しなくていい。君と一緒に志願してくれたし・・・。出来る時に、出来ることをしてくれればいいんだ。
寛容だな・・・。俺たちのことを考えてくれたのか?
どういう意味かな?
・・・経済的なことを・・・。俺たちは、俺たちなりにやってるよ。
J、君は礼儀知らずです。自分の考えを言うのはかまいません。でも、君に僕の考えが解るとは思えません。僕も、君の考えが解るとは言いません。・・・ただ、変に気を回さないでもらいたい。
・・・はい・・・。


スリーピー・・・J・・・。
ああ、ケンちゃん。
俺、なんで呼ばれたのかな?
コマンダーの判断だと思うけど・・・。
俺、志願して良かったかな?
総力戦の時の、君を見て判断したんだと思うよ。彼は間違えない。
俺、Fランクにも届かなかったんだぜ。
前に参加していた時な。勢いだけで飛ぼうとしてたろ・・・。通用しないよ。それで、短気を起こして除隊した。
俺、その頃から変わってないぜ。
そうかもな・・・でも、コマンダーの判断は違った。
信頼してるのか?
俺がコマンダーを信頼しているかって?・・・全幅の信頼だよ。
J、俺を助けてくれるか?
・・・?
今日、来ていた連中、みんな俺よりランクが上だ・・・俺・・・びりっ尻で参加するのはなあ・・・。
ケンちゃん、俺たちはその他大勢だ。再出発だから、みんな同じスタートラインに着く。君は身体的な能力も高いし気持ちが強い。俺たちは出来るよ。コマンダーに選ばれたんだ。
コマンダーって偉いのか?
どうかな。俺たちには、偉いかどうかの判断基準はない。階級の上下はあるが、問題は役割を果たしているかどうかだよ。階級が上でも下でも、役割を果たしていなければ疎まれて終わりさ・・・君も俺もだ。一緒に戦おう。
ああ・・・。
・・・キッドからカモろうとしたんだって?
ハハハ、俺じゃないよ、仲間だ。無知な連中だ・・・。手を出さなくて良かったよ。細っこいお嬢ちゃんとバーガー食ってただけだからなあ。・・・ん?仲間の責任は俺の責任か・・・年長者には、それなりの責任があるよなあ・・・。
ケンちゃん、最近どうなんだ?
うん・・・俺、所帯を持とうかと思ってる。ちょっといい女がいるんだ。
そうか。いいなあ・・・。
それが、そうでもなくてな。

24ケンちゃんの恋

公園の近くの喫茶店。二人の男がコーヒーを飲みながら・・・。

J、フラッドって知ってるか?
フラッド?
そう、40日間、激しい雨が降ったとか・・・。
ああ、洪水の話か。
知ってるのか?
そういう話があることを知っているだけだよ。
そうか・・・おまえ、勉強できたもんな・・・。
君が、勉強以外のことに興味を持っていただけだ。
そうかな・・・俺、その女と話すようになって、解らないことだらけだ。
・・・訊けば良いじゃないか。
まあ、そうなんだけど、無知だと思われたくない。・・・軽蔑されたくないんだ。大酒飲みの愚かな男だと思われたくないんだよ。
まともな人は、他人を軽蔑したりはしない・・・。
そうか・・・そうだといいなあ・・・。


あいつ、南野高校だ・・・。
・・・俺と同学年か?
そう・・・。
う~ん、誰かな?
中学の時に転校してきて、南野高校に行ったそうだ・・・陸上部。
クリスタル・バンビと同じだ。・・・種目は?
3000、5000って言ってた。目立った記録は無いって・・・。生理が止まるほど走ってもダメだったって言ってたよ。
そんなことまで話す関係なのかい?
・・・まあ・・・バカ正直な女だから・・・。呼んでも良いかな。会いたくなった。
俺は、かまわんが・・・。
電話してみるわ。


・・・もしもし・・・。
ああ、ケン・・・。
近くにいるんだ、出てこれるかい?ダチと一緒だけど・・・。
良いよ・・・。30分くらい・・・待てるかい?
もちろんだ。待ってる・・・。


来るって・・・。
そうか・・・思い当たる女子はいるけど、誰かな・・・。


あれ、ダチってJなの?
ああ、君か。しばらくでした。
覚えてた?
想い出しました・・・高校時代には苦い思い出しかありません。
ブルーローズといちゃついていた。自転車置き場でキスしてたでしょ。私、目撃者です。
・・・・・・。
偶然ですよ。・・・ケン、土曜日戦争に志願したの?
そうだ・・・。
ニックネーム、考えた?
・・・いや・・・。
私が考えようか?
そうだな・・・。
・・・・・・。
そんなに見つめるなよ。
黙って・・・今、考えているんだから・・・。
・・・・・・。
マッド・ブルかな・・・。Jはスリーピー、ケンはマッド・ブル、どう?
良いね。
J、どういう意味だ?
・・・狂った雄牛だよ。
へえ~・・・。狂った雄牛か・・・。なんか、力が湧いてくるような気がするよ。
単純ですねえ。
そうか?
あなたの長所です・・・。


俺、帰るわ。女房を、あまり待たせたくない。
J、結婚したの?
うん・・・。
ブルーローズと?
いや、違うんだ・・・。
・・・ハナなのね。
ずいぶん詳しいな。
ケンから土曜日戦争の話を聞いて、興味を持ったの。ほとんどの戦士を知ってる。
そうか。そりゃあ良いわ。ケンちゃんもまた参加するし・・・。
私、戦士の親密な関係者だね。
そうですね。・・・そのうち、また会いましょう。


俺たち、親密な関係か?
・・・違うの?
・・・まだ・・・寝てねえし・・・。
私、誘われてないし・・。
・・・その・・・将来の約束をしてからかな・・・って思ってた・・・。
プロポーズしてんの?
・・・うん・・・一緒に暮らさないか?
いいよ。何処に住む?
親父の持ち物で、空き部屋がある。駅の近くのアパートだが・・・。
使えるの?
頼んでみるよ。・・・俺で良いのか?
どうかな・・・でも、私と一緒になるんだろ?
・・・そう・・・おまえは俺が守る。約束だ・・・。俺、約束は違えない。
解ってるよ。
・・・願いって、こんなに簡単に叶うものなのかな・・・。
・・・・・・。
・・・・・・。
ケン・・・私・・・あなたが初めての男じゃない。
そうかい・・・それが何か?・・・俺も、おまえが初めての女じゃないし。
ごめん・・・言うべきことじゃなかったわ。・・・恥ずかしいよ。(あなたは、足蹴にされても纏わり付く猫みたいな女しか信じない・・・。それ、私じゃないんだけど・・・。)
なんか、思うことがあるのか?
・・・ちょっとナーバス、神経質になってる。一生のうちに何度もない決断だから・・・。
そうだな・・・。
でも、OKしちゃったし・・・今更、今のはナシなんて言わないでね。
・・・言うわけないじゃないか。男が一度口にしたことだ。
すみません。あなたを試すような事を言ったわ。・・・一緒になろう・・・。
嬉しいね。俺、ハッピーだ。
え?
・・・間違ってないよな?・・・嬉しいって、ハッピーだろ?
・・・そうだね。

25ゴースト


キッド、左上を見て・・・。
どうした?
もう一人、飛んでる。私たちだけなのに・・・。
ゴーストだ。
私、確かめる。
やめておけ。近づけないよ。
・・・ミニーだわ・・・あの飛び方・・・。
バンビ、やめるんだ。


キッド、知ってたの?
ああ、何度か見たことがある。追っかけたよ。近づけなかった。遠くから見ていただけだ。ゴーストはミニーじゃない。・・・薄暗い曇りの日に、遙かな高みを悠々と飛ぶ。・・・触れることは出来ない。
ミニーだわ・・・。
・・・バンビ、違うんだよ。・・・幻想だ。・・・夢、幻なんだ。納得しておくれ・・・頼むよ。
・・・いいわ、あなたがそう言うのなら・・・。


J、ゴーストって知ってる?
ああ・・・。
誰なの?
ゴーストはゴーストだよ。その時々で、俺たちの進むべき方向を示している。俺は、そう思う。俺たちの気持ちを映す鏡だ。高揚している時は平静になれ、落ち込んでいる時は奮い立てってね・・・。
・・・ゴーストはミニーだわ・・・。
バンビ・・・違うんだよ。ゴーストは、うんざりするような曇天の日に、遙かな高みを悠々と飛ぶ。解き放たれて・・・。だからゴーストだ。俺たちは、その朧気なフライトを、畏敬の念をもって見上げるだけさ・・・。
そう・・・。
キッドは、なんか言ってたか?
ゴーストはミニーじゃないって・・・。
バンビ、俺も忠告して良いか?
・・・はい・・・。
キッドにミニーの話はするな。
・・・・・・。
俺の言ってること、解るよな?
・・・・・・。ハナにも言われたわ・・・。
なに?
自分の男を試すなって・・・。
試しているのか?
・・・そんなことない・・・そんなことないよ。
それなら良い。・・・レモンじゃないんだろ?・・・落胆することもないし、恥じることもない。おまえはおまえだ。誰の代わりでもない・・・。キッドのワン・アンド・オンリー・・・それがおまえだよ。
・・・はい・・・。
おまえ達は、人生のほんの短い時を、共に紡いだに過ぎない。これからだ・・・。
・・・・・・。

26チューター


キッド、最近はどうかな?
ああ、コマンダー・・・チューターって言うからさあ、なんか格好いいなあと思ったんだけど、チビ達の教育係じゃないか。遊び相手だ。
まあ、そう言うな。
不満なわけじゃないよ。バンビも楽しそうだし、俺もさ、未熟な連中のフライトを見てると考えさせらることがある。
そうか・・・。
コマンダー、自分の敵は自分だ・・・。
何故そう思う?
・・・あんたは、俺たちに献身を要求した。今になれば、解る。戦術としても有効だよ。でも、本当にそうなのかな?・・・俺、良くわかんねえけど、それだけで良いのかなと思うんだ。・・・チビ達を見てると、みんなそれぞれに、親御さんの良くあれという想いに護られて、無邪気に生きている様に見える。羨ましくさえあるよ。彼らに献身を求めるのは、まだ、やや酷かな・・・。
キッド、君は思い違いをしているよ。献身は、誰かの召使いになるということではない。誰かの補助をすることでもない。土曜日戦争では、戦局を読んで、勝利するために、自ら進んで自分を献げるんだ。
・・・難しいことを言う・・・。
ハハハ、そのうち解るよ。


バンビに勉強を見てもらっているんだって?
はい。そうです。
バンビは、優秀なチューターだろうね・・・。
そう思います・・・。及第点を取る方法を知ってるようです。
素直に聞けているのかい?
・・・言ってることが、理解できないわけではないんで・・・。
そうか、何よりだ・・・。普段の生活の小さな躓きは、土曜日戦争に影響が出るからね。
・・・自分と和解しろって言われました。
へえ~、バンビがそんなことを。
言い回しは違いますが、そう言う意味です。
君、賢いね。
・・・頭では解っていても、実践するのが難しいこともあります。・・・だから、自分の敵は自分です。
チーフKも同じようなことを言ってたよ。
彼と俺とでは出来が違います。比べものなりません。
・・・そんなことはないと思いますよ。
優しいんだな・・・。
君は、チーフKが優秀だと言いたいのかな?・・・確かに、彼はずば抜けた頭脳の持ち主だ。ただ、自分との戦いが難しいのは、その困難さは、誰にとっても同じだよ。
・・・はい。
・・・キッド、君、逞しくなったね。
・・・ヤダなあ・・・。
まあ、お願いします。一緒に、土曜日戦争の準備をしましょう。
はい。


キッド、今日は宙返りを教えたわ。
みんな、出来たのかい?
まあ、それなりにね。・・・すぐに恐怖心を克服する子もいるけど、そうでない子もいる。・・・実戦レベルには、ほど遠い・・・。コマンダーと、何か話したの?
デディケーションについて・・・。
そう・・・。
あと、自分と和解する話をしたよ。
そうですか・・・。ずいぶん難しい話をするのね。
・・・触発されるよ。彼、怠けてないし、ぼんやりしてるわけでもない。狂ってもいないし・・・。
lazy, hazy, crazy?
韻を踏んでるのか?
私じゃありません。お姉ちゃんが聞いていた歌の歌詞・・・の一部です。
バンビ、そのうち小学生が抗鬱剤を飲むようになる。危機だよ・・・。社会的に、大きな危機だな。
どうして、そう思うの?
俺たちの、無知、無関心、退屈が生む危機だ。
どうして?
・・・俺たちが、時を浪費するからかな・・・。俺は、苦しい時を浪費する・・・苦しい時から逃避する・・・。してはいけないことだ。ウェイスト、スクワンダー・・・なあ、苦しい時を浪費してはいけないそうだ。ドント・エスケープ・・・苦しい時から逃げてもいけないってことかな。・・・単語を並べてみたよ。合ってるかい?
ねえ・・・キッド・・・将来は、良くなると考えなければいけないわ・・・。ブートキャンプに来た子達は、期待や不安を抱えてる。私たちには責任がある・・・。ワクワクしたり、恐る恐る来た子達に、教えなければならないことがある。頑張れば良くなるよって・・・ここでダメでも、他の場所があるからねって。でも、私は彼らを助けない。自分で歩けって教えるだけだわ・・・。
・・・おまえ、偉いな。
私は、あなたのマザーじゃない。・・・未来のワイフだわ・・・。
・・・強く・・・同意するよ。

27キッド先生


・・・先生・・・キッド先生・・・。
ああ、君か。どうしたの?
僕、みんなと同じように出来ない・・・。
そうか・・・。バンビ先生のカルテを見てみるかな・・・。う~ん・・・悪くはないけどな・・・。課題は全部クリアしているよ。ついて行けている・・・。
それって、普通ってことですよね・・・。
普通じゃ嫌なの?
・・・はい・・・。
そうか・・・少し飛んでみようか・・・俺と。
はい。


先生は、14歳でAランカーだった。バンビ先生も・・・。
そうだね。
僕、何回もビデオを見ました。先生方は、自分を顧みることなくアグレッシブなフライトをしていました。先生方に出来ることなら、僕にも出来ると思いました・・・。でも、とても届かない・・・。
・・・・・・。


キッド、私の生徒と飛んだの?
うん・・・。ビデオ、見るかい?
そうね・・・
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
・・・シシーだ・・・。
ん?
そう、シシー・・・よく、たどれている。ここまでは完璧だわ。でも、スピードが足りない。手加減したの?
いや・・・ここからだ・・・よく見て・・・。
何これ・・・。
彼が俺を抑制、コントロールしている。スピードを上げれば抑え、スピードを下げればプッシュしてくる。そうなら、俺のフライト・ラインをたどることなんて簡単だよ。
そんなことが出来るの?
まだ確信はないが・・・そんなことが出来るのは、俺が知ってる限り、兄貴とブルーローズだけだ。・・・シシーだって?
そう、彼、女の子のような服装でしょ。物腰も柔らかいし・・・今日だってライトブルーのショートパンツで・・・いじめられるタイプだわ。
いじめられているのか?
解らないけど、そう思ってもいい。・・・本人は言わないからね・・・。キッド、彼、アグリー・ダックリングだわ。
・・・そうか・・・土曜日戦争の再開はまだ先だ・・・ちょっと辛いかなあ。我慢できるかな・・・。
解らない・・・。不憫だわ・・・。コマンダーに相談してみる?
少し時間を置いたほうがいい・・・1回飛んだだけだし、軽率な判断は慎むべきだよ。もう少し、俺が様子を見る。
クラス替えする?
いや、時間外に俺が飛ぶよ。おまえのクラスの連中に依怙贔屓してると思われても困るだろ?・・・そうしたことに敏感な年頃だ。・・・ますます孤立する。・・・数回飛べば解るよ。俺に判断させてくれ。
はい・・・。
ああ・・・コマンダーにはおまえからな。シシーのチューターはおまえだ。・・・深刻になることはない。道は一つじゃないよ。


バンビ、食事するか?
はい。・・・どうしたの?
少し話したい。
シシー、いいえ、ヒデ君のことなの?
そう。気になることがある。


ヒデの家庭環境を知りたい・・・。
お父さんは町医者、内科医よ。妹さんが一人、学校には行ってない。
小学生で不登校か?
そのようです・・・。この4月からは、中学生になった。
土曜日戦争には?
お母さんが・・・勧めたようです。
そうか・・・問題を抱えているんだな。
ヒデ君、土曜日戦争に興味を持っていたんですって・・・。観戦したり、ビデオを見たり・・・。
そうか・・・俺たちのバトルを見ていたんだな。

28シシー


ヒデ・・・。
・・・お父さん。
何をしているのかな?
土曜日戦争のビデオを見ていました。
そうか・・・。
お父さん、ごめんなさい。
・・・なんで謝る?
僕、お父さんの期待に応えることが出来ないから・・・。
私の期待?
一緒に居れば解ります。僕が、ドクターになって、お父さんの跡継ぎになる・・・。僕は、お父さんの期待を裏切りました・・・。許して下さい。
ヒデ・・・おまえは私に許しを請う必要はない・・・。土曜日戦争では、やれているのか?
そこそこ、やれていると思います。僕、出来損ないじゃないから・・・。僕は、Aチームのアビエーターになる。
・・・そうか・・・。
すぐじゃありません。土曜日戦争が再開するまでには、時間がかかる・・・。まだ、先のことです。
そうか・・・。


あなた、ヒデとなんか話したの?
うん。
何を話したの?
・・・私の期待を裏切ってすまないと・・・。
そう・・・。あなたは何て言ったの?
謝る必要はないと・・・。
ねえ、ヒデはレモンじゃない・・・。あんなに美しいベビーは、何処にも居ないわ・・・。
そうだね・・・。


(数週間ほど前のこと。)
ヒデ・・・土曜日戦争のブート・キャンプに参加してみる?
いいの?
興味があるんでしょ?
はい。・・・保護者の同意が必要だから、言いそびれていました。母さん、僕、レモンじゃない・・・。
レモン?
・・・欠陥品ってこと・・・。
ヒデ・・・当たり前だわ。・・・あなたが出来損ないのはずがない。
・・・僕、お父さんよりお母さんのほうが好きです・・・。
そんなことを言ってはいけません・・・。
・・・はい・・・。・・・どうして?
いけないことは、いけないのよ・・・。
・・・・・・。
今度の土曜日、志願書を出しに行こうね。
はい。・・・お母さん、書いてくれる?
いいけど・・・。
僕、書類を読むのが苦手で・・・。
いいわ。一緒に書こうね。
はい。
保護者のサインは、お父さんにお願いするわ。
・・・・・・。お母さん、僕、出来るよ。トップ・ランカーになるんだ。
自信があるの?
そう、僕は・・・お母さんにふさわしい息子になるんだ・・・。
ヒデ・・・私たちは、おまえがふさわしくないと思ったことはないわ。そう思わせたのなら、ごめんね。一時の、気の迷いです。そうだとしたら、私たちが未熟だということだわ。未熟なのは、子供だけじゃないのね。
お父さんも?
そうかもしれませんね。でも、私たちのことを判断しないでね。私たちが判断します。おまえは、おまえのことを判断しなさい。
はい。

29トライアル


シシー・・・。
はい。マッド・ブル・・・。
俺のこと、知ってるのか?
はい。
ワン・オン・ワン・・・やろうか。
先生の許可が必要です。
バンビはOKだ。キッドにも言ってある。どうだ?
はい。


準備はいいか?
はい。
俺が右に飛ぶ。おまえは左だ。隅まで行ったら戦闘開始だ。グズグズするなよ。
大丈夫です。


(戦いだ!相手が、マッド・ブルでも、僕は怯まない。)


キッド・・・。シシーと3本やって2本取られたよ。
そうですか・・・よく、1本取れましたね。
俺、その程度か?
違います。彼が本気になれば、バンビは全敗するでしょう・・・俺だって、自信がありません。あんただから、取れた。シシーは、まだパワー・ファイトに弱いから。・・・俺とバンビはパワーが足りないです。
そうか・・・。おまえ、Jの弟分なんだってな・・・。
兄貴は、スリーピーは、俺が苦しい時、側に居てくれました・・・。
ふ~ん、あいつがなあ・・・。
物事を、よく解ってる人だと思います。マッド・ブル、あんたもです。・・・結婚するんですか?
ああ、そうなるだろうね。
先週、一緒に来てましたよね・・・。
おまえ、油断ならないな・・・俺の女だからな。
・・・利発そうな方でした。小柄で、運動神経が良さそうな・・・。
キッド、あいつ、南野高校の陸上部だ・・・まあ、その他大勢だったようだが。
南野高校なら、俺の先輩です。
そうか・・・俺の女房に、それなりの敬意を払うのかい?
当然です・・・。
そうか、これからも、よろしくな。
はい。
おまえは、見た目も良いし、能力もある。いつでも、誰とでも結婚できるなんて思わないほうが良いかもな。
・・・はい。覚えておきます。
ハハハ、どうせバンビなんだろ・・・。
(はい。バンビは、俺のワン・アンド・オンリーだから。)

30波紋


スリーピー、シシーと3本やって2本取られたよ。
よく1本取れたね。
キッドにも同じことを言われた・・・。
シシーは別格だ。末恐ろしいよ。
そうなのか?
まあ、早枯れすることもあるからね。ちょっと厄介だな・・・。彼、怪物だ。


前にな、バンビにワン・オン・ワンを仕掛けたことがあるんだ。子供達の中で、真ん中より少し下のふりをしていた。補習をして下さいって、バンビを誘い出した。
チューター相手に?
そうだよ。
結果は?
バンビの負け。
そうか・・・。
バンビは、シシーとキッドのビデオを見ていたから、シシーについては知っていたんだけどな。・・・うまく誘い出された。
バンビ相手に、そんなことを・・・。
・・・全能感だよ。自分は、何でも出来ると思っている。・・・獣が野に放たれた・・・。
大袈裟だ・・・。
・・・まあ、少し様子を見よう。・・・要注意だよ。・・・バンビをきりきり舞いさせて、仕留めた時、勃起していたって・・・。
へえ~、そそられるな・・・。


バンビ・・・。
・・・キッド・・・私、軽率だった。回避すべきだったわ。
どうしたの?
シシーの挑発に乗せられた・・・。ムキになって、惨敗したの。叩きのめされた・・・。
俺とシシーのビデオ見ていたのにな・・・。
・・・四つん這いにされて、お尻を見られた・・・。私の気持ちを例えました・・・。
ナイーブだね・・・バンビ・・・。
あの子、勃起していた・・・私、困惑してる・・・。
・・・俺のクラスに移そう。シシーは、してはいけないことをした・・・。
・・・・・・。
・・・プッシーキャットの言うことを素直には聞けないだろう・・・おまえのクラスでは無理だ。
あなたも、私のことをプッシーキャットだと?
そういう時が来るかもな・・・まだ、先のことだ。
そうですか・・・覚えておきます。
気にするな・・・忘れたら、思い出させてあげるよ。
・・・はい。
・・・バンビ、頬を染めるな・・・心を見透かされる。
・・・はい・・・。

31Last Report

私のレポートも、今回で最後にしようと思う。少々、長生きが過ぎたようだ。バンビのお母さんが懸念していた総力戦だが、終わってから、それなりの時が経つ。私たちのチームは撤退せざるを得なかった。戦士たちは、それぞれ自分の生活に戻って行った。市民生活に適応できずに、問題を起こす者もいた。
ひよっこサムは所帯を持った。今は、時々、基地に来て、様々なメンテナンスをしている。女房も一緒だ。チーフKも顔を出している。戦いの熱は冷めて、たいした予算もないだろうに。
アイソレーティッド・サムが、なぜ結婚したかというと、総力戦が近づいた頃、馴染みの女性に声をかけた。孤立して生きていくのが辛くなったのだろう。
ひよっこサムとスリーピーJは似ている。二人ともよく酒を飲む。ある夜、泥酔したサムは、やっと部屋に帰った。そして、翌朝、気が付いたんだ。この酔っ払いを介抱してくれる者が、誰も居ないことに。サムは、恐ろしいほどの孤独感に苛まれた。サムは苦笑した。気が付いたら一人だ。サムは、死の床で寂しげに微笑んでいたミニーを思い出していた。私、もう頑張れない、と言ったそうだ。
その日の夜、サムは馴染みの女性に声をかけ、プロポーズしたと聞いた。
道に迷いそうな二人は、一緒に住み始めた。
スリーピーJもハナと所帯を持った。キッドとバンビは、まだ付き合っていると聞いた。仲のいいことで、何よりだ。ブルーローズは、地元のテレビ局に勤めている。
チーフKだが、戦略分析室のメンテナンスをしている。若い娘が助手をしている。
なぜかって?・・・彼らは土曜日戦争が再開すると思っているからだよ。
もうすぐだ。

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