彼の願い事1

神様、僕にその役目をどうかもう一度。



「どこにも居ない、居場所もない」

雨の中で傘もささずに暗い町を私は彷徨っていた
気づいたら黒いワンピースだけ着た状態でいたのだ
記憶喪失なるものを私は馬鹿にしすぎていた
「まさか、その部分だけの記憶しか残らないなんて」
財布、携帯、証明書、カバン、何一つない現状
髪の毛は徐々に濡れていき、体温も奪っていた
記憶も何故か無く、覚えているのは「記憶喪失なんてあるわけないじゃない!」なんて意気揚々と語る私の姿
名前も忘れているそんな冗談がいま身に起こっていた
「本当に何もないの?」
ふと胸元に小さなポケットを見つけて探ってみると紙切れが入っていた
「えっと・・・新宿区?」
誰の家かも分からない住所が書かれており、幸いこの付近だと言うのが公共の地図と見比べて分かった

「すいません」
インターフォンを鳴らしてみると中から男が出てくる
「おかえりなさい、ってなんでそんな濡れているんですか!」
私を玄関に引き入れると男はパタパタと家の中に戻りタオルを持って引き返してくる
「傘はどうしたんですか?それにカバンとかも」
わしゃわしゃと私の髪の毛を拭きながら訪ねてくる
「えっと、その・・・忘れちゃって」
乾いた笑いを浮かべながらいると「不用心過ぎます」と厳しい言葉を頂いた
普段の私は一体どんな人間なのやら
「とりあえず、お風呂にでも入ってきてください、
着替えとか用意しておきますので」
そういってぐいぐいと背中を押されて脱衣所に追いやられる
湯船に浸るととても心地よかった

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