彼の願い事2

風呂から上がると彼は食事の支度をしていた
「上がりました?なら、一緒にご飯食べましょうか」
微笑む彼をよく見ると黒い髪の毛に綺麗な顔立ちで、どことなく人形を想定させる姿だった
何より目が少し茶色で綺麗だったことが印象的だ

「・・・いただきます」
手を合わせて目の前のご飯を頂く、とても優しくて懐かしい味がする
「今日はどうですかね?」
美味しいといいんですけど。なんて苦笑気味で言うので「美味しいよ」と返した
すると少し意外な顔をしたあと嬉しそうに緩む顔をする
しみじみ自分が普段どういう態度を取っているかを想像したら少し申し訳なくなった
スープに手作りのパン、彩り鮮やかなサラダ、贅沢な食卓だ
「それで葵さん、仕事の方はどうでしたか?」
美味しさを頬張っていると質問が降りかかる
「えっと、仕事って…」
記憶がないから答えようがなくて口ごもっていると彼がまさか!?と行った表情をして「見つけてすらないんですか!?」と言う
どうやら私は再就職中の身のようだ
「ごめんなさい、なかなか難しくて」
「選り好みばかりしてたら始まりませんよ?僕が居なくなったらどうするんですか、もう」
一人で生きていけるのかなこの人は、などと言いながらサラダをつついている彼を見てなんとなく安心した
そして私の名前が葵ということだけが判明した。思い出す様子はない
「あなたがいるなら別にいいかな、なんて」
あははって冗談を口にすると彼が少しだけ寂しそうな表情をした気がしたがすぐに笑顔になったので気のせいだったのかもしれない
「馬鹿なこと言ってないで働いてくださいね、ヒモなんてごめんですよ?」
そもそもスーツですらなかったのはどうなんだろうか。まあ、いいか
食後、私は自らの部屋のベッドで寝転んでいた
自分の部屋の気がしないけれど、どこか落ち着く
机周りを漁ると日記が出てきた、スケジュールも少しだけ書いてあるようだ

10月日
あれから何日が過ぎたか、まともにカウントする気が起きない
ふわふわしすぎていてつっくんに怒られたことが印象的だ
つっくんは私のことをとても気にかけてくれる唯一の

そこで途切れていた
「つっくんってもしかして」
「はい?呼びましたか?」
扉を開けっ放しでいたせいで呟きが聞こえていたようだ、けれどそのおかげで彼が日記にある『つっくん』なのがわかった
「あ、いや、なんでもないんだ。紛らわしくてごめんね」
慌てて手を違う違うと意味を込めて振ると「何かあったら呼んでくださいね」と言い残してその場を去っていく
「そっか、彼がつっくんなのか。記憶ないこと、いつ言おうかな」
これだけ近い距離で過ごしていたのだ、バレるのは時間の問題
まだ気づかないで欲しいと願いながら深い眠りについた

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?