『世界を守った救世主は世界で一番不幸になりました』

閉まりゆく先への扉
杖の魔法使いは僅かな魔力で癒しを
薬剤師は数ある薬草を
弓使いは敵を引き留めるために残り少ない矢で足止めを

口を揃えて彼らは言う

「伝説の剣を使える勇者にしか魔王は倒すことが出来ない。
俺らのことは心配するな、振り向かずに走るんだ」

初めて足が震えた
魔物を投げ倒すことよりも、死にもの狂いで戦っていたときよりも
多くの魔物の群れの中に、傷付き今にも倒れそうな仲間達に背中を託して進むことに

信じていてもなお、この絶望的な状況には恐怖を感じた
背後で扉が完全に閉じる音が聞こえると正面に自分だけが見慣れた後ろ姿が見える

「・・・やっと来たね」

銀色の長い髪とはおっている黒いマントがふわりと宙を舞う
振り向いた魔王の瞳は以前に見たことのある青い色とは対象に血のような赤い色をしていた
赤の瞳は魔王の覚醒の証、世界が滅亡へと向かうカウントダウンを告げる魔の色

「どうしてもなのか」

「君がやらなかったら私はこの手でその身体を引きちぎるよ。
意思に関係なく、淡々と、細かく」

そう言って長袖を捲り右腕を見せる
人の形を保っている魔王の見た目とは裏腹に右腕は人の腕ではなかった

「ぎりぎりって感じかなぁ、しんどいもんだよ」
うっすらと額に汗をかいているようにも見える中、勇者の方へと歩みを進めた
なんとも言えない気持ちが勇者である彼の顔を俯かせる

「何とか方法を…方法を…」 

「こうなったらもう誰にも抑えられない、私にも」 

「腕だけ、腕だけ切り落として…浄化して…」

「それで済むならやってる

「やってみないとっ」

『無理なんだよっ』叫びながら左手で勇者の胸元を叩いた

「意識を保つのも限界なんだ、血が、歴代の魔王の血が侵食している。
現に魔物がそれを察してお前らの行く手を阻んでいるのが証拠だろうが!」

「……」

「仲間の勇姿を無駄にするのか?世界を滅ぼすつもりか?」


「もし滅んだら私が居たことを誰が覚えていてくれる…?」
その一言と同時に魔王に軽く突き飛ばされた
決意は固まった
俯いていた顔をあげ、涙をぬぐい、歯を食い縛りながら震えた手で鞘から剣を抜く


「さぁ、勇者よ
剣を構えよ、我こそが魔王だ」

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