彼の願い事3

つっくんと呼ばれる彼の朝は私を起こすことから始まるようだ
「葵さん、起きてください。朝ですよ」
青いエプロンを下げたまま私の部屋の扉の前で立っていた
「もう…朝なんだ」
正直いって眠い、8時だから起きないといけないのだけれど


今日は彼と一緒に買い出しに出かけた
見慣れない町並み、どこか懐かしさがあるのは私がこの町に住む人間なのだと証明するようだった
それでも思い出せることはないのだけれど
「葵さん?」
「えっ、あ、ごめん。なに?」
不意に声をかけられてビクッとしてしまう
「昨日からなにかおかしいですよ、どうしたんですか」
「そ、そうかな」
目をそらすも視線だけは感じ取れる、誤魔化すのは限界がある気がした
「何かあるなら言ってくださいね?」
困ったように笑うと私の頭をポンポン撫でる、それでいて手を引いて「たまには息抜きしましょうか」などといってくれた
『全く手間のかかる人だなぁ』
ふと何かを思い出すように声が響く、でも思い出せない
一体何を忘れているのだろうか、目の前の彼と何か関係があるのかすらわからない

その日から段々とつっくんとの生活は馴染んでいき、日数を重ねていく
記憶が無いことを良いことに純粋にこの生活を楽しめている反面、不安が募る
もし、記憶がないことがわかったらどうなるのだろうか?
結局のところ机の中のものを調べても大したことは分からずじまい
つっくんと呼ぶ彼の名前が「宮崎ツナミ」であり、私の名前が「早見葵」と言うことがわかったくらいだった
年齢はどちらも23歳、ただ彼のことについてはそれ以上わからなかった
一緒にいる限り専業主婦のような感じではある

何にせよ、いつかは言わねばならないとは思うのだ

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