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赤く光る

           
 その国では冬の夜空にオリオン座を見ることができた。ある年、オリオン座の一等星で赤く光るベテルギウスが急に暗くなり、爆発するのではないかと話題になった。
 ベテルギウスは地球から七百光年離れている。「いつ爆発が起きるのかはわからない。明日でも、百万年後でもおかしくない。じつはすでに爆発していて、地球に光が届く七百年後にわかるのかもしれない」。天文学者の一人はこう説明した。

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 人々ははじめ、自分の目が曇っているのではないかと考えた。テレビ番組の司会者がゲストとしてスタジオに招いたAV女優を「セクシー女優」として紹介したとき、その司会者がうっすらと白く濁ったように見えたからだ。
 だが、彼らの目が曇ったわけではなかった。実際に半透明な膜が司会者の体を包んでいたのだ。

 人を包む半透明な膜が現れる予兆はあった。自殺点をオウンゴール、売春を援助交際などと呼ぶようになったころから霧のようなものが、その言葉を発した人の周りに漂っていたのだ。

 半透明な膜は負のイメージを持つ言葉をソフトな印象を与える別の言葉に置き換えて使うとき、その人の体を包むことがわかってきた。そして人々は半透明な膜に包まれた人を、他者の気持ちを慮れる正しい人とみなし、自らも半透明な膜に包まれることを願うようになった。

 何重もの半透明な膜に包まれているため、一見して誰だかわからない人も現れた。彼らは「めっちゃ正しい人」として人々から尊敬された。

 親は子供に対して半透明な膜に包まれた正しい人になることを願い、英才教育を始めた。町には「キッズ向けオブラート会話教室」が乱立し、政府は子供を塾に通わせる親たちに教育補助金を支給した。

 人々の口からソフトなイメージの言葉が発せられる一方で、ツイッターにはエゴと憎悪が丸出しの言葉があふれかえっていた。誹謗中傷や罵詈雑言、悪質なデマなどがタイムラインを埋め尽くした。
 
 特に攻撃の対象となったのが、その国に住む外国人だ。差別的な言葉を書き込まれるだけでなく、外国人が犯罪を起こしたという嘘のツイートを信じた人々から暴力を受け、けが人や死者が出るまでに至った。
 自分の死を予感し、殺される前に恋人への思いを書きつづる外国人もいたという。

 ある日、めっちゃ正しい人の一人が半透明な膜に包まれ過ぎて身動きが取れなくなる事態が発生した。レスキュー隊が駆けつけて救出活動を行ったが、半透明な膜の数は想像以上に多かった。
 うわさを聞きつけた報道機関が集まり、救出の様子はインターネットやテレビで生中継され、めっちゃ正しい人の姿を一目見たいという人々の関心を集めた。
 三日間に渡る救出活動の末、最後の半透明な膜がはがされた。その中には薄白く、小さく縮んだ人間がいた。にやけながら困惑しているような顔は無表情とも感じられたという。

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 それから数千年後、幾多の絶滅の危機を乗り越えた人類は再び地球上で繁栄を取り戻していた。しかし、かつて半透明な膜に包まれた人々が存在していたことはまったく知られていなかった。
 その存在が明らかになったのは、考古学者が古代のスマートフォンを発掘したことによる。マイクロSDカードに書き残された古代文字の解読が進むと、おびただしい数の憎悪の言葉が記録されていることがわかった。

――ウザい。
――言葉ぐらい覚えろ。
――病気を持ってくるな。
――お前ら犯罪者だろ。
――さっさと国へ帰れ。
――てゆーか、早く死ね。

 考古学者たちは、半透明な膜に包まれた人々が生きた時代を「呪いの時代」と名づけた。

 しかし、最近になってそれに異を唱える学者が現れた。呪いの時代という名づけ方は短絡的だというのだ。
 その根拠は、彼女が発掘した古代のスマートフォンに差し込まれたマイクロSDカードにあるという。そこには当時、外国人技能実習生と呼ばれていた人が書いた恋人へのメッセージが残されていた。
 考古学者はその古代文字をこう解読した。

僕はもうすぐ殺されるかもしれない。
それでも僕は、君がいるこの国が好きだ。
 
 このメッセージの存在は世界中の人々に知られるようになった。マイクロSDカードが発掘された場所は恋人たちの聖地となり、観光客が押し寄せた。
 そこに商機を見出した映画会社が「古代の実話に基づく感動のラブストーリー」として長編映画を制作した。主演男優は古代の柳楽優弥に、女優は二階堂ふみに似ていたという。
 映画は大ヒットし、上映する映画館は連日、超満員となっていた。

 冬の夜、レイトショーを終えたある映画館の隣のコンビニでアルバイトの若い男女が働いていた。目が合うと微笑み合う二人は、昨日つきあい始めたばかり。彼らの共通点は特定技能一号という在留資格を持つことだった。

 空にはベテルギウスが赤々と、しっかりと輝いていた。

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