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迎え盆、日記。

涼しい日だった。湿気もなく、窓を開けると気持ちの良い風が入ってくる、エアコン要らずの快適な日。そんな日に畳の上で昼寝をするのが好きだ。タンクトップやハーフパンツ、布の少ない服を着て、大の字で眠る。ひんやりした畳と肌の接着部分を広くして、みんみんゼミの時雨が降り注ぐ中、時折り吹き込む風と風鈴の音、私の知ってる夏だ。

なんだかやるべき夏休みの宿題がある気がしてくる。読書感想文以外、特に数学のワークは最終日ギリギリまで手を付けられなかった。自由研究に使って余った数枚の模造紙に、心躍らせて絵を描けるような子供でもなかった。

いつの間にか眠っていたみたいで、1度目の昼寝から目覚めると母が汗を垂らしながら、煮しめと天ぷらを作っていた。換気扇の光の下、菜箸を片手にタオルを首から下げている、何度も見た夏の母の後ろ姿だ。

迎え盆か、
祖母と父も忙しなく花や線香を車に積んで、墓参りの準備していた。

そうっと天ぷらに近づく。揚げたてだ、揚げたてこそが正義。「味見して良い?」「だめ」は〜いと返事をして、さつまいもの天ぷらをひと齧りする。クソガキムーブを辞められない、けれど揚げたてこそが正義、揚げたてこそが正義。「も〜だめって言ったのに〜」「甘さ控えめのお芋だね」「やっぱり?少し奮発して紅あずまにすれば良かった〜」

許されるのを知ってるから、だめと言われたことをする、でも一応聞いてみる、みたいなやり取りのぬるさ、ゆるさが好きだ。
両思いと分かった相手とする「キスして良い?」「だめ」のやり取りと同じくらいで、はい、変態みたいで申し訳ないけれど、みたいじゃなくて変態だから大丈夫です。…?

麦茶を飲んでついた一息の冷気、墓参りの同行を断って、2回目の昼寝につく。麦茶の味は昨日よりも濃い気がして、眠りに落ちる寸前まで舌に残っていた。

悪夢を見る、施設に預けている祖父の夢、まただ。ばっと飛び起きて心臓が速い、まだ生きてるくせに、何も盆初日の昼寝に出て来なくても良いじゃないか。(くせに、は悪意を込めています、故意です。)天井を仰ぐとちょうど母達が帰って来たらしい、早く忘れたくて愛猫と出迎える「おかえり」

ぽつりぽつりと雨が降り始めていた、雨の記憶が多い盆だ、ペトリコールって言葉を教えてくれたのは誰だっけ、教えたのは誰だっけ、辿れば思い出せる筈だけれど、思い出さないままにしておく、都合良く在りたい、私にとって。

お墓にお供えした色とりどりの寒天ゼリーを口に放り込む。じゃりじゃりとした表面の砂糖を奥歯ですり潰しながら、精霊馬はさつまいも、精霊牛はかぼちゃが良いな、こんなクソみたいな俗世も死んだら少しは愛おしくなって、懐かしくなって、一目覗きに来たくなるかな、なんてことを考えていた。

夏季休暇の折り返し、過ぎてく日々にじりじりと胸が痛んで、余命のようだ、頭の片隅にちらつく休み明けの膨大なタスク、止まないコール音とコピー機の稼働音。
職業上、実家の周りは山川田んぼばかりで、マンションが一つも建っていないことが何よりも救いだ、まだ目を瞑っていられる。

「ご飯だよ〜おいで〜」母から幸せな号令がかけられたので、ここまで。

明後日には東京へ帰る。
盆と同じで行きは速く、帰りは遅く。

私と私のすきな人達が穏やかで健やかな日々を過ごせますように。


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