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実家のピアノが売られた話

2ヶ月前、実家からピアノが無くなった。

妹が出産したので実家を更地にして妹家族用の小さい家と両親用のすごく小さい家を建てることになった。
本当に喜ばしいことだ。

家を建て替える事が決まったとき、母から「新しい家はどちらも小さくて、あなた以外は誰も弾くことのないピアノは置き場に困るから売るけどいいよね?」と言われた。
正直すごく嫌だったけど私が住むマンションにもピアノは置けないし、そもそも母が買ってくれたものだから了承せざるを得なかった。

自我のない子供だった私がピアノを習い始めた理由は「保育園で延長保育みたいな感じで預けられるからやらせてみよ〜」という母の気まぐれだった。
ピアノを習い始めてからすぐ、母は保育園に教えに来てくれていた先生の薦めるままにアップライトのKAWAIのピアノを買った。
鍵盤は重めで、グランドピアノには敵わないけど良い音を出してくれた。

私はピアノの練習も、年に一回の発表会も嫌いで、だけど習い事を辞めたいと言う勇気もなかったので10年くらい教室に通うことになり、ショパンのワルツを弾けるくらいにはなった。ピアノの先生すごい。

中学では友達が吹奏楽部に入ると言ったので「楽譜は読めるからな〜」と思って私も入部して、クラリネットを吹いた。
いつの間にか音楽が好きになってたんだな、と今では思う。

ピアノ教室を辞めてからも時々弾けるようになった曲は弾いていた。
上手に弾けなくてもピアノを弾く時間は好きだった。
結婚して実家を出てからは滅多に弾けなくなってしまったけど、その分ピアノを弾く時間はもっと好きになっていた。

6月の半ばに実家に行って自分の部屋の私物を整理した。
ほとんど処分して良いものばかりで、捨てないでほしいものは小さな衣装ケース一つ分にしかならなかった。
部屋を片付けたあと、少しだけピアノを弾いた。
『売られる前にもう一回くらいは弾きに来るね』と思ってたのに、結局実家のピアノを弾いたのはこれが最後になってしまった。
ピアノを売る日は私が思ってたよりもずっと早く決まって、あっという間に実家からいなくなってしまった。

勝手に私が死ぬまで実家にいてくれるんだと思ってた。
もっとたくさん弾いておけば良かった。

楽譜は未練がましく捨てずに持っているから練習しようと思えばスタジオレンタルするなりしてできるけど、あのピアノはもう一生弾けないという事実が自分が想像していたよりもずっとずっと悲しい。
たぶん一生悲しむんだろうなと思う。やだな。
実家から持ってきたクラリネットを『これからはこいつと仲良くしていくか…』と思いながら久しぶりに吹いてみたら全然音が出せなくなってしまっていて、余計に悲しくなった。

30年以上も前に買って20年くらい調律もしてなかったけれど、ピアノは思っていたよりも高値で売れたという母からの報告を聞いたとき、なぜだか誇らしい気持ちになって少しだけ救われた。

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