JODIとエキソニモ:デスクトップリアリティと遊ぶ身体/消える身体
2組の男女ペアのアートユニット
今回マッピングしようとしているJODIとエキソニモはともに90年代半ばから活動した男女一組のアートユニットです.わざわざ「男女一組」と書いたのは,現時点でこの先取り上げようとしているアーティストのほとんどが男性だからです.もちろん,自撮りのYouTube映像で有名になったペトラ・コートライトのように女性でネット中心に活躍しているアーティストもいます.しかし,カップルで活躍しているユニットは少ないです.ネットの創成期から今現在に至るまで刻一刻と変化していく「インターネット・リアリティ」を落とし込んだ作品を数多く制作し,「ネットアートのパイオニア」とも呼ばれるJODIとエキソニモがともに男女のペアだという事実はとても興味深いものがあります.
ハッキングの感覚
「怒りと笑いとテキストエディタを駆使し、さまざまなメディアにハッキングの感覚で挑むアートユニット」.これはエキソニモのプロフィールに書かれている言葉ですが,JODIにも通じる部分があります.ここで特に注目したいのは「ハッキングの感覚」ということろです.既存のシステムに対してハッキングを仕掛けるような感覚で作品を構築していくところは,エキソニモとJODIの作品全般に通じていますが,JODIのhttp://asdfg.jodi.org/という作品やエキソニモの《FragMental Storm》(2000)など初期の頃はこの感じが特に強いです.《FragMental Storm》は親切に「FMSの使用については,個人の責任で行ってください.何か問題が発生しても誰も責任を負いません 」と使い方に書かれていますが,JODIのほうはそのような注意書きなしで,サイトを訪れると問答無用でブラウザが壊れてしまったかのような意味不明なテキストの挙動や激しい明滅を見せられます.どちらの作品も見た時にまず思うのはコンピュータが「壊れた」ということではないでしょうか.実際,日本語版のウィキペディアのJODIのページには「古いマシンをクラッシュさせる可能性のあるサイトも含まれているため,閲覧に関しては十分な注意が必要である」と書かれていたりします.
《FragMental Storm》はHTMLというマークアップ言語によってヒトに見やすようにレイアウトされたテキストや画像のデータをHTMLから解放することで,見る人に「幻視」的体験を与えるような画面をつくります.JODIにも似た作品http://www.wrongbrowser.com/があります.これもまた普段の私たちが見やすいブラウザとは異なるかたちでデータを表示させるものです.先ほどみたhttp://asdfg.jodi.org/にしても,コンピュータ実行できる正しいプログラムであって,ただその見た目がヒトにとって「謎」であったり「見やすくない」ということすぎません.「HTMLからの解放」は,「ヒトに対しての構造」からの解放でもあります.私たちがインターネット・エクスプローラーやクロームといったブラウザで見ているものは,あくまでもヒトに見やすいように構造化されたデータにすぎないということを,JODIとエキソニモの作品は教えてくれます.この2組に強く共通する「ハッキングの感覚」というのは「何かを壊す」や「コンピュータへの不正侵入」という「ハッキング」の間違った意味ではなくて,その本来の意味の通りにウェブやコンピュータの世界を構成するプログラミングを解析して,改変していくものになっています.それはハッキングが善悪を超えた世界=作品制作の方法であることを示しています.ハッキングによる世界の改変方法がヒトを基準にしていないために見た目的にはどこか壊れた感じなってしまうところが,JODIとエキソニモの面白いところです.この「ハッキングの感覚」というのはこれから取り上げる多くのアーティストがもっているものです.そして,「ハッキングの感覚」をどのように表現に結びつけていくか,その部分で表現の多様性が生まれていると考えられます.
デスクトップ・リアリティと遊ぶ身体/消える身体
さて,次にJODIとエキソニモを他のアーティストと大きく分けているのではないかと考えられる「デスクトップ・リアリティ」と身体との関係をみていきましょう.「デスクトップ・リアリティ」といういうのは前回説明した「インターネット・リアリティ」と同じように,ディスプレイやキーボード,マウスと常に向き合っていることから生じる身体と密接に関係した感覚だと考えてください.「今日レポート書かないと」と言っているときに,鉛筆で書くジェスチャーではなく,キーボードを叩いているジェスチャーをしてしまうような感じです(あるいはスマートフォンのフリック入力のジェスチャーをするヒトもいるかもしれませんが… そうなるともう「デスクトップ」・リアリティとは言えませんね).私たちの身体はどんどんコンピュータを経由した感覚が入り込んできているわけです.
JODIとエキソニモにもどりましょう.JODIとエキソニモは「デスクトップ」そのものや,ディスプレイやマウス,キーボードを使った作品があります.このようなコンピュータの物理的なインターフェイスをダイレクトに用いた作品はネットアートやポストインターネットアートと呼ばれる他の作家にはあまり見られないものです.マウスやキーボードが作品のメインに据えられると,私たちはそれらを普段使っているわけですから,作品を見ているときに否が応でも使っている感覚も呼び覚まされるわけです.だから,作品でマウスやキーボードなどが普段と異なった使い方をされているとそこには不思議な感覚がでてきます.JODIの《SK8MONKEYS ON TWITTER 》(2009)[twitter/Youtube]という作品は,キーボードをスケートボードにして,それでTwitterに投稿するというものです.ツイートをスケーボーで行うとどうなるかというと,Twitterというその時々の考えや気持ちを表しているウェブサービスがスケーボーという行為の記録になると,アートライターのTom McCormackは指摘しています.スケーボーの行為の記録ですから,そこでのツイートは言葉的には意味をなしません.それでも,それはTwitterがもっているその瞬間の出来事=スケーボー行為を記録するということにはなっているわけです.JODIはキーボードをスケーボーにすることで,コンピュータと身体との関係性を普段とは全く異なるものにして「デスクトップ・リアリティ」と遊んでいるようです.
対して,エキソニモはデスクトップ・リアリティにおける身体を消していく作品をつくっています.《SK8MONKEYS ON TWITTER 》と同じ2009年にエキソニモが発表した「ゴットは、存在する。」という連作では,ヒトの身体の存在がすっかりと消されています.例えば,2つのマウスが重ねられることでディスプレイ上のカーソルが動き出す《祈り》や,スペースキーに置かれたトロフィーなどのモノが「かみ」という言葉の変換候補を延々と繰り返す《迷い》といった作品があります.これらの作品では,ヒトはコンピュータに触れていないけれども,普段ヒトが行っているようなことがコンピュータそれ自体が行うようになっています.「ゴットは、存在する。」はいつもヒトがいるところにヒトがいない.けど,どうしてもそこにヒトの存在を想像してしまう.でも,そこにはやっぱりコンピュータしかないというとても不思議な感じがする作品群で
2009年に発表したふたつの作品から考えられるJODIとエキソニモとの違いは「デスクトップ・リアリティと遊ぶ身体/消える身体」といえます.そして,「デスクトップ」そのものを題材にしたJODIの「myDTP 」シリーズとエキソニモの《Desktop BAM》(2011)もこの違いを示しています.「myDTP 」シリーズでは,JODIが自分たちがマウスでカーソルを動かしてデスクトップにあるフォルダアイコンやウィンドウなどと戯れながら「演奏」している様子を画面キャプチャーしたものです.エキソニモの《Desktop BAM》は,自作したカーソル・エディタでカーソルの位置やクリックなどの行為を予めコンピュータに入力しておき,その指示に基いてカーソルがヒトでは不可能な速さで画面上を動きながらアイコンをダブルクリックしたり,ウィンドウを開いたり閉じたりしながら「演奏」するものです.「myDTP 」では,カーソルを動かしているのが「いかにもヒトだな」という動きですが,《Desktop BAM》では「カーソルってこんなに速く正確に動くんだ」という感じです.なので,《Desktop BAM》を見ていると,ヒトがカーソルの動きを制限しているのではないかと思ってしまいます.
何をハッキングするのか?
「ハッキングの感覚」に基いてネットで作品をつくってきたJODIとエキソニモですが,デスクトップを前にした身体に関しては,「遊ぶ」身体と「消える」身体という別々の方向に進んでいるような感じがします.JODIはコンピュータの前に縛られているヒトの行為をハッキングしているのかもしれませんし,エキソニモはヒトに縛られていたコンピュータをハッキングしているのかもしれません.どちらにしても,JODIとエキソニモはウェブやコンピュータの世界からはみ出して,ヒトとコンピュータから構成される世界そのものをハッキングしはじめているような感じがします.ネットアートのパイオニアであるこの2組の男女ペアアートユニットがこれからどんな作品をつくっていくのか,とても楽しみです.
次回はエキソニモとニューヨークを拠点に活躍するライダー・リップスをマッピングしていきます.
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