2020年2月2日00:00始まってしまったら、終焉が来ることは決まっている。

もう何ヶ月も、毎週末のように私たちは夜を共に過ごした。何度、この夜が明けなければ良いのにと願っただろうか。

35歳、もう適齢期ではないか。どうして、どうしてこんなにも時を、身体を、心を重ねているはずなのに、私たちの関係性は名も無きものなのだろうか。

分かっていた、最初からずっと分かっていた。わたしは都合が良すぎるし、私の好意につけあがっていることも、よくよく分かっていた。

だけど、仕事のこと。友人のこと。家族のこと。何でも話してくれること、私を何度でも求めてくれることに、期待をしてしまう自分がいた。どうでもいい相手にこそ、何でも話せてしまうことを自分自身が一番良く分かっているにもかかわらず。この世の全てを、都合よく捉えることでしか、自分を保てなかった。

答えを出すことよりも、私はいつまでも、この苦しい恋に溺れていたかった。期待と絶望の狭間に、ずっと身を委ねていたかった。

キッカケは単純明解。私を愛してくれる、付き合いたいと言ってくれる人が現れたのだ。彼の胸に飛び込んでしまえば、安定した温もりにずっと浸っていられる。26歳。いつまでも火遊びをしていてはいけないことは、よくよく分かっていた。

このままでは。何も得られないまま、全て去って行ってしまう。このままでは。何も決断できないまま、全て曖昧で終わってしまう。何も無くなってしまうことが、怖かった。

安定を選ぼう、安定を。そう思った矢先、彼から連絡が入った。
「何してるの?今からこない?」
行きたい。でも、いいのだろうか。このままで。良いのだろうか。

どんなに悩んだところで、私からジャッジを下すことはできない。本当に情けない。
「結婚してくれるなら会いに行く」
私は期待していた。冗談でもいいから、良いよと言ってくれないか。もしくは、重いな、うざいなと関係を絶ってくれないか。
自分では何も決められない。全て全て、彼に委ねたかった。

「ごめんなサイ」という、しょうもないスタンプと、それでも「おいで」という言葉。私は、絶望と安堵。。

確信したのは、私たちには未来がないことだった。あぁ、これ以上の関係はないのだ。何度好きだと囁き合っても、私はあなたにとって何者にもなれない。生きるオナホールでしかない。

今日も、彼に会いに行く。セックスをするのか。抜いてあげるのか。はたまた何もないのか。分からないけど、私は彼に会いに行くのをやめられない。


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