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月ぞ流るる 澤田瞳子著 その二

頼賢の生まれや育ちに哀れを覚える朝児だった、帰邸し拳周と大鶴に小鶴が寺での出来事と慶円が朝児にした頼み事を話した。荷が重いと断ったにと聞き拳周によくぞ断った、道長様の甥、だが、藤原一族の恥部関われば我が家の興隆に障りが出る。弟子取りを頼まれた朝児に、そんなことより写経や読書、社寺参詣など寡婦らしい暇つぶしがありましょうと言われる。朝児はそれを聞いて暇つぶしだと、なんということをかっと胸に熱いものが来、妙悟尼に頼賢のこと引き受けると文を届ける。さっそく慶円に伴われて頼賢がやって来た、本好きの小鶴も一緒に習うと机を並べた。権僧正である慶円は五日に一度宮中に上り天皇の玉体護持の祈禱を行う,その往還の間に頼賢は、大江家で講義を受けることになる、頼賢は東周時代の呉子を読むことを選ぶ、兵法書が御坊の役に立つのか、との問いに頼賢は兵法の中には、隠れている事を探し出し、敵に関する事を調べる方法も書いてあるんだろう。それは目の前でいきなり血を流して亡くなった、生み捨てられた頼賢の養育に名乗り上げた、年の離れた優しい従姉の原子の仇を打つ為に。学たぶというのだった。そんな中またもや頼賢の父親源頼定が、先帝の女御との密通が発覚するが。聞いた頼賢は冷静であった。中宮姸子は懐妊して里下がりをして来た。頼賢は朝児に道長との対面を頼む。東三条殿で道長と対面道長は、妹緩子に似ている如何にもわしの甥だ、下手をすれば倅どもより腹が座っておるかもしれん。叡山に放り込んだのが悔やまれる。赤染衛門に学問の手ほどきを受けているとは、我が家の娘達すらかなわなかった贅沢をしよってと言う。父親源頼定のことなど興味がありません、それよりもお願いしたいのは、私を宮中真言院の従僧にご推挙いただけないかと頼むのです。原子の死の謎をとき仇を取る為にと。道長は朝児には姸子に仕えることを勧めた。部屋を出たところで朝児が声を掛けた人は紫式部、皇太后の彰子にいまだに仕えている。赤染殿そなたは大江家の北の方、和歌の才に加え数々の史書を読んで来られたはず、書きなさい架空ではないの物を書けるはず、と言われ書くことを強く勧められてしまう。道長の次女の中宮姸子が生んだのは姫宮、皇子を期待していた道長は落胆し。夫君の三条天皇の対応も冷たい、何故なら道長とは不仲なのだ。道長は彰子の生んだ東宮を早く即位させたいと、圧力をかけ始めている。三条天皇の父は冷泉院は兄は花山院。三条天皇には眼病を患っていられた、この時期内裏が炎上した。如何やら火事師と言うやからがうごめいているという、慶円も道長とそりが合わぬが息子達からは厚い帰依を受けている。今年の春には道長の三男顕信の出家に立ち会いまでした。二人はそれを公の場で剝き出しはしない。帝位についた三条天皇は三十六歳、十一歳で東宮になってから二十五年、しかも前帝が藤原彰子に産ませた皇子を東宮に決められていた。主上の母君は道長の姉つまり叔父甥になる、自らの欲することに向かって疾駆して憚らない道長にとって、反りの合わない帝は忌々しい、並の相手であれば容易く追い落としも出来よう。治天の君として仰がねばならぬ帝だけに、敵意が剝き出しになるのかも。主上の眼病が重くなっていき、慶円はは連日のように加持祈禱の為内裏へ詰めている。姸子は内裏へ戻った。このような時又もや火が内裏に出た。頼賢はふとした事で知り合った文章博士菅原宣義と川原で薬草探しをしていた時、源頼定の使いがやってきて。お父君がお召しという、今頃何事、妹君が昨夜から熱を出して苦しんでいる、是非とも頼賢に平癒の祈禱を、先帝の女御藤原元子と駆け落ちしたのは、子が宿ったためだった、生まれたのであれば二歳になったばかりの幼児。今迄頼賢は父親と正面から顔を合わせたことがない。駆け落ちした後頼定は幾度か対面を試みたが、その度に朝児を始めとする周りが隔てとなってくれた。今までの年月を共に過ごしていなければ赤の他人、我が子のことなど忘れて気ままに生きてきた。なのに突然慶円を差し置き、自分に加持祈禱を求められるとは。冷や水を浴びせられたような驚きだった。頼定は頼賢の母綏子との密通のせいで、当代の御代になって昇進が止まっている。母藤原綏子の縁から見れば頼賢は道長の甥、頼賢の縁で道長との関係を少しでも強めんとしたのだった。京の町へ飛び出したところ帝のご病状が話題になっていた。三日後慶円を内裏へ送り大江家に行くと断り外へ出た。土御門第へ行き道長へどうしても、俺を帝のお側に行かせてくれと頼んだ。出来ぬはずはないがその様な真似をしたら師の慶円の怒り買い、二度と叡山に戻れぬかもしれぬぞ、この時を逃したら二度と原子の仇を討てなくなるかもしれない、そうなるくらいなら破門される方がまし、おぬしの覚悟のほどはよく分かった、それにしても坊主にしておくのは惜しい、いっそ還俗してわしの猶子(養い子)にならぬかさすればあの頼定も、手出しはしなくもなるぞ。冗談だろう、頼賢は口をつぐんだ、すぐにとは言わぬ考えておけ、さすれば官位官職とて望み放題だ。あんたには片手に余るほど男子がいる、何も俺みたいな者を手許に置く必要はないだろう。双六の駒は多ければ多いほどよい。俺は馬かよ、けど何のためにそんなに出世しようとするのだ。己の憧憬を形にするため。間髪を入れずに戻ってきた答えに面食らった。どうせあの世とやらには、何も持っては行けぬ。ならばこの世でしたい限りのことをなさねばつまらぬではないか。頼賢は得心した、だから帝の排斥すら目論めるのかと。還俗してわが家の一類として童殿上させられる、実を申せば火事以来、帝に侍う小童が次々とお暇いただいてしまい、帝も困っておられる、それは童殿上させていた公家たちが帝に関わって、道長に睨まれてはと案じ致仕させたため、そこに頼賢が出仕れば道長の息の掛かった者だと警戒しながらも、召し使わずにはいられぬはず。今日これから兄の道綱と参内をするおぬしも連れてってやる、青女房を呼び直衣に着替えを命じた。頭はかもじを使えばよい、今は坊主頭なので被衣をかぶった。参内し頼賢は橘の植え込みの陰に控えいよといい。道綱を急き立てて階を上がった。そして内裏炎上は天道が主上を責め奉ったもの、と道長。[ご退位なさいませ、帝]退位すればこれまで以上に眼病治療に専念できまする、その勧めはただの親切ごかしに過ぎないことは子供でもわかる話だ。[陳は決して退位などせぬ]この間のやり取りが凄い、そして道長は頼賢のところに歩み寄り、これなるは我が甥、童殿上をさせていただきます。帝はこやつに会ったことがおありのはず、覚えておいでではありませんか。亡き淑景舎女御様がお育ていられた男児であります。てめえ頼賢が叫ぶ、御簾が内側から揺れて、[綏子の息子か]帝からすれば、かっての后が密通の果てに産んだ子、名も顔も耳目に触れたくないものだ。淑景舎女御様が亡くなられてから、十二年にはなります。こやつはいまだにあのお方の死の理由が知りたくてならぬのでございますよ。見上げた幸心であります。あの当時畏れ多くも、皇后様が傍仕えの者に命じ、女御様を殺めさせた噂がございましたから。こやつが思い詰めるのも無理はありません。こやつはただ仇を打ちたいため、大嫌いなわしを頼りました、どうぞご不快には思いにならず童殿上をお許しに。頼賢が童殿上を決めたのは、原子殺しの犯人と目される皇后、成子の身辺を探るため、その理由をこう迄大っぴらにした道長。頼賢は道長をにらみつけた、頼賢は被衣から手を離した、坊主頭が現れる。よろしくお願いいたします。何分俗世を知らぬ身、至らぬところ数あろうと存じます。殿上を致す上は赤心を以て、お仕え申し上げる所存でございます、といった。応えはない、代わりに微かな衣擦れの音がした。されど帝は頼賢に対し、無垢付けな眼差しを向けたのか、汚物に触れた如く顔を背けられても当然のことなのにどうして。
その三へ続く

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