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「俺、明日からもうこないから」

起業家でゼロから巨大企業を作り上げた、破壊的イノベーションを起こした、シリアルアントレプレナーでいっぱい事業作った、グローバルで活躍するプロ経営者、インターネットの技術の専門家。

私は全くこういうタイプではなく自分の役割をその時々で果たすぞ!なサラリーマンタイプです。そんなサラリーマン型の俺と反対の素晴らしい才能と情熱とトラックレコードを持った異人型の人の間近で仕事をする経験を過ごせたという一点においては贅沢なビジネス世界の職業人生でした。

孫正義さん、Nikesh Arora、Marissa Mayer、SBGの取締役の時は柳井さん、永守さん、ジャックマーさん、宮内さん。またM&Aを通じてグループに参加する決断をしてくださった一代で素晴らしい事業や会社を作ったアスクル創業者の岩田さん、一休創業者の森さん、CCCの増田さんたち。いずれも個性的でとんでもなく異能なスゴイひとたちと一緒に仕事をさせてもらう機会をえれました。

中でも、この世にこんなに頭のいい人がいるのか?と感嘆した人。自分にもっとも大きな影響を与えてくださった人。

それは故 井上雅博さんです。

その井上さんが亡くなられてからあと数週間で4年がたとうとします。

昨年は本も出版されました。私も在職中に1度だけ取材を受けたんだけど当時の連載が「なりもの」というタイトルで「なりあがっていく」感のある筆致がちょっと違和感があって書籍化されてもなかなか手にとらずにおいてました。

「日本一成功したサラリーマン」というタイトルで、そして成功して趣味に没頭した人、な描かれ方で、自分からみた井上さん像とはちょっと違います。

もちろん「仕事」という一面でしか知りません。その面から見た井上さん像は亡くなられた直後に、もう一人の井上さん(ヤフーの同僚で検索などの責任者だった人)との対談で話した通りです。そもそもこの対談は井上さんはメディアに全く出ない人だったからどんな素敵な人だったか書き残しておこうぜ、ということで亡くなった直後に対談形式で残しておいたものです。今でも多くの人に井上さんの凄さを伝えたいと思います。井上さんはどういう人だったかに関心がある人はこちらもご覧ください。

ヤフー前社長・井上雅博[追悼対談]
Part1 突然の訃報
「井上社長はこうだった」、我々には残す義務がある。
入社面接では、井上さんが社長だとは思わなかった
理屈に合わないことはするな、ネットと喧嘩するな。

Part2 不器用な愛情表現
ネットを見ていたら逃げ遅れたなんて、あり得ない。
『一生ゆるさない』。怒られながら、認められた。
黙って任せる、そんな不器用な優しさを感じた。

Part3 真っ直ぐに正直に
横着せずに、ナンバーワンのクオリティを作るんだ。
利益が出ない?バカ、それならサービスを200個作れ!
どうやっても不満は出る、組織は定期的に変えておけ。
そんなグレーなこと、ヤフーはやっちゃダメなんだ。

Part4 カルチャーは永遠に
辞める人より、現役社員の気持ちが大切。
大らかで寡黙。彼のスタイルを、今後も継承していきたい。
記者会見の場で、唐突な言葉。後任へのギフトだった。

ここで触れてないことを追加しておくと、一言で言えば井上さんは産業家でした。起業家として会社を作ったのではくインターネット産業を日本で作り上げた人の一人。

月額課金(いまのヤフープレミアム会員ですね)の構想を話を聞いた時(たぶん2000年代の前半)のこととか今振り返ると先が見えてるなと感心します。

インターネットはいろんなサービスが誕生して人を集めていく。検索、ニュース、コマース、動画、SNS。人の集め方はいっぱいでてくる。しかしいっぱい出てきてもお金の稼ぎ方は結局のところ5つしかない。「広告を売る、モノを売る、デジタルコンテンツを売る、金融、月額定額」。一本足打法で依存するとそれが不景気になるとリストラする羽目になる。全部やれ。

ヤフーインクがネットバブル崩壊で社員をリストラせざるを得なくなった時にその報告をヤフージャパンの朝礼で井上さんが社員に話すときに涙ぐんで話された時があります。その後に飯食ってるときに話を聞いた際に、「社員をリストラすることは何があってもやめようとおもった。だからヤフーインクみたいに景気の影響を受けやすい広告の一本足打法はやめようとおもったそうです。

自分がやったのは、この5つのビジネスモデルがPC版で磐石で確立されていたのをスマホ大陸に移住しただけともいえます。ちなみに移住後に「移住してなにすんの?」については、その先をやる才覚は俺には多分悲しいかな不足してるかもと思い、移住後は新経営体制でやってもらおうと新チームに引き継ぎ。結果としてこの最後の判断は大成功だったと思いますね。報道によると売上構成、社名、資本構成、海外展開の可能性も変化し会社の構造もホールディングス化し大きな変化へ。

最後に、井上さんからは多くのものを得たのですが最高のギフトだなと思ったのが社長の引き継ぎ。稀代の産業家から引き継ぐので「うーん、どうしよう」と思っている中での引き継ぎは一言、「俺、明日からもう会社こないから」

「会社に来るとお前って相談にくるよね?そしたら俺もなんか言いたくなるよね。で、なんだかんだでお前ってそれに影響された意思決定するよね。もし結果がでなかったときに言い訳の余地が残っちゃうよね。俺はそう思ってたんだけど井上さんにそう言われたからやって失敗したとかなんとか。だからお前が相談できないように俺、明日からもう来ないから」

最後の最後まで型破りなボスでした。

今の職場も春、期末で引き継ぎの時期です。引き継ぎの時期になるとこのエピソードを思い出します。

「死はたぶん、生命の最高の発明です。それは生物を進化させる担い手。古いものを取り去り、新しいものを生み出す。今、あなた方は新しい存在ですが、いずれは年老いて、消えゆくのです」な伝説のスピーチをした人もいました。前任者がスパッと消えることで新しい担い手がそこから自由に新しき何かを創造する。

「俺、明日からもうこないから」は「俺、明日からもうこの世にいないから」に通じる無常感、メメントモリな言葉でもありますね。そんなこんなを思い出す井上さんの4年目がもうすぐきます。

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