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読者とは違う立場になること

今日は本屋を始めてからいつかは表に出してみたいと思っていた気持ちについて書いてみようと思います。

(一応)本屋と名乗ってはいますが、私自身、本についての話をすることが大変苦手です。好きな本は、おすすめは、好きな作家さんは、この本の何がいい…、「本が好きです」と公言してしまうとそういったことを聞かれがちになるので、ごくわずかの人にしか話をしてきませんでした。ただここ数年は自分のことを話す機会が増え、そもそも趣味や好きなことがあまりないためいいざるを得ない状況が多々あります。”その時用の返答”を作っておき台本通り話すこともしばしばあります…笑

それともう一つ。
”本屋”というと、たくさんの本を読む、本や著者に詳しいなど本への愛情が強いイメージがどうしても抜けないのです。
私はもともと全く本を読まない人間でした。本を読むようになっても、本屋と名乗り始めても、好きなジャンル好きな作家さんの作品しかほぼ読まないし、数ヶ月全く読まないこともよくあります。

そんな決して本をよく読むとはいえない人が本屋をしていいものか、読者側ではない立場になってもいいものか、「本に関わった何かをしたい」との気持ちの間で葛藤していました。

そんなとき棚主の募集を見つけ興味を持ち、それまでの気持ちを考えなおすタイミングになりました。
結局、都合のいいように落とし込んだだけかもしれませんが、私の中で気持ちに一区切りができ本屋をするという決断に至りました。

本について話をすることが苦手、本のことを人と共有するのもあまり好きではない、本をいっぱい読むわけではないけど本は好き、そんな人が読者側ではない立場にいてもいいんじゃないかな。
といった納得。

私の本屋はあくまで好きなことの延長です。本屋で食べていくというのなら話は変わってくるのかもしれませんが、そこまで重く考える必要ってある?といったところです。

そんな都合よく気持ちを落とし込めたと同時に、

本って読むだけじゃないよね

ずっと輪郭が見えないほどぼやけていた本への気持ちがやっと言葉になりました。

本を読まない時期もでもなんとく本のある空間には行きたくなるし、きっと読まないだろうけど出かけるとき本は必需品。私自身、本は読んで楽しんだり心を落ち着けるだけのものではないよなと気がつきました。暮らしの中に、身近に、”本がある” そのことが何よりも大切なことだったのです。

私はあくまで棚主で、しかもお店番をしない。それどころか店舗の近くにすら住んでいません。初めて店舗へ行ったのも本屋を始めてから数ヶ月後で、次行くのはいつになることやら…の状態。

そんなんですが、本屋を始める時、今でも、本を読んでもらわなくてもいいと思っています。本は読まなくても空間が好きだとか、棚を眺めるのが楽しいとか。題名、背表紙を眺めるだけ、パラパラとめくって見るだけとか。
本を読まない人でも読む人でも、そんなふうに私の棚は使ってもらえたら嬉しいです。

これが、私自身でもあり、本屋というフィルターを通した私のいつか表に出してみたかった言葉です。

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