日向坂×セイバー #48

  ◇ 菜緒

 周囲は砂漠の如く、左手に美玖が、右手には彩花が倒れている。
 荒廃した光景が、菜緒の絶望を深くした。
「やっぱり……これしかないんだ……」
 一歩、二歩と踏み出すと、思い切り闇黒剣を地面に突き刺した。
 剣から、地面を伝って真っ直ぐにソロモンに向かって闇の力が伸びていく。相手に届いた瞬間、動きが止まった。
「なに?」レジエルは急に動かなくなったことに戸惑っていた。
「私と共に闇に消えろ!」突き刺した闇黒剣に力を込める。
 相手は一度闇の力を振り払ったが、すぐにまた拘束された。
「全知全能の力でも、振り払えないのか……!」さすがに焦った声が聞こえた。
 闇の力が強くなるのがわかった。同時に、自分の身体に力が入らなくなってくる。もう後戻りは出来ない。
「あぁっ……うっ、あああ!!!」
 自分の肉体から、闇黒剣に力が吸収されていき、感覚がなくなり始めた。もうすぐだ、もうすぐで全てが終わる、それだけを考える。
「ふざけんな!」
 突然、大声が響いた。
 何事か、と残った力で前を見ると、美穂が菜緒とレジエルの間に駆けてきていた。
「美穂……何を……」
「消えさせてたまるか!」そう言うと、ライドブックを土豪剣に読み込ませた。
『玄武神話!ドゴーン!』
 そのまま、思い切り二人を繋ぐ闇の力に土豪剣を振り下ろした。
「美穂……あとちょっとなの……やめて……」
「やめるわけない!」美穂も相当の力を込めているように見えたが、声を振り絞って答えてきた。「なんのために来たと思ってんの!絶対に消えさせないから!」
 一度土豪剣を振り上げると、再び力強く振り下ろした。
『会心の!激土乱読撃!』
 土豪剣はソロモンに直撃し、同時に闇の力を断ち切った。闇の力は竜のように空に上り、上空の本を消し去った。
 力が抜けた菜緒は、ぺたんと地面に座り込んでしまう。
「美穂……なんで?これで……全てが救われたのに……」
「何度言わせんの!だいたい、菜緒が消えて一番悲しむのは愛萌なんだよ!わかるでしょ!」
「愚かだな、俺を助けるとは」笑い声にはっとしたときには、斬撃が直撃した。菜緒と美穂、二人とも同時に変身が解ける。
「残念だったな」いつの間にか目の前に立ったレジエルが、剣を振り上げた。
 これまでか。万策尽きた絶望感に、もはや指一本動かせない。衝撃を覚悟して、目を閉じる。
 覚悟していた衝撃の代わりに、痛々しい音が響いた。目を開けると、小柄な剣士の首元で揺れる緑色のマフラーが見えた。
「めいめい……さん?」
 それが誰かを認識すると同時に、その人影はこちらに倒れ込んできた。起き上がる様子はなく、ぴくりとも動かない。
「自ら死にに来るとは、愚かな奴だ」レジエルが笑うその後ろに、音もなく影が現れるのが見えた。
『翠風速読撃!』
 斬った瞬間は見えなかった。ただ、相手がよろめいたのと、その先に芽依の姿が見えたことで、芽依が斬ったのだ、とはわかった。
 目の前を見ると、剣斬とよく似た色の案山子じみたものが横たわっている。
「小癪な真似を……!」レジエルの声は怒りに震えていた。
「はあっ!」
 声と同時に、再び相手がよろめいた。今度は全身金色の、エスパーダの姿が現れた。
「芽依!行くよ!」史帆の声に、芽依が無言で頷いた。

  ◇ 史帆

 メギドの反応を知ってここに来たときには、さすがに慌てた。ソロモン相手に明らかに変身解除に追い込まれた仲間が四人倒れていたのだから当然だ。
 先に動いたのは芽依だった。いつの間に変身したかと思えば、気がついたときには菜緒の前に割り込んでいた。
 本音を言えば菜緒は自分が庇いたかったが、悪いのは動くのが遅れた自分であるし、変わり身の術が使える芽依が入った方が良いのも間違いなかった。
 そんなこんなで、二人がそれぞれ攻撃を加えたところで、芽依に声を掛けた。芽依が頷いたのが、攻撃開始の合図だ。
 二人で、とにかく高速で数多くの攻撃を仕掛けた。が、当然ながら単調なパターンでは読まれる。史帆はこちらに向けて先置きされた剣に刺され、芽依は打ち返されるように斬られた。
 もちろんこの程度は、なんと言っても二人とも頭の回転は遅いが戦闘のセンスと勘は優れているから、想定内であり、すぐに再び攻撃を開始した。
 芽依が先に突っ込むのを見て、タイミングを測り史帆が遅れて地面を蹴った。芽依に備えて相手が構えたのが見え、ハマった、と獲物が罠にかかった悦びを感じる。
 芽依が敵の目の前でふっと消え、予測が外れた相手の体勢が崩れた。そこに史帆が渾身の一撃を見舞う。そして芽依が再び姿を現し、反対側から斬りつけた。相手の剣が手から離れた。
 剣が宙を舞う間にも二人は攻撃を続ける。史帆の剣に相手が体制を崩した瞬間、既に跳び上がっていた芽依が空中で回転を始める。再び史帆が突き出した剣に向かい、芽依が敵の頭を蹴り抜いた。雷鳴剣が敵の首に刺さる。
 今度は史帆が先だ。史帆が突っ込むと同時に、芽依が高く飛び上がった。芽依が空中にいる間に、可能な限り攻撃を加える。
『翠風速読撃!』
「疾風剣舞・回転」
 普段とは異なる、低く大人びた声と共に、回転しながら芽依がソロモンに突っ込んでくる。そこで一度史帆は離れ、納刀する。
 芽依が回転で連続攻撃を続けている間に、史帆もトリガーを引き、抜刀する。
『黄雷抜刀!三冊切り!サ・サ・サ・サンダー!』
「トルエノ・デル・ソル!」
 史帆が高速攻撃体勢に入ると同時に、芽依が相手を蹴って再び飛び上がり、相手を挟んで史帆とは反対側に着地した。芽依も腰を低くして、風双剣を構える。
 タイミングはピッタリだった。人間の目には見えない速度でありながら、見事に同時に、挟み撃ちするようにソロモンの身体を斬り裂いた。
 束の間の静寂。そして、振り向いたのも同時だった。
 芽依と史帆が振り向きざまに振った剣から飛んだ無数の手裏剣と針が、ソロモンの身体を突き刺した。
 爆発が起こり、辺りが煙に包まれた。そこでようやく、ソロモンの剣が落ちて地面に刺さった。さあどうだ、と祈る気持ちで煙が晴れるのを待つ。
 果たして現れたのは、ふらついてはいるものの確かにソロモンの姿だった。変身解除までは追い込めなかったか。
「剣士ごときが、生意気な真似を」吐き捨てるように言うと、彼は姿を消した。

  ◇ 彩花

 「ねえねえ、おかしくない?あの二人。なんでソロモンと普通に戦ってるわけ?」
「いや、私に言われても」久美が答える。「あの二人に聞いてよ」
「おかしいよ、あの二人」尚も続けて言う。「強さがおかしい」
「あ、あや。大丈夫やった?」芽依がロビーに入ってきて言った。芽依と史帆がソロモンを退けてから数日、目立った動きはなかった。らしい。実の所、彩花はあの戦いで負った怪我のせいで昨日まで眠っていたため、何が起こっていたのかは知らない。ちなみに美玖は彩花より一日早くに目を覚ましたらしく、美穂はその日のうちに光の剣で治しきったらしい。あれだけ至近距離で積極的に戦っていた美穂が一番傷が浅いというのは普通なら不思議ではあったが、美穂ならありうるな、と納得してもいた。
「あのねめーめ、呑気に『大丈夫やった?』じゃないの。だいたい、なんで普通にソロモンと互角以上に戦ってるわけ?」今度は久美の言う通り、本人にぶつけてみた。
「え?ごめん」
「謝るところじゃないの。私びっくりしたんだよ、意識失いかけてたけど、もう二人見て目が覚めるところだったよ」
「よかったやん」
「そうじゃなくて、なんであのソロモン相手にあんなに戦えるの、おかしいでしょって言ってるの」
「あの作戦考えたん、史帆やで?」
「いや、だからそうじゃなくてね」
「あ!芽依いた!」今話題の張本人のもう一人が現れた。
「あ、しほ」
「芽依さ、としちゃんのクマのぬいぐるみに服着せた?」
「あ、着せたー。だめやったん?」
「いや、着せるのはいいんだけどさ」そのぬいぐるみを後ろ手に持っていたらしく、こちらに見せた。「いくらなんでも服がピチピチすぎるでしょ」
 彩花もぬいぐるみを見て、思わず噴き出してしまった。服自体はかわいらしいものだったが、今にもはち切れそうで、明らかに不自然だった。
「ごめん、それしかなくて」
「そもそも、めーめがちっちゃすぎるんだって」からかいながら、こんな会話をするのは久しぶりだな、と気づいた。戦い続きであったし、菜緒の問題もあったからか、雰囲気は重くなりがちだった。
「あ、そういえば菜緒ちゃんは?」
 聞いた途端に史帆の顔が曇り、しまった、と思う。せっかくの楽しい雰囲気を壊してしまい、タイミングを間違えた、と後悔する。
「今からその菜緒のところに行ってきますよ」声がした方を見ると、美穂が土豪剣を背負って立っていた。
「こしゃの?どこに」
「久美さんが前に言ってた湖です。あ、としさん来るつもりですか?」
「もちろん」
「としさんはここで待っててください。いつ敵が現れるかもわからないし、なにより今日は二人で会いたいんです」
 表情は穏やかだったがその口調には真剣さが漲っていて、史帆もそれを感じ取ったのか、気圧されたように頷いた。
「じゃあ、行ってきます」美穂がロビーを出ていった。

  ◇ 菜緒

 何日経ったかわからない。気づけばずっと、湖のほとりに佇んでいた。
 何も考えたくなかった。聖剣の封印には失敗し、儀式は止められず、挙句に最後の一手も失敗に終わった。これでは自分は何もしていないのと同じではないか。いや、何もしていないならまだしも、状況を見れば懸命に戦う剣士たちの邪魔をし、返って状況を悪化させているとも見える。
 未来に希望が見えないのは自分がいるからなのではないか、そんな考えが頭に浮かんだ。自分が大人しくいなくなれば、これ以上状況は悪化しないのではないか。
 気づいた時には、湖に向かって歩き出していた。何かに導かれるような気分で、一歩二歩と進んでいく。
 足元の水がぽちゃん、と音を立てた。見ると、右足が水に入っていた。冬の湖は冷たく、靴に沁みた水で指先が凍るように思えた。
 構わず左足を踏み出す。先程より大きく、水が跳ねる音が聞こえた。
 そのまま進んでいくと、足が水面から出なくなり水は跳ねなくなった。代わりに、今度は脛や太ももが水を押しのける音が静かに響く。
 五分もしないうちに、腰まで水に浸かっていた。上半身は震えが止まらないが、脚は既に麻痺しているのか、もはや冷たいという感覚はない。
 水が綺麗だからか、湖の底が透けて見えた。あと二、三歩進めば傾斜が急になる。
 もう終わりなんだな。そんな気持ちを抱えながら、一歩踏み出した時、「待った!」と声が響いた。
「美穂……」
「ちょっと何考えてんの!絶対死なせないからね!」そう言うと、美穂は湖に飛び込んだ。
 何が何だかわからないうちに腰を掴まれ、肩に担がれた。うつ伏せにして菜緒のへその辺りを左肩に乗せ、右脚を左手で抑えるというかなり豪快な持ち方だ。
「ちょっと美穂、やめてよ」
「やめてよはこっちのセリフでしょ?何考えてんの」また美穂は言った。
 そもそもが安定した持ち方出ない上に、歩く度に揺れるせいか徐々に前に落ちていく。そのせいで最初は太ももを抑えていた手が、だんだんと尻のふくらみに引っ掛けるような形になり、最終的には美穂の左手が尻にもろに食い込んできた。体重が全部そこにかかるので、痛いやら恥ずかしいやらで、もう一度「ちょっと」と言いかけたところで、そっと地面に下ろされた。濡れた下着が尻に食い込んで不快だったので、すぐに直す。
「菜緒、軽すぎ。ちゃんとご飯食べてるの?」美穂はそんなことを言った。菜緒がいくら軽いとしても、下半身が水に浸かった状態で肩に担いで歩くのはかなりの重労働なはずだったが、本人は至って涼しい顔をしている。「土豪剣に比べれば軽いのなんの」などとも言う。
「死ぬつもりだったの?」
 唐突に、美穂が切り込んできた。
「わからない」菜緒は答えていた。実際、自分でもわからなかった。
「ただ、やることなすこと全部失敗して、結局何も出来なくて。それでみんなの邪魔ばっかりして。自分のせいで状況が悪化してる気がして」
「またそうやって、全部一人で抱え込むんだから」
「え?」
「菜緒」遮るように、ピシャリと美穂が言った。
「菜緒、私と戦って。一対一の、真剣勝負」

  ◇ 大石橋

 戦闘が続き慌ただしかったせいで、メンテナンス抜きで連続で使用された聖剣が何本かあったので、まとめてそれらを借りてメンテナンスをしていた。
 煙叡剣も音銃剣も、聖剣やそこからわかる彼女たちの状態も、問題はなかった。風双剣と雷鳴剣は相変わらずというべきか、あらゆる面で高い水準を維持していた。史帆が雷鳴剣に慣れてきたというのも本当なのだろう。
 気になったのは、土豪剣激土だった。美穂は元々かなり高水準の数値を示しており、いつも聖剣の状態も良かった。それが、徐々に数値が下がり始めている。
 元々土豪剣は鍛えられた剣士でも気を抜けば押し潰されかねない代物で、使い続ければ当然身体に負荷がかかる。しかも、女性のバスターは歴代でも美穂だけだ。さすがに無理がかかり始めているのかもしれない。
「大石橋さん、メンテ終わりました?」
 当の美穂が顔を見せた。
「ああ、土豪剣は終わった。これ」美穂に土豪剣を返したあとで、「体調に問題はないか?」と問う。
 美穂は一瞬はっとした顔をしたが、すぐに「大丈夫ですよ、任せてください」と笑顔を見せてガッツポーズを作ると、「あ、あと雷鳴剣あります?」と聞いてきた。
「雷鳴剣?どうして」
「いやまあ、色々と」
 わざわざ隠す理由もなく、机の上の雷鳴剣を渡す。
「ありがとうございます」と再び笑顔を見せ、土豪剣を背負って出て行った。

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