日向坂×セイバー #47

  ◇ 芽依

 「なあ、これやばくない?」
 思わず隣の史帆に話しかけた。モニター越しに見ても、仲間たちと相手の力の差は歴然で、これまで自分たちが戦ってきた相手とは明らかにレベルが違って見えた。
「うん……」いつも戦闘に関しては自信を持っているように見えた史帆も、さすがに真剣な顔でモニターに見入っていた。
「あれはソロモン。知っての通り、不完全ながら全知全能の書の力を持つ相手だ。その力はメギド幹部の比じゃない」大石橋が、こちらの意思を汲み取ったように教えてくれる。
「勝てるんですか?」
「それはまた随分直球だな」大石橋が笑う。「まあ、不可能ではないはずだ。50年前には一度、剣士たちがソロモンを倒した記録が残っている。ただ」
「ただ?」
「あれは伝説の聖剣があったから出来たことだ」
「伝説の聖剣?」史帆が首を傾げる。「今はないんですか?」
「新たなワンダーワールドを創造する礎になった。この世界にはない」
「じゃあ、造ってくださいよ。刀鍛冶でしょ?」史帆は遠慮がない。
「造れるものならとっくに造っているさ。あれは人の手で造れるものではないし、もう一度生まれることはないだろう」
「え?じゃあ」無理なんですか?
「方法があるとすれば」大石橋が史帆と芽依を見た。「全ての聖剣が覚醒してその力を束ねることが出来れば、その聖剣に相当する力は手に出来るはずだ」
 史帆と顔を見合わせる。今までに覚醒したことがある聖剣は、火炎剣烈火と水勢剣流水、そして風双剣翠風だ。
「どうすれば覚醒するのかもわからないもんなあ」史帆が嘆く。「それまではどうにか持ちこたえるしかないね」
「できるんかなあ」
「やるしかないでしょ。それに、それが一番出来るのは多分芽依と私だよ」史帆は芽依を指さした後で、その指を自分に向けた。「みんなと協力しつつ、私たちが食い止める」
「え?めいらが?」
「芽依さ、自分の強さ把握してる?」
「え、どうやろ。得意な方やとは思うけど」
 呆れたように史帆が俯いた。「とにかく、ソロモンとやらを止める方法を考えないと」
 そうは言っても、どちらも頭の回転が速い方ではないため、なかなか案は浮かばなかった。
「ハンザキメギドの時のあれ、やってみる?」しばらくして、史帆が提案してきた。
「え?でも、あれやったの菜緒ちゃんやで?」
「大丈夫、私も雷鳴剣慣れてきたし」
「史帆、また雷鳴剣使うん?」
「こしゃが戻ってきたらもちろん返すけど、それまでは併用って感じで。芽依と合わせるんだったらこっちの方がいいと思うし」
 そこに、仲間たちが帰ってきた。
「みんな!大丈夫?」史帆が慌てて駆け寄る。
「見たところ、みんな光の剣でどうにかなるレベルではあるよ」優佳が答えた。「ただ、敵が相当やばいね、あれは」
「みんな」出入り口で声がしたかと思うと、久美が帰ってきた。
「明日」久美は一度息を整え、続けた。「明日、全てを終わらせるって、こさかなが」

  ◇ ストリウス

 「随分派手にやってるね」帰ってきたレジエルに声を掛ける。「全知全能を満喫してる」
「使わなければ力の意味などないだろう」正に当然、といった表情でレジエルは返事をした。「力を手にした、だから使う。それだけだ」
「不完全だけどね」嫌味を込めて言ってみる。
「見てただろう、不完全にも関わらずこれほどの力だ」嫌味は通じず、むしろ満足気だ。「すぐに完成するだろう」
「だといいけどね」実際、だといいな、とは思った。
「次は闇の剣士だ。やつを消す」
 覚えていたのか、と舌打ちしそうになるのを堪える。一方で、あれほど執着していたのだから忘れるはずもないか、とも思う。
「決戦はもうすぐだ」レジエルが口角を上げた。「楽しみだ」

  ◇ 久美

 「止めないと」久美の話を聞いた史帆が立ち上がった。
「明日、直接戦いに割り込んで止めるしかないね」優佳の言葉に、みんなが頷いた。その中で、美穂だけが何か考え込むような顔をしてるのが見えた。
「美穂?どうかした?」
「ああ、いやなんでも」美穂は笑顔を見せたが、すぐに元の顔に戻る。
「とにかく、決戦は明日だから、みんなはゆっくり休んで明日に備えよう」優佳がまとめるように手を叩いて、その場は解散となった。
 怪我が重めの明里と陽菜は、光の剣の治療のために優佳と共に奥の部屋へと入っていった。また、ひよりも不死の力を持つとはいえ怪我は負ったようで、三人の後に続いた。
 史帆と芽依は体調が回復したのか二人でリベラシオンに向かい、その後で、美穂がこちらに歩いてきた。
「美穂、さっきからどうしたの?」
「実は一つ心配があって」美穂はやや声を潜めて言った。「菜緒、もっと早くに戦うつもりって可能性ありません?」
 その言葉にはっとする。「有り得るかも。一人で決着つけようとするなら、私たちには明日って言っといて今日戦う、とかは」
「明日は明日かもしれませんけど、例えば深夜の、日付が変わる頃とか。昼間だと私たちも気づきますし」
 正直、そこまで考えつかなかった。美穂は実は一番仲間のことをよく見て、よく知っているのかもしれない、と思うことが度々ある。
「どうします?皆に伝えます?」
「うーん、でも今治療中の三人は万全じゃないし、カゲもそれなりに光の力を使うことになるだろうから、とりあえず今ここにいるメンバーに伝えようか」
「確かに、確証もありませんしね」美穂も同意してくれた。
「ちょっといい?」
 振り向くと、残っているのは彩花と美玖だけで、ここにいる中で戦えるのは美穂を入れても三人ということになる。
 二人に事情を説明し、念の為深夜の戦闘にも備えておいてくれないか、と頼む。
「いや、もちろん私たちはいいけどさ」彩花が不安そうな声を上げる。「この三人だけって正直厳しくない?さっきはプラス丹生ちゃんと河田さんとひよたんがいても勝てなかったし」
 確かに、そこは不安ではあった。強化された二人と無銘剣持ちのひよりがいても勝てなかった相手に、強化なしの三人で挑むのは無謀とも思える。
「まあでも、やるしかないか!」突然、彩花が不安を断ち切るような大声を出して立ち上がった。それを見た美玖も、「そうですね。とにかく今は、菜緒を止めなきゃですね」と立ち上がる。
 それを見て、彩花も変わったな、と呑気にも感慨深く感じていた。いつからか、吹っ切れた様子があり、頼もしくなった。
「ごめんね、私も戦えればよかったんだけど」
「久美さんのせいじゃないよ。大丈夫、菜緒ちゃんが帰ってくればまた戦えるって」明るい笑顔を見せて、彩花が煙叡剣を手に取る。「それまでは、私たちに任せてよ」

  ◇ 菜緒

 深夜零時、菜緒は空に浮かぶ巨大な本の真下に来ていた。ここが最後の決戦の場になる。
 足音が聞こえ、やはり来たか、と身構えるが、目を凝らすと予想とは異なる顔が見えた。
「やっぱり」美穂がわざとらしく呆れたように笑う。「そんなことだろうと思った」
「何しに来たの?」
「そりゃもちろん」そこで美穂の表情がすっと引き締まった。「菜緒を止めるためだって」
「もう遅いよ」菜緒は吐き捨てた。「それに、これしか方法はない」
「あのさ」美穂が近づいてくる。「一人で抱え込んで、これしかない、とか勝手に決めないでよ。なんのための仲間なの?」
 仲間、という言葉が頭に響く。美穂から見て、自分はまだ仲間なのか?敵対し、聖剣を封印までしたこの自分が?
「今、自分はもう仲間じゃないんじゃないか、とか思った?言っとくけど、みんな変わらず菜緒のことを大切な仲間だと思ってるよ」見透かしたように美穂が言った。「聖剣を封印しようとしたのも、今こうして一人で戦おうとしてる理由も、全部わかってる。菜緒のことなんてね、みんなお見通しだよ」とおどけた。
「わかってるなら、放っておいてよ」
「わかってるから、放っておけないんだって」美穂は即答する。「わかった上でみすみす仲間を死なせるわけないでしょ。そろそろもう二人、仲間が来るよ」
「仲良くお喋りか?」不意に男の声が響いた。
「今日がお前の命日だ。最後にせいぜいお喋りを楽しんだらいい」レジエルの笑みには余裕がある。
「その通り。今日が私の命日。そして、あなたも」自らの覚悟を確かめるつもりで、言い放つ。
 闇黒剣を構え、ライドブックをリードさせる。重々しい待機音が流れるのを聴きながら、ライドブックをセットし、柄でバックル上部のボタンを押した。
「……変身」
 紫色の竜が身体の周りを飛び回る。闇に包まれ、アーマーが形成され、変身が完了した。
『オムニフォース』
「変身」
 レジエルもソロモンに変身した。最終決戦の幕開けだ。
「遅かった……?」
 後ろから走りながら言う彩花の声が聞こえたが、知らないふりをしてソロモンに斬りかかっていく。
「いや、遅くないです。私たちも行きましょう」美穂の声が聞こえた。

  ◇ 美穂

 空が明るくなり始めた頃、敵を含めた五人はまだ戦っていた。彩花は煙化を使ってダメージを減らし、美穂は強固な装甲によって耐え続け、美玖は事前に打ち合わせた通り遠距離からの援護に徹していたおかげで、どうにか戦いを続けられている。
 菜緒は果敢に近接で戦いながらも、戦力差は歴然だった。普通ならとっくの昔に戦えなくなっているレベルのダメージを負っているはずだが、彼女の意志と覚悟だけが身体を動かしているようだった。
 その一方、四人を相手にしても、ソロモンには余裕があった。これだけ戦っていても、攻略の糸口が全く見つからない。
「そろそろ遊びは終わりにするか」
 一際大きく振った剣が、菜緒に直撃した。そのまま菜緒は弾き飛ばされ、近くの壁に強く叩きつけられた。衝撃でひび割れ、凹んだ壁から、菜緒がうつ伏せに倒れるのが見えた。
 それを気にもしていない様子で、レジエルがライドブックを閉じ、開く。「世界の変貌を見るがいい」
『SOLOMON ZONE!』
 巨大な本から、衝撃波が放たれたのがわかった。それは徐々に広がり、一瞬にして街を塵に変えた。
「そんな……」信じられない光景に、言葉を失う。
「次はお前たちだ」何事も無かったかのように、レジエルはこちらに向き直った。
 彩花が煙となり、ソロモンの周りを飛び回って視界を覆い、その隙に美玖が弾丸を連射した。
「遊びは終わりと言ったはずだ」
 ソロモンが伸ばした手の先に、彩花の首が掴まれていた。見破られたらしい。かと思うと、そのまま彩花を前に掲げた。
 何事かと思ったときには、連射された弾丸が彩花に全て命中した。無数の弾丸の全身に受けて変身が解けた彩花を、用済みだとでも言うように、雑に投げ捨てた。街が塵と化し、砂漠のようになった地面に力なく転がる。
『SOLOMON STLASH!』
 はっとして目を戻すと、巨大な剣が現れ、横に振られるところだった。
 堅牢な装甲がある上に咄嗟に防御の構えをとった美穂はどうにか持ち堪えたが、遠距離にいた美玖の位置まで届いた剣は、美玖を変身解除にに追い込んだ。
 残ったのは、美穂と菜緒だけだ。

  ◇ 史帆

 「うん、いけそうだね」
 芽依に声を掛ける。「合ってきた感じあるよね」
「うん。いい感じ」芽依も頷いてくれた。
 リベラシオンを出て、壁に掛かった時計を見て、驚く。「もうこんな時間!寝なきゃ」日付はとうに変わっていた。明日の、いや今日の戦いに備えなければならない。
 汗もかいていたし、二人でそのままシャワーを浴びることにした。
「なあ、まなもは?」
「え?」シャワーを浴びた後で、着替えを終えてロビーに戻ったところだ。既に芽依はピンクのパジャマに身を包んでいた。散りばめられたいちごの絵が、かわいらしい。
「まなもは?」もう一度、芽依が聞いてくる。「ああ、確か儀式で力使いすぎたから、休んでくるって」
「じゃあ、あの光る本持っとらんと敵が出た時わからんやんな」
「敵?だって、敵は明日、あ、もう今日か、とにかくこの後戦うんでしょ?」そこまで言って、「あ、もしかして」と振り向く。「なんか嫌な予感する?」
 芽依が頷いた。芽依は普段はおっとりのんびりした雰囲気だが、昔から、たまに妙に勘が働く時がある。
「なんかめっちゃもやもやする」
「いつから?」
「わからんけど、リベラシオンにおった時から」
「そんな前から?早く言ってよ」
「ごめん、でも特訓中やったし」
 とにかく、ここは芽依の勘を信じてみよう、と思った。仮に外れたところで、害もない。
「じゃあ、本持っとこうか」
 芽依は再び頷いて、引き出しを開けた。その中で、正にその本が光っていた。

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