日向坂×セイバー #44

  ◇ 菜緒

 部屋に帰ってくると、真っ先に救急箱のある棚に手をかけた。スマートフォンは持っていたため、手当の方法を調べて必要な道具を取り出す。剣士になるまでは救急箱とは無縁の生活だったため、中身は全てほぼ新品状態だった。運のいいことに、棚の奥には包帯まで置かれている。
 服を脱ぎ、手順に従って処置を進めていく。包帯の腹のあたりはすぐに鮮やかな赤色に染まった。まだ血が乾ききっていなかったのか。
 包帯を隠すように再び服を着て、コートを羽織った。これでぱっと見は怪我人には見えない。気温が下がってきた季節だったのは幸いだった。夏場ではコートなど着れたものではない。
 立ち上がろうとすると、腹に引き裂かれるような痛みが走った。思っていたよりも傷が深いのかも知れない。結局、再び床に腰を下ろし、仰向けに寝転んだ。
 天井を見つめながら考えを巡らせる。ノーザンベースの書がライドブックに変化するなど、あり得るのだろうか。しかし現実に起きたのだから、認めるほかない。ではなぜ未来予知に映らなかったのか。
 そこで思い当たることがあった。元々、陽菜はすでに死んでいるはずだったのだ。しかし、明里とともにひよりの暴走を阻止し、未来が変わった。生き残った陽菜の存在が、連鎖的に今回の出来事に繋がったのだろうか。
 まず、なぜひよりの暴走を止めることが出来たのだろうか。そこが初めて未来が変わった、いわば分岐点だ。
 ぱっと思いつく可能性は二つだ。一つは、何らかの力が未来を変えた可能性だ。力とは何か。ライドブックが生まれたときの共通点として、聖剣が覚醒していた。すなわち、聖剣の覚醒がカギなのか?しかし、覚醒させる方法も定かでないのに、それに頼るのは心許ない。しかも、闇の世界では何をどう変えても、ただ一つを除いて、結末は変わらなかった。ここで未来が2,3回変わったからと言って希望を持つことは出来なかった。
 もう一つの可能性は、考えたくもないが、闇黒剣の予知に狂いが生じている可能性だ。しかし、ライドブック誕生に関連する出来事以外は予知の通りにことが進んでいる。となると、ここで予知を手放すこともできない。
 縋るような気持ちで、闇黒剣に手を伸ばした。最悪の未来を回避するには、やはり予知は必要なのだ。
 指先が触れた瞬間、脳内に映像が流れた。近い未来のことだ、とすぐに分かった。
 一通り見終えると、闇黒剣から手を放す。
 既に状況はかなり悪いことは把握できた。それを改善する方法は一つしかない。
 収まったのか麻痺したのか、先ほどより痛みは引いていた。闇黒剣で身体を支えながら立ち上がる。
 動ける。行こう。

  ◇ 芽依

 彩花と何度も戦って煙の能力は見切っていたし、なにより能力の使い方は彩花の方が遥かに上手かったので、それほど苦戦もしなかった。
「さすがだね。じゃあこれはどうかな」
 サーベラがさっと分身した。ストリウス自身の能力だろう。変身した状態でもメギドの能力は使えるらしい。
 こちらも分身を使うことも出来たが、そこまでする必要も感じなかった。一人の剣を受け止め、後ろからもう一人が攻撃してくるタイミングで飛び跳ねて躱す。躱した攻撃はそのまま分身に当たり、一体が消えた。空中で身体を丸め、後ろに宙返りして敵の背後に回り、振り向きざまに斬り裂いた。これで分身は二体とも消え、本体だけが残る。
「あなた、本当に強いね」ストリウスは何故か笑いながらアルターブックを取り出した。
『ゲッティングスパイダー』
 何を思ったのか、ストリウスが召喚したのは混合種でもないごく普通のメギドだ。
 正直スパイダーメギドなど眼中になく、相手にする必要も感じなかった。が、ストリウスに攻撃しようとすると時々蜘蛛の糸やら長い右手が伸びてくる。どれも芽依の瞬発力であれば容易く避けられるものではあったが、邪魔にはなる。
 いらだち紛れに思い切り剣を振ると、あっさりと斬れた。あまりにも手応えがなかった。
 彩花の煙叡剣を取り戻そうと本命のストリウスに向き直った瞬間、何かにさっと首を引っ掻かれた。
 さほど気にも留めずにストリウスに斬りかかろうとした瞬間、倒したはずのスパイダーメギドが視界に入った。
「かかったね」
 ストリウスの声と共に、鼓動が大きく跳ねた。

  ◇ 彩花

 「この辺なんだよね?」
 隣にいる陽菜に聞くと、こくりと頷いた。「そのはずなんですけど」
「あ、ほんとだ、今一瞬めーめーの匂いした気がする」
「匂いでわかるんですか?」
「ん、まあずっと一緒にいるからね。じゃあ、さっきまでここにいたってことだよね。どっか歩いてっちゃったのかな」考えてみれば、それなりに時間が経っているのだから、一歩も動いていない方がおかしい。
「あ、電話してみようか」なぜ今まで思いつかなかったのか、最初からこうしていれば手っ取り早かったではないか、これで万事解決、といったテンションで掛けた電話からは、電源が入っていないか電波の届かない場所にいると返ってきた。
「電波の届かない場所ってどこよ」思わず聞き返す。
 その時、陽菜がスマートフォンを取り出した。「愛萌から電話です」と言って彼女は電話に出たが、隣にいる彩花にも十分に聞こえる大声が飛び出てきた。
「今すぐ戻って来て!めいめいさんが!」

 ドアを開くと、全員の視線が一気にこちらに集中した。
「ねえ、何があったの!芽依がどうしたの!」思わず近くにいた久美に詰め寄る。
「落ち着いて!」思った以上に強く肩を掴まれ、少し気圧される。が、久美はすぐに力を弛めてもう一度「落ち着いて」とゆっくりと言った。
「さっき、こんなものが届いて」愛萌がモニターを起動した。
 モニターに、地面に横たわった芽依が映った。
 すぐに異変に気付いた。
 呼吸ができないのか、苦しそうに身体が動いた。何度か咳込み、さらに苦しそうに表情が歪んだ。汗で髪が顔に張り付いている。
「なにこれ...…どうなってんの」思わず呟いたとき、甲高い悲鳴が響いた。猫が生きたまま腹を裂かれたような、絶叫だ。
「このままだと、スパイダーメギドの毒で、明日の午後には彼女は死ぬ」
 聞こえてきたのは、ストリウスの声だ。
「明日の正午、全知全能の書復活の儀を行う。彼女を返してほしければ、それまでに全ての聖剣とライドブックを持って指定した場所に来ること」
 そこで映像は途切れた。
「めーめ……」後に言葉が続かない。
「めいめいさんのスマホで撮って送ってきたみたいです」愛萌が説明する。「見終えてから電話しても、送った直後に電源切られたみたいで繋がらなくて」
 ロビーが一度静まる。
「でも、おかしくないですか?」明里が沈黙を破った。「スパイダーメギドって、普通のメギドじゃないですか。そんなに強くもないのに、あのめいめいさんが負けるとは」
「いや」彩花はすぐに首を振った。「あの子、意外と弱い敵にあっさり負けることあるのよ。めちゃめちゃ強いのに、たまーに雑魚にころっと」机に突っ伏して頭を抱える。「よりによって今それかあ……」
「しかも毒なんてね……」優佳も呟いた。「治すにはメギドを倒すしかないけど」
「じゃあ、倒しに行こうよ」史帆が立ち上がる。「早く芽依を助けないと」
「でも、どこにメギドがいるかもわからないよ」
「それなら、ほら」久美がこちらを見た。「階段でストリウスが言ってた」
「ああ!あそこですか」美穂が声を上げた。「それが指定した場所ってことですね」
「期限は明日の正午だけど」優佳が皆の顔を見回す。全員が頷いた。
「さっさと行くしかないでしょ」史帆が雷鳴剣を手に取り、出口に向かった。
「こうしてる間もめーめは苦しんでるんだもんね」彩花も立ち上がる。
「ちょっと待った」
 声のした方を振り返ると、大石橋が立っていた。
「戦いに行く前に、これは伝えておくべきだろうと思う」一呼吸おいて、大石橋は続けた。「サウザンベースの書が何者かに盗まれたらしい」
「はっ?」その場の全員が素っ頓狂な声を上げた。

  ◇ 史帆

 「盗まれたってどういうことですか」
「どういうことかと聞かれても、現状は盗まれたってことだ、としか言えないが。とにかく、相手がサウザンベースの書を持っている可能性は高い。だとすれば、今回で本気で目次録を手にするつもりだろう」
「どっちにしろ、行くしかないっしょ!」
 自分を鼓舞するつもりで声を張り上げる。「任しといて、私最強だから」
「私たち、ね」優佳が隣に並んだ。
 久美も頷いた。「うちらは最強のチームだから」
「よし!じゃあ行きましょう!」ロビーを出ようとする明里を、大石橋が止めた。
「重要な戦いになる。新たなライドブックと調整を行うから、火炎剣と無銘剣は少し待ってもらいたい」
「じゃあ私たちで行ってようか」彩花が言った。「現地に行って、様子見てくるよ。人がいたら避難もしてもらわなきゃだし」
「そうだね。じゃあ、丹生ちゃんとひよたんは終わり次第来てね」久美の言葉に、二人が頷いた。
「まあ、来る前に終わらせちゃうかもしれないけどね」力こぶを作ってみせると、ロビーを出た。

 幸いにも、指定された広場の周辺には人は見当たらなかった。しかし、目当ての敵も見当たらなかった。
「ねえねえ、ほんとにここで合ってるの?」
「そのはずだけど。だよね」
 久美が聞くと、彩花と美穂と美玖が頷いた。
「まだ敵がいないってことは、まだ戦えないってこと?」
『再界時!』
 尋ねた途端、その問いを待っていたかのように、デュランダルとサーベラ、それに横たわった芽依が現れた。芽依の症状は映像で見た時よりも深刻そうで、こちらまで息苦しくなってくるように錯覚する。
「やっぱりね。すぐに来ると思った」サーベラ、もといストリウスが笑う。その上にはオブジェのようなものがあり、そこに音銃剣と風双剣が刺さってた。「あなたたちのことだから、苦しんでる仲間を放っておけるはずがない」
「苦しめている張本人がよく他人事みたいに言えるね」久美の声は怒りでわずかに震えていた。長年一緒にいる史帆でも、久美が怒ったところなどほぼ記憶になかった。
「事実他人事だからね。彼女がどれだけ苦しもうと、私には関係ない」
 堪えきれなくなったように、今度は彩花が地面を蹴った。慌てて回り込み、抑える。
「絶対、絶対許さない!芽依を返せ!」
「おたけ、ストップ!聖剣もないのに」
「だって!」
「だってじゃない!」
「あや姉さん!」陽菜が叫んだ。
「こうなったのも私のせいです。だから私が必ずめいめいさんを助けます」
 普段は大人しい陽菜の勢いに、やや気圧されるようにして彩花の力が抜けた。
「行きますよ」美穂が一歩前に出て、担いでいた土豪剣を下ろした。それを合図に、史帆と陽菜、優佳はドライバーを装着する。
 どこからともなく、スパイダーメギドが現れた。あれを倒せば芽依は助かる。
「変身!」声を揃え、四人同時に変身した。

  ◇ 陽菜

 『狼煙霧虫!』
 聞こえた瞬間、剣を突き立てた。地面に広がった氷が煙に触れ、そこから煙が個体へ変化し、サーベラを捉えた。
 その隙にスパイダーメギドを狙うが、デュランダルの界時抹消に阻まれてしまう。
 そちらの動きを止めると、その間にサーベラが抜け出して動き出してしまう。今の敵の2本の聖剣は元々強力なもので、4人がかりでも手強い。
 美穂はサーベラと相性が悪いためデュランダルをメインに相手をしていたが、界時抹消に苦戦していた。
『狼煙霧虫!インセクトショット!』
『一時一閃!』
 サーベラとデュランダルが同時に技を繰り出した。全員が身構えたが、技はどちらも同時に美穂に命中した。
 さすがの装甲も二人同時の技には耐え切れず、変身が解けた。土豪剣が宙を飛び、オブジェに刺さった。ライドブックも飛んで行き、そのオブジェの下に落ちる。
 不意に、芽依の姿が目に入った。先程までは激しく動いていたのに、今はそれが弱まっている。当然、回復したのではなく、むしろ体力がなくなって危険な状態であることは明白だった。
 時間が無い。どうしてもスパイダーメギドを狙う隙が見えない。サーベラをもう少し長く拘束し、あとは界時抹消をくぐり抜ける速ささえあれば……
『月闇必殺撃!習得一閃!』
 一頭の竜がサーベラに噛みついたかと思えば、形を変えて紫色の空間に閉じ込めた。
 今しかないことはさすがにわかった。しかし界時抹消を掻い潜る手が、と思ったところに、デュランダルに弾き飛ばされた史帆が転がってきた。
「史帆さん、借ります!」
 史帆のドライバーからライドブックを取り外し、水勢剣を納刀すると、ライドブックを操作する。再び抜刀し、地面に突き立てた。
『流水抜刀!タテガミ氷牙斬り!』
 地面を真っ直ぐに、氷が狙った先に伸びていく。
 水勢剣を逆手に持ち替えると、氷の上をスライディングするようにして滑り出す。すかさず史帆のライドブックを剣先にリードさせた。
『アランジーナ!習得一閃!』
 案の定界時抹消を発動してきたが、雷のライドブックで加速したこちらの方が速い。
 伸びた氷が、スパイダーメギドを拘束するのが見えた。これで皮を囮には使えない。
 スライディングの勢いを殺さぬように、タイミングを測って水勢剣を振り抜いた。
 後ろで氷が砕ける音がした。立ち上がって振り向くと、メギドは跡形もなく爆散していた。
「芽依!」
 真っ先に彩花が駆け寄った。抱き起こされた芽依が肩で息をしており、相当消耗したようだが、呼吸出来ているということは毒は抜けたようだ。
『再界時!』
 不意に、背後から三箇所同時に貫かれた。
 しまった。気が緩んだ。
 変身が解けると、水勢剣が飛んで行きオブジェに刺さった。ライドブックも全て同様に飛んで行き、オブジェの下に並んだ。唯一、史帆から借りたものだけは史帆の手元に戻った。
「まず1人」レジエルが呟くのが聞こえた。
「河田さん!」久美が駆け寄ってきた。
「久美さん……ごめんなさい……」
「謝らないで!大丈夫?」
 頷いて身体を起こす。痛みは強いものの、幸い重傷には至らなかったようだ。
 視線を戻すと、闇の束縛が解け、ストリウスも再び動き出していた。
 優佳は先ほどノーザンベースでの戦いで傷付いた仲間たちの傷の回復に光の力を使ったせいか、シャドーを使う余裕は無いようだった。状況はよくない。
「よくも河田さんを!」
 史帆が叫んだ。二冊の本を追加し、抜刀すると、一瞬にして姿が消えた。
 次の瞬間、激しい金属音が続けざまに響いた。サーベラが煙となる隙すら与えず、連続で攻撃を加える。
 視界の隅で、デュランダルが時国剣を分離するのが見えた。界時抹消だ、と陽菜が思うより先に、デュランダルがよろめいた。その奥にエスパーダの姿が現れる。界時抹消を発動すらさせない、早業の攻撃だった。
『黄雷抜刀!三冊切り!サンダー!』
「とどめだあああ!」
 叫んだ史帆が、高速で敵に突っ込んでいく。
 と、思いきや、ふらっと史帆がよろめいた。
「あっ……頭が……」史帆が頭を抑えて膝をついた。
『狼煙霧虫!インセクトショット!』
 それを見逃す相手ではない。即座にストリウスが必殺を放ち、史帆の変身が解けた。
 三冊のライドブックがオブジェの下に並び、雷鳴剣黄雷がその上へ飛んでいくのが見える。

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