日向坂×セイバー #50

  ◇ 愛萌

 離れた場所から、菜緒と久美が同時に変身するのを見ていた。
 そうだよ、菜緒。菜緒はもっと素直に、自分の心のままに生きていいんだよ。
 全員揃ったからといって簡単に形勢逆転とまではいかないが、明らかに雰囲気が変わったのを感じた。
 何より、連携が非常に上手く取れていた。各々が自分の為すべきことを、完璧に把握していた。
 優佳がシャドーとなって、ソロモンに近づく。ソロモンの振った剣は、シャドーを全て通り抜けた。その特性を利用して、美玖が優佳の後ろから弾丸を連射し、シャドーを通過した銃弾はことごとくソロモンに命中した。そしてソロモンの背後には、久美が回り込んで構えている。
『最光発光!』
 優佳が眩い光を放つ光剛剣を振り下ろした。間一髪で躱したソロモンに、待ち構えていた久美が剣を振る。
 光に向かうほど斬れ味が増す闇黒剣は、光剛剣の光によってその特性を最大限に引き出されており、ソロモンへの一撃は、確かにダメージを与えた。
『界時抹消!』
 史帆がよろめいたソロモンの背後に現れた。ソロモンは即座に体勢を立て直し、そこに剣を振る。
『狼煙霧虫!』
 史帆を煙が包み、ソロモンの剣は空を斬る。その直後、史帆がいたはずの場所には彩花が実体化し、その反対側に史帆が現れた。二人が同時に振った剣は、鋭くソロモンを斬りつけた。
 不意に、ソロモンの身体に火花が散った。遅れて、高速攻撃だ、と理解する。
 緑色の風と、黄金の雷光がめまぐるしく交差する。止まない攻撃に体勢を立て直せずにいるソロモンに、巨大化した土豪剣が振り下ろされた。
『伝説の神獣!一冊切り!』
 黒、白、赤の三頭の竜が、次々とソロモンに攻撃を加えた。最後には三頭揃って炎を吐き出し、それにソロモンが弾き飛ばされる。
 その先で待ち構えていた明里の元に、一瞬にして竜が戻ってくる。
「はあっ!」
 掛け声と共に明里が振った剣は、三頭の竜と共にソロモンにダメージを与えた。ソロモンは竜にくわえられて空に昇っていく。
『タテガミ氷牙斬り!』
『不死鳥無双斬り!』
 翼を生やした二人の剣士は、既に遥か上空にいた。獲物を狙う猛禽類のように、一直線に急降下してくる。
 先に、陽菜がソロモンを斬った。その軌跡は後から凍りつき、敵の動きを止める。遅れて、ひよりが氷ごと相手を斬り裂いた。
 地上では、腰のホルダーに納刀する二人の剣士がいた。
『黄雷居合!』
『月闇居合!』
 周囲が闇に包まれる。その中に落ちてくる敵の姿がうっすらと見えた。
『読後一閃!』
 黄色と紫の斬撃の軌跡が、一瞬だけ闇の中に輝いた。カチッ、と納刀の音がすると共に闇は敵の身体に収束され、そこに天から稲妻が走った。小さく爆発が起こる。
「カゲ!」
 久美の声に、優佳が頷いた。そして二人が斬撃を飛ばすと、光と闇のワームホールが形成された。その二つのワームホールは徐々に重なり合い、次第に辺りのものを吸い込み始めた。
「なんだと……!剣士如きが……!」
 そんな言葉を残して、ソロモンの姿はワームホールの中へ消えた。

  ◇ 美穂

 美穂たちはロビーで、無言でいそいそとパーティーグッズの準備をしていた。
 ソロモンを退けたあと、何やら愛萌と久美が話し合っているのが見えた時点で、何となく察してはいたのだが、予想通りだった。
 廊下からは「菜緒、大丈夫?いけそう?」と訊ねる愛萌の声が聞こえた。丸聞こえだ、と苦笑する。
 準備が終わると「みんな、お疲れ様ー!」と久美が声を掛けた。「いやあ、みんな頑張ったねえ」
 そのわざとらしさに、その場の全員が声を殺して笑った。
「いやあ、大変でしたねほんとに」美穂も久美のノリに付き合う。できる限りいつも通りに、「お疲れ様です」と声を掛け合う。
 そこで、ドアをノックする音が聞こえた。
「あら、誰かしら」やはり久美の演技はどこかわざとらしい。
「愛萌でーす!」廊下から返事がある。
「あら、愛萌ー!どうぞどうぞ」久美がドアを開けて、招き入れる。
「あ、ちょっと待ってください」愛萌がドアの前で立ち止まる。「実は、今日はとっても素敵なお友達を連れて来たんです!」
「あら!誰かしらー!」先程のセリフと被っていることに、久美は気づいていない。
「ほら、おいでー」愛萌が一度廊下に出ると、「お友達」の手を掴んで入ってくる。
 顔が見えた瞬間、ロビーの皆が一斉にクラッカーを鳴らした。
「こさかな、おかえりー!」皆で声を揃えて叫ぶ。
 奥で史帆が、垂れ下がった紐を勢いよく引っ張った。「こさかなおかえり」と書かれた紙が、その中から現れる。
「こしゃ!おかえり!」役目を終えた史帆が真っ先に駆け寄り、抱きついた。後を追うように皆も菜緒の周りに集まる。
「ああ、ちょっとみなさん、一回離れてくださーい」愛萌がアイドルの握手会の剥がしさながらに、声を掛ける。
「菜緒」皆が一度少し離れると、愛萌は優しく声を掛けた。菜緒は小さく頷くと、姿勢を改める。
「すみませんでした!」
 菜緒は深く頭を下げた。
「みんなには、本当にご迷惑とご心配をお掛けしました。身勝手なのはわかっています。でも、もし出来るならもう一度、みんなと一緒に戦わせてください!」
 数秒間、沈黙が続いた。それを破ったのは、そこにいた全員が同時だった。
 口々に菜緒の名を叫びながら、みんなが駆け寄った。先程以上に、激しく抱きつく。
「ほら、頭上げて」久美が菜緒の身体を起こす。菜緒は目を見開き、呆然とした表情でされるがままにしていた。
「出来るなら、じゃない。みんながこさかなを待ってたんだよ。菜緒と一緒に戦うことは、ここにいる全員の願いなの」
「そうそう!ってか、こんなにちゃんと謝られると思ってなくてびっくりしたんだけど」史帆が顔を上げた。独占するようにして菜緒を抱き締めている。
「いやあ、私もそんな必要ないと思ったんですけど、菜緒がどうしてもちゃんと謝っておきたいって言うもんで」愛萌が答える。
「ああ、そうだ」史帆が腕を解いた。その隙に久美が割り込み、「もーらいっ」と菜緒に抱きつく。
「はい、こしゃ。これ」史帆が取り出したのは、バイオレットと白のブレスレットだ。
「借りてたんだ。はい、改めて、仲間の証」と菜緒の左手首に着ける。
 それをじっと眺めていた菜緒の頬に、一筋の涙が流れた。
「ああ!泣かないで菜緒ー!」明里が正面から抱きつく。抑えが外れたように、菜緒が顔を歪めた。右手で目元を抑える。
 史帆はと見れば、どさくさに紛れて何故か菜緒の左手の匂いを嗅いでいた。相変わらずだな、と苦笑しつつ、美穂は空いているスペースを探し、菜緒の右肩に手を置いた。
「言ったでしょ?みんな、変わらず菜緒を大切な仲間だと思ってるんだよって」
 手で顔を覆ったまま、大きく菜緒が頷く。それを見ると美穂も嬉しくなって、思い切り抱き締めた。

  ◇ ストリウス

 数日経ってもレジエルは帰って来なかった。レジエルの持つオムニフォースとレジエル自身の本が無いと今後の計画に支障が出るため、帰って来てもらわねば困るのだが、それほど慌ててはいなかった。ソロモンの力を持ってすれば、光と闇の剣による封印も抜け出せるはずだからだ。あのやられ方ではそれなりにダメージを負っただろうし、異空間に封じられたから、力が回復するのに時間がかかっているのだろう。
 菜緒が組織に戻ったのは、ストリウスにとっても都合が良かった。これでそれぞれの聖剣に過不足なく所持者が出来た。
 聖剣が集まれば、自然と力は増していくだろう。また、こちらはレジエルのオムニフォースがある。両者の力を上手く利用すれば、世界を作りかえるほどの力が手に入るだろう。
 今は自分が動くときではない。レジエルに任せ、事の成り行きを見て、機を待つのみだ。

  ◇ 久美

 「温泉旅行?」
 愛萌が頷いた。
「レジエル扮するソロモンも退けて、菜緒も帰って来ましたし、ここらで一回息抜きでもどうかな、と思いまして。それに、こういうのって団結力を強めるには持ってこいだと思いませんか?」
 愛萌の考えていることはおおよそわかった。菜緒のことを気にかけているのだろう。帰って来てからの菜緒は、まだ完全には切り替えられないのか、口数が少なかった。元々喋る方ではないが、それとはまた違った様子だ。
 それに、愛萌が菜緒に恋心に近いものを抱いているのも気づいていた。愛萌の同性好きは知っていたし、二人を見ていればすぐにわかった。

 「と、いうわけで!」
 ロビーに皆を集めて、旅行雑誌やらパンフレットやらを広げた。
「みんなで温泉旅行に行こー!」
 わあっ、と皆から歓声が上がった。
「え、卓球したい!」
 誰かが言って、また歓声が上がる。
「じゃあさ、トーナメント決めようよ」
 頭が良くて、普段は話を冷静に進めてくれる優佳が率先して紙を広げてトーナメント表を書き始めるくらいには、皆テンションが上がっていた。
 旅行の行き先より先にトーナメントが決まり、ようやくメインの旅行の計画に入った。
「あっ!ここいい!」
「え、これ最高じゃない?見て見て」
「いやあ、これも捨て難くない?」
 修学旅行前の学生と何ら変わらない会話だった。これまで剣士として生きてきたため、そういった青春の経験が少ないのも関係しているのかもしれない。
「菜緒は?どこがいい?」
 愛萌に話を振られた菜緒は、そっとパンフレットを覗き込んだ。
「菜緒は、どこもええと思うけど」
「あー!だめそういうの!ちゃんと見て選んで、ほら」愛萌が無理やり旅行雑誌とパンフレットを見せる。
 しばらくして、菜緒が一枚のパンフレットを指さした。
「こことか、いいかも」
「おおー」
 皆がその写真を覗き込んで声を上げた。気を遣ったわけではなく、派手な雰囲気ではないがセンスを感じるチョイスで、菜緒らしいな、と感じた。
「あ、ここ露天風呂あるよ」彩花が裏面を見て嬉しそうに言った。
 見てみると、確かに露天風呂の写真が載っていた。写真を見る限り眺めは良さそうであったし、それにこの冬の時期は星が綺麗に見えるらしく、心惹かれた。
「どうする?私ここ良いと思ったんだけど」
「賛成!」あちこちから声が上がった。結果としては、反対ゼロの満場一致でそこに決まった。

  ◇ 大石橋

 サウザンベースに来ていた。組織の運営に関わる話はここで行われるため、その関連の報告の際はここに来るのが通例だ。
「おお。どういたしやしたか」春日が気づいて振り向いた。
「若林さんはどちらに?」
 ちょうど訊ねた時に、若林が部屋に戻ってきた。
「大石橋が来るなんて珍しいね」
「そうですね。今日は報告がありまして」
「ほうほう。聞こうじゃないの」
「今の土の剣士、バスターなんですが」
「ミホワタナベね」
「はい。土豪剣の使用によって負担が掛かり始めているようでして」
「なるほど」察しよく二人が頷いた。
「そろそろ後任を探せと、そう言いたいわけだ」
「簡単に言えば、そうなりますね」
「今上がれそうな人いる?どうですか春日さんから見て」
「そうねえ、髙橋君とか、パル山口とかになってくるんじゃないかなあ」
「いやあ、二人とも土豪剣ってタイプじゃないだろ」
「じゃあ誰よ。そもそもね、土豪剣自体扱える人がそういないんだから」
「まあいざとなれば春日さんが代役務めるんでね、安心してほしいんですけども」
「いや何でだよ!あたくしは元々時国剣つかってましたしね、それに今はもう一線を退いてるわけですから」
「わかりました、じゃあやらなくていいです」
「やるよ!やればいいんでしょうが」
「あの、もうしばらくは大丈夫かと思うので、今のうちに探してもらえればと」それだけ言い残して、部屋を出ようとする。
 そこでふと気になって、「そういえば、サウザンベースの書を盗んだ犯人って、調査進んでるんですか?」と訊ねてみた。
「ああ、あれな」若林の表情から、まだ特定されていないことを察する。
「俺は正直、こいつが怪しいと思ってるんだけど」若林が冗談っぽく隣の春日を指差す。
「無礼な男だねえ!え?何なんだ君は!」春日も別に真剣に怒っているわけではなさそうだった。
「でもサウザンベースの書を盗むなんてさ、普通考えないよな。しかも自分が使うわけでもないのに」
「盗みといえば河田君でしたけどね」
「お前懐かしいこと言うね。確かに河田盗み癖あったもんな。あれ、正直外車盗むくらいまで行ってほしかったんだけどさ」
 また二人だけで会話を始めたので、そっと部屋を後にする。

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