日向坂×セイバー #41

  ◇ 明里

 ファルシオンは本当に強敵だった。破滅の書というだけあって、どの攻撃にも破壊衝動のような凶暴性が感じられる。
「ひよたん!」左から聞きなれた声が聞こえる。
「陽菜!」思わずそちらを向いた瞬間、『不死鳥無双切り!』と聞こえた。
「危ない!」美穂が土豪剣で地面を叩くと、巨大な岩の壁が現れ、攻撃を相殺してくれた。
「変身!」陽菜も変身してひよりに駆け寄る。
 しばらく攻防が続く。三対一なのに、なかなか手強い。
「私が隙を作るから、二人で決めて」そう言うと美穂はひよりを土豪剣で抑えて押していく。
「陽菜、いけるよね」仮面の下で、明里は笑う。
「うん」陽菜も、ふっと笑ったのが、見えなくともわかった。
『烈火』『流水』
『抜刀!』
 両者共にワンダーコンボとなって、駆けていく。
『激土乱読撃!ドゴーン!』
 美穂の一撃で無銘剣が飛び、ひよりがよろめいた。
「今だ!」
 完璧なタイミングだった。火炎剣と水勢剣が重なり、ひよりのドライバーにあるライドブックにぶつかった。同時に、二本の聖剣と三人のライドブックが強い光を放つ。
 突如、ひよりのライドブックから黒い竜と白い竜が、そして明里のブレイブドラゴンから赤い竜が飛び出してきた。竜たちは空へ上ったかと思うと、絡まりあうようにして光を放った。光が収まると、何かが明里の手に落ちてくる。
「わっ!」反射的にキャッチすると、手の中には一冊の厚いライドブックがあった。表紙には『Emotional Dragon』と記されている。
「ひよたん、今助けるからね」再びひよりに向き直り、新たに生まれたライドブックを開く。
『エモーショナルドラゴン』
 ドライバーにセットし、火炎剣を引き抜く。
『烈火抜刀!愛情のドラゴン!勇気のドラゴン!誇り高きドラゴン!エモーショナルドラゴン!神獣合併!感情が溢れ出す!』
 右肩に赤、胸に白、左肩に黒い竜を纏い、左腕には盾が装備されている。わずかに体温が上昇した感覚があった。
 いつの間に拾ったのか、再び無銘剣を手にしたひよりがこちらに向かってくる。
 無銘剣を盾で受け止め、カウンターで火炎剣を突き出す。うずくまったところに続けざまに剣を振ると、ひよりが転がった。
『必殺読破!伝説の神獣!一冊撃!ファイヤー!』
 納刀してトリガーを二回引くと、高く飛び上がる。
「情龍神撃破!」
 全身に纏った炎が右足に集中していく。空中で飛び蹴りの体勢をつくると、そのまま右足から突っ込んだ。ひよりのライドブックに右足が当たる。もう一段強く押し込んで、後ろに宙返りして着地した。
「どうだ!」
 祈る気持ちで前を見ると、ファルシオンがだらりと腕を下ろした。
 しばらくすると、ゆっくりと右手でライドブックを閉じ、ドライバーから取り外した。変身が解け、笑顔のひよりが現れる。
「ひよたん、戻ったの!?」
 ひよりが笑いながら頷いた。思わず駆け寄って抱きしめる。
「よかったー!」
「ありがと、みんな」ひよりも明里の身体に腕を回してくれる。
「あれっ、菜緒は?」そこでふと思い出した。先程、「お願いだから、来ないで……」と懇願するように言った菜緒の声が蘇る。
「えっ、菜緒ってどういうこと?」後ろから陽菜の声がする。
「あれ、陽菜まだ知らないんだ?新しいカリバーって、菜緒だよ」
 明里の言葉を聞いて、陽菜が目を白黒させる。「じゃあ、私がしてきたことって……」
「あ、ちょっと陽菜!」明里の声に振り向くことなく、陽菜は走っていく。
「あ、陽菜のブレスレット」ひよりに言われて目をやると、確かに陽菜のブレスレットが光っていた。何気なく自分の手首を見ると、こちらも光を発していた。
 そこで建物の陰から美穂が出てきたので「菜緒は?」と聞くが、「いないね」と返ってきた。
「そっか...…」気にはかかったが、いないのでは仕方ない。ひよりに「帰ろっか」と声をかけ、ブックゲートを開く。

  ◇ 菜緒

 マンションの屋上に戻ると、もはや立っていることすら出来なかった。ジャオウドラゴンはもう使用しない方がいいだろう。というより、使用出来ないだろう。使命を果たす前に命を落としかねない。
 ドアに背をつけて座り、呼吸を整えると同時に頭を整理する。
 本来なら、明里と陽菜は暴走したファルシオンに殺されるはずだった。回避するには、無銘剣を封印するか、明里と陽菜の聖剣を封じて戦わせないようにするしかなかった。いざとなれば、二人を斬って一時的に闇の世界へ送って死を回避させることまで考えていた。
 しかし、二人は死ななかった。それどころか、闇黒剣の未来では起きなかった聖剣の覚醒を実現し、新たなライドブックを生み出した挙句、ひよりの暴走を克服した。菜緒の知らない未来だ。
 何かが狂い始めている。闇黒剣の見せた未来が間違ったことなど、これまでになかった。実際、それに従って音銃剣を封印した。しかし、今回は違った。予知が間違っている?いや、聖剣の覚醒までは狂いはなかった。だとすると、未来が変わったのか。
 しかし、仮にそうだとしても、希望を抱くことは出来なかった。闇の世界で見た未来は、どんな選択をしても、結末は変わらなかった。大袈裟でなく何万回と未来を見たが、選んだ行動によってタイミングの差異はあれど、たどり着く結末は全て同じだ。
 しばらく考えた後、聖剣の封印を続行する、と結論を出した。何が起きようと、結末は変わらないのだ。ならば、それを回避できる可能性がある道を選ぶほかない。
「菜緒」
 唐突に名前を呼ぶ声がした。

  ◇ 

 禁書庫へは案外簡単に辿り着けた。サウザンベースは建物としてはノーザンベースよりも大きいが、基本的な造りはさほど変わらない。かつてのマスターロゴスなる者が鎮座していたという王の間や、一般兵の訓練施設、そしてここ禁書庫といった本部ならではの部屋があるくらいだ。そもそも結界を張っているため外部の者は容易に入ることは出来ず、そのせいか構造やセキュリティといったものは複雑なものはなかった。今回だって、こうして簡単に禁書庫に辿り着けた。
 今回の狙いは禁書の類ではなく、サウザンベースの力の根源たる本だ。マスター制が廃止された今、その本を持つべき者がいないため、禁書庫に保管されることとなった。もっとも、禁書庫に封じられたからといって力が消えたわけではなく、それは未だサウザンベースが健在であることからもわかる。
 持ち出したからといって、サウザンベースが決壊するということはまずない。本そのものが失われない限りは、誰が本を手にしようとも力は保たれる。
 首尾よく狙いの本を手に取り、禁書庫を後にする。菜緒がカリバーとして蘇った今が絶好のタイミングだ。これを手にしたメギドは、きっとノーザンベースの書も手に入れようと動き出す。
 なぜノーザンベースではなくサウザンベースの書を盗み出すことにしたかについては、その方がその後の展開がわかりやすいからだ。今剣士がいないサウザンベースにメギドが来るとややこしくなる。ノーザンベースであれば、剣士たちが対応するはずだ。
 ここまで、ややペースは遅いものの状況としてはいい具合に整ってきている。聖剣の覚醒のみに関して言えば、予想していた以上に進んでおり、剣士たちには感謝する他ない。悲願達成まで、このまま邁進してもらおう。

  ◇ 彩花

 「おかえりー!」
 帰ってきた三人に駆け寄る。「三人とも、お疲れ様!」
「ありがとうございます」明里がこれでもかというくらいの笑顔を見せる。ひよりははにかんだ表情で、美穂はもはや保護者のような眼差しで二人を見ていた。
「で、あれなんだったの?」堪えきれず尋ねた。
「あれ?ああ、これですか!」明里がライドブックを取り出す。「じゃん!エモーショナルドラゴン、です!」
「どうやったらこんなの出てくるわけ?」史帆がライドブックを眺めながら首を捻る。
「ああ、そういえば愛萌に陽菜と二人でやればいける的なことを言われました」そう言って明里はキョロキョロと周りを見る。「愛萌は?」
「なんか行くところがあるって」史帆が答えた。
「大丈夫かな、また一人で行動して」
「大丈夫だって本人は言ってたけど」
「じゃあ大丈夫か」
「いやいや、あっさりしすぎでしょ」優佳が突っ込んでくる。
「でも、愛萌頭良いし、大丈夫でしょ。あ、カゲこの本についてわからない?」
「うーん」さすがの優佳も首を傾げる。「破滅の書と二人の聖剣と本が反応したのは間違いないけど、その理由もこの本の力も詳しいところはわからないなあ」
「カゲでもわからないことってあるんだね」正直、優佳にわからないことなど存在しないと本気で思っていた。
「当たり前だよ。私を一体何だと思ってるわけ?」優佳が苦笑する。「詳しくは大石橋さんに聞かないと」
「あれ、大石橋さんは?」美穂が視線を動かす。
「ああ、なんか二人が戦いに行ってすぐ出て行っちゃった」と史帆が言ったところで、ちょうど大石橋が帰ってきた。
「あ!待ってました!」駆け寄ってエモーショナルドラゴンのライドブックを渡す。
「これは?」
「さっきの戦いで生まれたライドブックです。映像データも残ってるので、良ければ参照してください」優佳がいつの間に持っていたのか、先程の戦闘の映像の記録媒体を大石橋に渡す。
「サンキュ。解析してみる」彼はそのまま奥へと姿を消す。

  ◇ ストリウス

 レジエルは帰ってくると、真っ先に机の上の本に目を留めた。
「何だこれは」
「何って、サウザンベースの書だけど」
「そんなことは見ればわかる。どうしてここにある?どうやって手に入れた」
「たった今、見知らぬ男が持ってきたんだよ。なんのつもりか知らないけど」これは本当だ。男が何者なのか、一体何の意図でメギド側にサウザンベースの書を渡したのか、一体どうやって持ち出したのかすらわからなかった。
 レジエルが口角を吊り上げたのを見て、これはどうやら機嫌が悪そうだぞ、と感じ取る。そこでようやく、彼の身体に傷があることに気づく。狂気的な笑みだった。
「ちょうど良かった。計画変更だ。目次録を復活させる」
 思わず息を呑んだ。
「本気なの?」少しして尋ねる。
「当然だろう。目次録の力を手にすれば剣士ごときには負けん。あとはゆっくり全知全能の書を完成させればいい」
「ノーザンベースの本は?サウザンベースの本はここにあるけど」
「奪えばいいさ」
「どうやって?厄介な結界があるでしょう」
「忘れたのか?組織の剣士が身近にいるじゃないか」
 なるほど、陽菜のブックゲートを使う気か。
「世界を繋ぐ存在は?」
「聖剣と本の力を集めれば自然と導かれてくる。それよりも今はあの闇の剣士を消すことだ」
 異常なまでの執着。これがどう転ぶか。
 その時、ドアが乱暴に開けられた。
 そこには、見たことのない表情の陽菜が息を切らして立っている。
「……どういうことですか」
 この期に及んでまだ敬語を使うあたり、いかにも彼女らしい。
「どういうこと、って?」
「今、聞きました。新しいカリバーは菜緒だって」
 そうか、気づかれたか。
「その顔、やっぱり知っていたんですか?」
 鈍感なように見えて時々よく見ているな、と思う。気づかれたならばもはやこちらに置いておくことも出来ないし、ブックゲートを奪うならばどちらにせよ戦うわけだから、そろそろ潮時だろう。それに、聖剣の覚醒も組織に帰した方が起こりやすいだろうと気づき始めていた。
「当然でしょう?闇黒剣の中の彼女に関しては、他の誰よりも私が把握していた。彼女を斬って闇の世界に送ったのは私なんだから」
 陽菜がスカートを強く握り締めたのが見える。
「菜緒が生き返ったってわかってて、私に闇黒剣を回収しろなんて」
「そう。あなた騙しやすかったからね」あえて煽る口調で言う。「あなたのしてきたことは、何も意味がなかった。既に生き返った人間を蘇らせようとしてたんだからね」
 陽菜が目に涙を浮かべ始めた。このまま泣き崩れてしまわれては困るし、彼女自身の性格ならば大いにありえたが、剣士として戦ってきた者ならば、どんな性格であれ変身してくるはずだ。
 予想通り、陽菜は水勢剣を引き抜いた。
 怒りに身を任せた者ほど相手にしやすいものはない。即座に怪人態に姿を変え、剣で相手の腹部を突き刺した。
 変身が解け、こちらに倒れ込んでくる。首を掴んでうずくまった身体を起こさせると、身体を探り、ブックゲートを見つける。
「計画開始、だね」
 ブックゲートをレジエルに放る。

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