日向坂×セイバー #46

  ◇ 

 全知全能の書の完全復活は失敗に終わったものの、剣士と世界を繋ぐ存在が無事に残ったことについては幸いだった。彼女たちなくしては、せっかくここまで順調に進めてきた計画が台無しになる。
 理想としてはここで全知全能の書を完全に復活させたかったが、それは実際のところいつでも出来る。それまではメギドを動かせておけばいいだろう。奴らは勝手に事を進めてくれるはずだ。
 全知全能の書の力に触れれば、聖剣の力はますます強くなる。それこそが自分が求めているものだ。
 その力を得たあとの計画をイメージし、アイデアを考えると、俄然楽しくなってくる。自らがその力を意のままに扱う未来を想像し、笑みを浮かべた。

  ◇ 菜緒

 薄暗い部屋の中で、菜緒は自分の無力さに失望し、呆れかえって笑うことしか出来なかった。
 世界を救うこともそうだが、それ以上に愛萌を失いたくなくて、儀式を開かせないために聖剣を封印することを誓ったのに、昨日、肝心の儀式の場で何も出来なかった。結局愛萌は儀式に使われ、危うく消えるところだった。止めてくれた明里には感謝してもしきれない。
 しかし、全知全能の書復活を防ぐことは出来ず、不完全ながらあの本を生み出させてしまった。このまま行くと結局世界は危機から救われず、愛萌や仲間たちを失うことになる。そんなことは絶対にあってはならない。消えるのは自分一人で十分だ。
 お前に出来るのか?自分の中から問いかける声がする。儀式も止められず、愛萌を危険に晒したお前に、仲間を救うことなど、世界を救うことなど、出来るのか?
 出来るか出来ないかではない、やるしかないのだ、と答えるが、尚も声は静まらない。
 お前は蘇ってから一体何をしてきた?聖剣を封印して仲間から力を奪い、そのくせ儀式は止められず、それまでの困難も乗り越えてきたのは仲間たち自身ではないか。お前は何もしていないではないか。そんなお前に何が出来る?
「うるさい!」
 声を振り払おうとして振り回した闇黒剣が天井の電球に当たり、電球が砕け散った。このままではもっと大切な何かが割れるような、そんな気がした。

 部屋を出て、森の中にある湖のほとりに来ていた。適当に空間を斬って移動している時に見つけた場所で、人がおらず、静かな水面が心を落ち着けてくれる。
 うっすらと霧がかかった景色は幻想的で、剣をぶつけ合っていた現実が嘘のように穏やかだった。砂浜に腰を下ろすと、ひんやりとした地面のの感触が尻に伝わってくる。その温度も心地良かった。
 静かに揺れる水面を見つめながら、みなもとまなもは響きが似ているな、などと下らないことが頭に浮かんだ。そこから連想ゲームよろしく、愛萌の顔が浮かぶ。
 誕生日に、一緒に出かけよう、と誘ってくれたのを思い出していた。結局、水族館になったのだっけ、博物館になったのだっけ、と考えるが、思い出せなかった。どちらにせよ、当日に自分が消滅して、そのプランは水の泡となった。
 ふと、水族館にいるような生き物がここにもいるだろうか、と気になった。立ち上がって尻の砂を払うと、水面に近づこうと一歩踏み出した。
 その瞬間、立っていられないほど、地面が大きく揺れた。せっかく立ち上がったのに、また尻もちをついてしまう。地震か、と思ったが、ふと頭をよぎった光景があり、空を見上げると、大きな本が浮かんでいた。

  ◇ 史帆

 「菜緒が、消える?」
 聞き返した美玖に、愛萌が頷いた。「菜緒は、敵を自分諸共闇に消し去るつもりだよ」
「どういうこと?」
「そのままの意味ですよ。とし姉さんも見たでしょう?あのがらんとした部屋。きっと、全部処分したんですよ。もうすぐ自分はいなくなるからって。高校を退学したのもそう」
 美玖が俯いた。「もっと早くに私が気づくべきだった」
「いや、どの段階で気づいても一緒だったよ。元々、生き返った時からそのつもりだったんだから。聖剣を封印して、あとは敵を自分と共に消せば世界は救われる。そう思ったんだろうね」
「愛萌はそれに気づいてたわけ?」
「そうですよ。だから、わざわざ儀式の場に出て行ったんです。菜緒が全ての聖剣を封印すれば、あとは菜緒が戦うしかなくなる。でも私が干渉して儀式を失敗させれば、みんながどうにかしてくれると思って」
 どうにかしてくれる、という言葉だけ聞くと他力本願にも聞こえるが、そのために自分の命を懸けた愛萌が言うのだから、それだけ自分たちを信頼してくれているということに他ならず、史帆は少し嬉しく感じた。
「でも、聖剣の封印って、儀式を開かせないためだったんでしょ?じゃあもう封印してもしょうがなくない?」彩花が不意に言った。
「だから、もう封印はしないと思いますよ。ただ、あの力を手に入れたレジエルを道連れにして消えようとする可能性は大いにあります」
 史帆は左手のブレスレットを眺めた。自分のものともう一つ、雷鳴剣を使うようになってから、肌身離さず着けていた菜緒のものだ。
「じゃあさ、先にみんなであいつをぶっ倒せばいいじゃん」思い切って言ってみた。「そうすれば、万事解決!」
「そうは言っても、不完全とはいえ相手は全知全能の書の力を持っているんだぞ」大石橋が出て来て言った。この人は最近、いつも話の途中で出て来る。いつも部屋で一人で何をしているんだろうな、とも思ったが、尋ねるほどのことでもない。
「不完全なうちに倒すべきじゃないですか?」
「そう簡単にいくか?だいたい、体調は大丈夫なのか。慣れない雷鳴剣を使い続けて、普通ならもう戦える身体じゃなくなってもおかしくない」
「ああ、さっきのは頭から落ちた時の傷が開いただけで、雷鳴剣自体には割と慣れてきたというか、そんな感じです、はい」
「そんなことがあるのか?」
「あ、菜緒のブレスレットのおかげかな」愛萌が呟くように言った。
「こしゃのブレスレットの?」
「それって、持ち主の意思に反応するんですよ。菜緒がそれを手放す前の最後の時に、何か祈りを込めたりしたのかも」
「祈り?それだけで?」
「乙女の祈りをバカにしないでくださいよ」愛萌が頬をふくらませた。「それに、そうだとするとそのおかげで負担が最小限で済んでるんですから、やっぱり祈りは通じるものなんですよ」
「そういえばさ、前から気になってたんだけど、このブレスレットって一体何なの?」久美が尋ねた。それはずっと皆も気になっていたことだ。
「ああ、これはですね」愛萌が口を開いたとき、地面が激しく揺れた。立っていられないほどの大きな揺れで、実際に愛萌に至っては派手に転んでいた。地震か、と思ったが、それとはまた性質が異なるようにも思えたし、そもそもここ北極に地震というものがあるのかもわからない。
「あ、これ見てください!」愛萌が必死に起き上がって、光る本を取り上げた。「レジエルです!」

  ◇ 彩花

 見晴らしの良い丘の上に、レジエルはいた。こちらの背後には木が生い茂っており、レジエルのいる方角のみの街が見渡せる。
「来たか」レジエルがこちらを振り向いて薄く笑う。「全員揃っていないとは、舐められたものだな」
「うっさい!あんたなんて私たちだけで十分だし!」
 正直なところ、聖剣がない久美、体調が万全でない芽依と頭の傷の大事を取って休んでいる史帆、それに仲間の治療に力を使ってただいまチャージ中の優佳と、頼りになる同期がいないのは心許なさもあった。元々、さっさと自分たちで倒そうと言い出した史帆は、戦う気満々だったが、皆が無理やり押し止めた。
 また、自身もいくらかブランクがあるので、不安はあった。レジエルはそれを見透かしたように余裕のある声を出す。
「神に対する口の利き方じゃないな」
「は?誰が神なわけ?」
「全知全能の力を手に入れた俺は、神に等しい。神に逆らうなど、愚かにも程がある」
 レジエルの手には、儀式の際に生まれたライドブックがあった。それを開く。
『オムニフォース』
「変身」
『Open the omnibus. Force of the god. KAMEN RIDER SOLOMON!』
 この上なく禍々しい、闇堕ちした元聖剣士のような姿に、変身した。
 対抗して、彩花たちも変身する。
「変身!」
 美玖が銃弾を連射しながら突っ込んでいく。相手は平然とそれを打ち返してくるが、ひよりが無銘剣で全て相殺する。
『狼煙霧虫!』
『玄武神話!ドゴーン!』
 煙となった彩花が、相手に身体を絡ませて関節を固める。そこに、美穂が巨大化した土豪剣を振り下ろす。
『激土乱読撃!』
 自分に当たらぬよう、寸前に煙となって躱す。
 しかし、巨大化した土豪剣すら相手は右手の剣のみで受け止め、砕いた。岩石の破片が地面に落ち、音を立てる。
『必冊凍結!』
 陽菜が水勢剣を突き立てた。広がった氷が、相手の脚を止める。その後ろで、明里が高く飛び上がるのが見えた。
『伝説の神獣!一冊撃!ファイヤー!』
 それに気づいた相手は、咄嗟にライドブックを閉じると、バックル上部のボタンを押してページを開いた。
『SOLOMON STLASH!』
 明里が一撃で跳ね返され、木々を撃ち抜いていくようにして薙ぎ倒しながら飛んでいく。防御の構えを取っていた陽菜でさえ、激しく木に背中を打ち付けた。
『錫音音読撃!』
『不死鳥無双斬り!』
 美玖とひよりが同時に斬りかかるが、これまたなんの痛痒も感じないかのように受け流し、カウンターをひよりに打ち込んだ。
 ひよりは一度その場で消滅したが、すぐに蘇生した。
「こいつ、やばいかも」ひよりが呟く。
 再び、ライドブックを閉じるのが見えた。全員が身構える。
『SOLOMON ZONE!』
 覚悟していた衝撃はなく、代わりにと言うべきか、上空に大きな本が現れた。
「あれが開いたとき、世界は変貌を遂げる。せいぜい楽しむといい、この世界の終焉を」
 そう言って彼は剣を大きく振った。
『最光発光!』
 眩い光が辺りを包み、飛んできた斬撃は彩花たちまで届く前に遮られた。光が収まると、光剛剣を構えた優佳が見えた。しかし、敵の姿は既に消えている。

  ◇ 久美

 愛萌に今菜緒がいる場所を教えてもらい、山奥の湖に来ていた。当然わざわざ山道をドライブしてきたわけではなく、ましてや登山してきたわけでもなく、ブックゲートを使って簡単に辿り着くことは出来た。しかし菜緒の姿は見当たらず、おや、と思ったところで、ちょうど湖を挟んで反対側に、小さく座り込んだ菜緒が見えた。
 外を大きく回って、菜緒の背中が見える位置に来た。砂が足音を消してくれるのが好都合だ。
 息を殺して近づくと、「わっ!」と大声を出して勢い良く背中に飛び込んだ。
 腕の中でびくんと震えた菜緒を見て、いたずらが成功した満足感を覚える。
「びっくりした?」
「久美さん……なんでここが?」
「わからない?」抱き着いたまま、問い返す。
「まな、ですか?」
「ピンポーン!正解!」陽気に言って、腕を解く。「ごめんね、一人で静かにしてるとこ」
「いえ、大丈夫です」
「嫌だったら嫌って言っていいよ?」
「いえ、本当に大丈夫ですから」そう言いつつ、菜緒は目を合わせてくれない。
「あのさ、私も元々闇黒剣の持ち主だし、未来とか見たことあったけど」
「わかるんですか?」
「え?」
「未来を見たことあるから、気持ちがわかるよ、とでも言うつもりですか?」菜緒の語尾はわずかに震えた。「久美さんがどれだけ未来予知を見たのかは知りませんけど、世界が終わるのを何度も見て、世界を救うためには自分が消えるか大切な人を犠牲にするしかない、そんな未来を何万回も繰り返し見続ける、その苦しみがわかるんですか」
「わからないよ」迷うこともなく答えた。「多分、闇の世界にいた間、普通の闇の剣士とは比べ物にならないくらいの未来を見たんだろうなって思うし、今の状況から見ても、私が持っていた頃よりも明らかに未来は悪い方向に進んでる。この世界に戻ってからも、聖剣を封印するために仲間と対立するような形になったり。私には想像出来ないような、すごく辛い思いをしてきたんだと思うし、同時に覚悟を決めてきたんだと思う。でもね」そこで久美は菜緒の前に回り込み、顔を覗き込んだ。
「未来は、変わるんだよ」
 菜緒はまた、視線を逸らす。
「ありえません。さっきも言いましたけど、比喩じゃなく何万回も未来を見たんですよ?その中に、希望は一つもなかったんです」
「今だから言えるんだけど」無理やり話し始める。「実は、闇黒剣が見せた未来では、元々こさかなは死ぬはずだったの」
 はっとした顔で菜緒がこちらを見た。
「消滅じゃなくて、死ぬの。何万回とは比べ物にならないけど、私だって何度も見て、色々試した。けど、だめだった。でもね」言葉を切って、菜緒の肩に手を置く。「今、こさかなはこうして生きてる。でしょ?実は、本来なら死んでたところで、未来が変わったことも何度かあったの。仲間が助けに入ったりしてね。それが連鎖して、死ではなく消滅に繋がって、当然消滅も良くないけれど、でもそれで今こうして蘇ることが出来た。未来は、細かい要素の連鎖で変わっていくの。一人では無理でも、仲間と力を合わせれば。だから、また、一緒に戦ってほしい」
 菜緒は唇を噛んで黙っている。菜緒自身の中にも、葛藤があるのだろう。既に何度か未来が変わった実体験があるのかもしれない。それでいて、繰り返し見た未来もまだ疑いきれずにいる。
「人の想いが、未来を変える。ううん、人の想いが、未来を創るの。その想いが繋がって、奇跡にしか思えないようなことが起こることがある」真っ先に頭に浮かんだのは、意識を取り戻した彩花と嬉しそうに現れた芽依だ。あれが、そもそもの菜緒の死を止めるきっかけになった。
「……ないんです」
「え?」
「もう時間がないんです。連鎖を起こして未来を変えられる程の時間が」
 菜緒は、空に浮かぶ巨大な本を指した。
「あの本が開いたら、世界は滅びる。それまでに全てを終わらせなきゃいけないんです」
 菜緒の言葉は、自分に言い聞かせているようだった。「決着は明日。そこで全てを終わらせる」
 そこまで言うと、菜緒は姿を消してしまった。待って、と叫んだ声は、静かな湖畔にこだまするだけだった。

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