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版画で「観る」演劇:フランス・ロマン主義が描いたシェイクスピアとゲーテ

先週訪れた国立西洋美術館、『ピカソとその時代』の感想は前の記事のとおりですが、その傍らで開催されていた展覧会があります。それがこの版画展です。

西洋美術館には常設展の中に版画素描展示室という小さなスペースがあって、所蔵品の中からテーマに沿った作品を選んで展示しています。これが結構良くて、私は大規模企画展を見た後に余力があれば、必ず立ち寄ります。

今回のテーマはフランス・ロマン主義画家の手による演劇の一シーン。その少し前に新古典主義という、ヨーロッパにおいて伝統的とされる形式的・写実的な様式が流行ったことから揺り戻しで、18世紀末から19世紀中頃にかけて様々な芸術分野でアーティストが自由な手法や個々の感情・感覚を追い求めたのがロマン主義。この展覧会に挙げられるドラクロワもシャセリオーも、作品のテーマになっている『ファウスト』を残したゲーテやユーゴー、そしてベートーヴェンもショパンもみんなロマン主義の芸術家と言われます。正直、範囲が広くって特徴と言われてもわかりにくいけれど、人の感情を揺さぶるという点で、この時代の画家が、舞台という現実の中の仮初の別世界に感銘を受けて作品を残すというのは納得です。

展示はドラクロワによる『ファウスト』と『ハムレット』『マクベス』のリトグラフの挿絵、シャセリオーによる『オセロ』。どれも悲劇的で、描かれた場面はどれも緊張感・悲壮感に満ちています。

作品のあらすじも配布資料としてまとめていて、暗い壁面には(紙の劣化を防ぐために)照度を落とした照明でも目立つように、劇中の印象的な台詞を白い文字で描かれており、その下にその場面を描いた版画が展示されています。

去年だったか一昨年だったかに『ファウスト』を読んだ時は、辛くて途中で止めたくなったものですが、悪魔と対峙するファウストのシーンの上に「時よとまれ、お前はあまりに美しい。」なんて書かれたらドキッとしてしまいます。その瞬間、もう一度読み直そうかとさえ思っちゃいました。

シェイクスピアの方は、こちらもなんとなく年末から『テンペスト』を読んでいたので、展示されていたシャガールのリトグラフを見れたのはラッキーでした。卵型の顔のシェイクスピア(なんであんなに可愛いく描かれているのか…)の下で、プロスペローの嵐に翻弄される船が描かれています。

新たな発見はテオドール・シャセリオー(Théodore Chassériau)の『オセロ (Othello)』の連作。エッチングとエングレーヴィングという細かな線が目立つ技法で製作されています。

子どもの頃にチャールズ・ラム、 メアリー・ラムの『シェイクスピア物語』を読んだはずなんですが、『オセロ』のイメージが薄かった私。今思うと10歳かそこらの私には、嫉妬という感情なんてピンとこなかったんでしょうね。

そこから数十年経った今、あらすじを追いながら連作を見ると、シェイクスピアの作品が屈強な主人公の中に巣食う心の弱さを描いたというのは本当に凄いと思わされ、版画に再現された場面の臨場感から、公演を見たシャセリオーの感動がどれほど強かったかも想像ができます。

第3幕第4場を描いた『下がれ!(Away!)』という作品には、オセロにすがる妻デズデモーナを振り払って、彼が部屋を出ていくシーンが描かれていますが、いよいよオセロが嫉妬で自分を見失っていくところで、当時のオセロ役の役者も、こうやって激昂して急ぎ足で舞台の袖に向かっていったのでしょう。シャセリオーを含めて多くの観客が抱いたであろう不安、主人公の愚かさへのやるせない気持ちを追体験した気分です。

シャセリオーについても詳しくなかったんですけれど、この人、フランス生まれのフランス人じゃなくて、カリブ海の植民地生まれなんですね。ヴェニスの軍人ながらムーア人であるオセロに関心を寄せたのも、その後アルジェリアに魅せられてオリエンタリズムに傾倒したのも、もしかしたら彼のルーツにも関係しているのかもしれません。

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