夏は人を大胆にするけど僕はまだ入り口にも立っていない。

世間がスポーツの祭典に夢中になっていた夏の4連休。
私は実家でこれでもかというほど惰眠を貪っていた。
午前11時に起き、朝食兼昼食を食べ、3時まで昼寝をし、SNSを巡回する。
今回の連休は何の予定もなかったため、このように実家でひたすらにダラダラすると決めていたのだ。
しかし、そんなことを3日も続けていれば、祖母や母に目を付けられるのは必定である。久しぶりの帰郷のため、最初は客扱いしていた母も軽蔑の視線を向けつつ、私に家事を押し付けるようになった。

「暇なら畑行って、野菜取ってきて。ナスとキュウリとトマト。あんたが育っとると思っとるやつでええから」

私はASMR作品販売サイトの巡回を中断し、なるだけ愛想よく返事をした。
倉庫からハサミとカゴを持ち出し、徒歩3分の畑に向かう。
冷房の結界から外はまさしく灼熱地獄。
突き刺すような太陽光は容赦なく私の体から水分を飛ばしていく。

「とっとと収穫して帰ろ」

言われたとおり、ナスとキュウリ、トマトを収穫し、汗ばんだTシャツに風邪を送りながら、来た道を戻る。
流し台に野菜をおき、作業が終了したことを母に報告する。

「母さ〜ん、野菜、流しに置いとくで」

と母がいるはずの2階に向かって声をかけるが返事がない。

「寝てんのか?」

案の定、その予想は当たっていた。
冷房の効いた部屋で母は気持ち良さそうに寝息を立てていた。

「ま、えっか」

私は再びASMR作品販売サイトを巡回するため、スマホを手に取る。
見ると友人から2件のメッセージが来ていた。
1件は最近彼女が出来て浮かれてるらしいMから。
もう1件はつい2日前に麻雀をしたSからだった。
不思議なことに2人ともメッセージの内容は同じようなもので、我々の共通の友人であるYについてであった。
内容は「その友人Yにどうも女性の影が見える」というようなものである。
2人の友人からほぼ同時に、それも同じ内容のメッセージ。
しかもその内容は私にとって信じがたいものだった。
正直なところ、「まさか、、」とは思った。
とういうのもYは私同様、今まで風俗で金にモノを言わせた女性経験しかない。
(これを女性経験にカウントするか否かの議論は次の機会に回す)
これまで一緒に酒を飲んだ時も、その気配を全く感じさせなかった。

「そんな私と同類のYに女性の影?」

私は訝しんだ。
しかし、Yは変に大胆なところがある。
なまじ、そのYから「明日、結婚する」と言われても、私は「えっ?あっ、そう、、」と納得してしまう。
そんな不思議な魅力と行動力のある人物なのだ。

「これは直接Yに確認を取った方が早いな」

私はYにメッセージを送る。
すぐ返信があった。どうやらMとS、Yは一緒にいるようだ。
同時にメッセージが来ていた点にも合点がいった。
文章でやり取りをするより、直接話す方が早い。
Yに電話をかける。
3コールほどでYは電話に出たが、この時間はとても長く感じた。

「お!Y!久ぶりやな!今大丈夫か!?」

私はこの時普段より気丈な声で話していたと思う。
というのも2人からのメッセージが事実だった場合、今後私がさらに童貞を拗らせることが容易に想像できたからだ。
そのイメージをかき消すため、本能的に第一声を明るくしたのだろう。
私は私という人間がどういうものか知っている。
「〇〇君が大会で優勝した。だから(私)も頑張らないと!」
「〇〇ちゃんが賞を取った。だから(私)も見習ってね!」
私にとってそんな言葉は鋭利な刃と一緒だった。
誰かがその言葉をかけるたび、私はその逆を張ってきた。
Tが結婚した時も、Nに彼女ができた時も、私は言葉にできない悔しさと行き場のない性欲をASMRとAmazonで購入した女性用下着にぶつけてきた。
きっとこれは私の「性」なのだろうと理解はしていたが、折り合いをつけるのは難しかった。

「お、××やんけ。どないしたんや?」
Yはいつもの調子で電話にでた。
私は先ほどの思考を頭の隅に追いやり、軽い口調で会話を続ける。

「いやね、Yに最近、女性の影が見えるとタレコミがありましてね〜。
ちょっと事実確認をさせていただきたくね、お電話させていただいたんですよ〜。
まぁ、回答次第ではね、これは上月学級裁判を開かなあかん案件なんでね、その辺、最近どうなのかなと。タレコミは事実なのですかと。Yさん、いかがなんでしょうか?」

そこまで私が言い終えるとYは電話口で笑った。
「いや、お前どこでその情報、仕入れたんや?」

「それはね、ちょっと言えませんわ。貴重な証言なんで。証言者の身元はあかせませんよ」

「お、誰や? ××か?」
電話口からMの声がした。

「そうか、Mらと一緒におるんか」

「そう今、飯食いよる。てか女の影どころじゃなかったわ!こいつセフレ2人もおるねんて!」

「!! スッ〜〜。マジすっか、、マジっすかYさん!」
Mからもたらされた新情報の理解を脳は拒否していた。

「はっはっはっは、それか!その話な。まぁ、率直に事実を申しますとそれは事実ですね。」

「あ〜なるほどね。、、、もうこれは実刑ありの執行猶予なしですわ。今のうちにシャバの空気を存分に吸っておけ」

「またんかい。もうちょっと弁護させぇ!」

「もう証人からの言質とれたんで。判決を先延ばしにする必要がないというか、、、」

「いや、少々お待ちを裁判長。セフレはセフレやけど、恋愛関係には発展していない模様です。手も繋いだことがありません。これは情状酌量の余地があるのではないのでしょうか」
Mが言う。

「なるほど。ただの肉体関係のみであると。その場合だと情状酌量の余地はあるでしょう。弁護人はほかに重要な証拠となるようなものはありますか。」

「は。そうですね。これはセフレの発言のようですが、「今度3Pをしよう」と言う話があるそうです」

「はい、ギルティー。ちなみに被告人はその3Pを4Pにする予定はありますか?やはり穴が2つあれば竿も2本必要かと思われますがいかがでしょうか?」

「いや、いらないです。」

「え?」

「え?いらないです。」

「主文。被告人を懲役7年に処す。情状酌量の余地はないもののとし、速やかにその身柄を兵庫県新温泉町の××のアパートに引き渡すものとする」

「重ない?池袋暴走車と一緒やん」

「とまぁ、冗談はこの辺にして、3人集まっとるんやったら私も呼んでよ!」

「ほんまやな、今から来るか?」

「無理やわ」
車で片道2時間かかる。しかも私はペーパードライバーである。
実家のある田舎から、3人のいる都心部に行くには時間がかかり過ぎる。

「ま、また今度やな。Sにもよろしく言うといて。」

「はいはい。ほなね〜」

電話を切るとボーっと天井を見上げた。
夕方になると日が入らない暗い部屋には冷房のモーター音だけが響いていた。

いつのまにかみんな大人になっていく。
先日、別の友人には子どもが生まれた。
同類と思っていた友人にはセフレができた。
一般的に見れば彼らが普通なのかもしれない。
いやきっとそれが普通なのだろう。
私はそのレールに乗れぬまま生きている。
欲求と行動の方向が合わぬままこれまで生きてきた。
今からその生き方を変えることはできるのだろうか。

今日はもういいや。
考えたって私にセフレはできることはなく、彼女もできない。
そういえば長い間、女の子と会話をした記憶がない。
私の恋はいつだっただろう。
もういいや。
考えるのも面倒になってきた。

いや、やっぱ私もセフレ欲しい。
女体が見たい。
女体の温もりが知りたい。
乳を揉みたい。吸いたい。しゃぶりたい。
じゃあ、Yにセフレの作り方だけ教えてもらおう。
それだけメッセージを送り、私は床に寝転んだ。
結局、人動かすのは大小あれど「性的な欲求」なのだ。
それが私の「性」なのだ。

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