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【衣食住の衣】0円ファッショニスタ

欲しい服を買えないのは辛い。

好きな服を着ると、自分を視覚的に宣言している気持ちになる。それが他人のためでも自分自身のためでも、それは人によって違うからどちらでもいいけど、アクセサリーや帽子などの装飾品も含め、服を楽しむことは自分の持っているアイデンティティーや体を楽しむことなんだと思う。

それは私たち(か、少なくともお金を使ってた頃の私)の消費生活に大きな影響を持つ。必要な下着とか防寒具を買うことは生活の質を一気に向上させるし、欲しい服を買うことはすごく楽しい。ストレスを発散したり安らぎを得る人もいるらしい。それと裏表で、いくら服を買ってもなぜか欲しい服は次から次へと現れる。身支度する時ドンピシャの服はクローゼットにない。好きな服を選んで着たはずなのに、なぜか周りの人の着こなしと比べてがっかりする。私の家族はよく、買い物に行っては、もうすでに持っているのと同じような服を買ってた。服との関係はいつもねじれている。

上に書いたことがどう0円生活と関係しているか。0円生活はそのこんがらがった関係を(ほとんど)ぜんぶほどいてくれたと思う。新しい服が買えないのは辛いけど、もう持ってる服を着るしかない、と思って1週間に5回くらい同じ格好で過ごしたこともある。0円生活を言い訳にしてるとも言えるけど、ここは0円生活を活用していると言いたいところ。

0円生活中に着ている服は主に、

1. 0円生活の初めから持っていた服

2. 人がくれた服

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写真の中の上着とズボンはもらったもの。


3. 0円で手に入る服

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春夏百貨店。近所の通りにある、「ご自由にお取りください」のところ。サイズがぴったり。

4. 初めから持っていたり人がくれた布で作った服

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5. 拾った服

の5種類。

必要な服はどうにか手に入る(もしくは借りられる)ことがわかった。と言いつつ、正直ヤセ我慢していて、本当はあーこんな服着たいなー!と想像してしまう朝もある。服について。深いトピックだと思う。我慢は続く。

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