見出し画像

優しい弟の話

「今日から私のことはお姉ちゃんって呼んで。」

いつだったか、幼い私はさらに幼い弟に対してそう言った。それまで弟には確か「〇〇ちゃん」と名前で呼ばれていたと思う。周りの友達の影響なのか、アニメなのか、何なのか。何故そう呼ばれたかったのか今となっては何も覚えていない。とにかく私は弟に「お姉ちゃん」と呼ばれることへ強い憧れがあったらしい。

そんな突然の姉のワガママに弟は「分かった。」と素直に答えてくれた。たまに「〇〇ちゃ‥」と間違えながらも「お姉ちゃん」と呼んでくれるようになった。私の弟はとても優しい子だ。

私は弟が激しく怒っているところをあまり見たことがない。
「あ、怒っているな。」と感じることはあっても、大きな声を荒げたところをほとんど見たことがない。母はそんな弟のことを、「怒り方が分からないのかもね。」と言っていた。なるほど、そうなのかもしれない。バイト先の愚痴は言ってるけどブチギレって感じでもない。よくよく考えてみると、弟が私に怒ってきたこともあまりない。もっと怒ってくれてもいいのにな。私たちが喧嘩っぽい喧嘩をしたことがないのは、多分弟のおかげだ。

私はというと、弟に対して普通にムカつく時あるしゲームの音と通話の声うるさすぎる寝れね〜よ!ってブチギレた時もある。普通にそれは弟が悪いと思ってるけど(深夜3時の爆音ゲームはお叱り案件ですよ)。

だからきっと弟も私にムカつくことってあるはずだ。でも怒り方が分からないから私に言ってこないのかもしれない。そう考えると弟に無理をさせているのではないかとたまに心配になる。そして、いつか性根の悪いやつがその優しさに漬け込んできやしないかと不安になったりもする。そんなことは起こらないでほしいものだ。

弟はプチ反抗期の高校生時代も私にだけはこっそり母のここが嫌だ、と言ってきたり、就活の時もここの会社はダメかもしれない、と報告してくれたりした。弟の中で私がどんな立ち位置なのか分からないけど、姉としては頼られているようでちょっと嬉しかった。

そんな弟の特別枠にいる私だが、弟が機密情報を教えてくれる割に上手いことアドバイスができたことは一度もないと思う。学力云々は置いておいて、弟は私よりも真面目で一生懸命で優しいから、私のようなテキトー人間が何か付け加えて言えるような立場ではない。でも、弟が1番傷つかないであろう道を自分なりに考えて、それを伝えている。優しい弟が傷ついてほしくないから。

小学生の頃だ、上級生とトラブルになっている弟を発見したことがある。血の気が引いたことを今でも覚えている。結果的に無傷だったけど、自分が怪我をするかもしれないから大人を呼んだ方がよかったって今なら思う。でもあの時はそんな冷静に判断できる年齢でもなくて、咄嗟に泣きながら間に割って気づいたら必死に弟を抱きしめていた。私が弟を守らなければいけないと思った。そんな記憶が今でも少し残っているから、弟が傷つかないようにと考えてしまうのかもしれない。ていうかいまだにあいつのことを許していない。こんにちは粘着女です。

小さくて、私の真似をして、私のワガママを聞いてくれた優しい弟は、私の身長なんか優に超えて、私よりも真面目に学生生活を終えようとしていて、多分私が守るような存在でもないくらい逞しくなっている。でもあの時のままずっと優しい弟でいてくれている。

これだけつらつらと書いてきたけどとっても仲良しなわけでもない。2人で遠くへ出かけたこともない。近所のスーパーくらいだと思う(人はそれをおつかいと言う)。2人とも大人になったからか、今は会話の多い姉弟でもないと思う。1日まともに話さないこともあるし。でも思い返すと、2人でいろんなことをしてきた。

親が旅行に行っていて留守番をした日に2人で夜に散歩してコンビニで買ったアイスとか、2人で夜通し見続けたルパン三世全シリーズとか、親に買ってもらって進捗報告し合いながら進めたポケモンとか、初めてお酒飲むから一緒に飲んでほしいと言われて買ったハタチの日のほろ酔いとか(結局全然飲めなくてほとんど私が飲んだ)、思い立ったように2人で折半して買った漫画たちとか。

大きな思い出はそんなにないけど、その折々で2人だけの思い出がたくさんある。そしてそのどれを思い返しても、弟はあの日突然お願いした通り「お姉ちゃん」と呼んでくれている。母には「弟はいつまで経ってもかわいい存在だよ。」と言われる。いや人によるだろうよ、と思ってるけど。でも少なくとも私にとっての弟はきっといつまでも優しくてかわいい存在だろうな。これからも優しい人たちと出会って、優しい世界で生きてほしいよ。

そんなことを考えた弟の誕生日でした。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?