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サンドイッチ弁当

 この夏、実家にいたある日。
 朝早く起きて、バタートーストとミルクティーを淹れて朝食にした。
 食べ終わる頃、夏休みも休みなく部活動があり、東北大会があって福島県まで遠征して帰って来たばかりの甥が、ひさしぶりの休みなのにいつも通りに朝早く起きて来た。
 早起きするのが甥は習慣になっている。もっと寝坊してもいいのに‥と、夏休みの特権で悠々と寝坊する小学生の姪を見ていたら思うけれど、この日も朝食を食べに台所にやって来た。

「おはよう!」

 朝のあいさつを交わした。

「○ーちゃんもパン焼けば食べる?」

「うん(小声)」

 幼い頃からの呼び方でいまだに呼んでしまう。

「ミルクティーも飲む?」

「うん(小声)」

 中2男子の返事はそっけない。 
 赤ちゃんの頃から仲良しの友だちのように遊んだ。木登りや雪遊びや自転車を補助輪無しでふたりで練習して乗れるようになったり、色んなことを一緒にやった。時が経ち、そっけない返事に成長を感じながら、小さな頃のことをときどき懐かしく思い出す。 
 さすがに中学生ともなると大人が煙たい存在だろう。素っ気ない態度のときもあるし、何かに苛立っているときもあるし、それでも気分がいいときは幼いときみたいにたくさんのことを話してくれるのでうれしい。
 余談ながら、甥と姪が小さなときから温かいミルクティーを自分も飲むので一緒に淹れてあげていたら、ミルクティーが好きになった。帰省すると“みなこ、ミルクティー淹れて”としょっちゅう注文がある。何か他の作業をしていても、飲みたいときに淹れてあげるのが心情でやっていたら、今だにそれは続いている。
 アールグレイの紅茶でミルクティーを初めに淹れたので、その味が慣れてしまったのか、アールグレイが切れてウバやダージリンの紅茶で淹れると“アールグレイのミルクティーがいい”と言われる。まだ小学校にあがる前だったから、違いが分かるとは渋いと思った。
 夏は氷たっぷりのアイスミルクティーで、冬は温かいミルクティーかココアを頼むのが定番になっている。牛乳をたっぷりで作る。
 8月のお盆の入りの日、コロナ禍で見つかった病気の闘病を続けていた甥の母親で、弟の妻である義理の妹がこの世を去った。前日の夕方にお見舞いに行ったこどもたちと会話が少しは出来ていたけれど、翌日の早朝に病院から急変の連絡が来て、もう一度奇跡は起こらなかった。
 葬儀が終わり、その翌日に一日だけ休みがあっただけで甥は中学校の始業式を迎えた。
明日は火葬と通夜の日だという前の晩は遅くなるまで、夏休みの宿題を全部終わらせると言って、自分の部屋ではなく居間にやって来て宿題をやり出した。
 目まぐるしく色んなことが起きて、心身ともに疲れていて目を瞑れば一瞬で眠れそうだったけれど、甥の宿題が全部終わるまで起きてつきあうよと言うと、ちょっと安心したような顔を見せた。
 問題を解きながら、

「あした火葬してしまえば、お母さんは姿が見れなくなるの?」

 静かな口調で甥が話し出した。
 亡くなった日に、母方の祖母と叔母である自分に挟まれてソファーに腰かけていたときにほんの一瞬だけ甥は涙を見せた。すぐに涙を引っこめて、母の死に関して一切話したりもしなかった。涙を見せず、駆けつけてくれた弔問客の方々の前で気丈に振る舞っていた甥が、ふたりきりの深夜の居間で聞いてきた。

「うん‥。あした火葬すれば姿が見れなくなっちゃうんだ‥。姿があれば、お母さんがいるってわかるもんな‥(甥がうなづく)さみしいな‥」

「うん‥」

 その後も、甥は小さな声でぽつりぽつりと話してくれた。甥の話しを聞いたあと、なぜだか自分が初めて火葬に立ち会ったときのことを話した。甥とたしか同じ年頃だったと思う。これまで経験した火葬のときの思い出を話した。
 一緒に暮らした祖父の火葬のときの話しは、不謹慎かもしれないが笑い話があって、話したら甥が笑ってくれた。祖父が日々の努力を怠らない人だったこともちゃんと付け加えた。
 甥が通う中学校の始業式の前日、自宅まで教頭先生とクラス担任の先生と部活動の顧問の先生が一緒に弔問に来てくださった。甥は緊張した表情で先生たちに会釈した。担任をされている若い女性の先生が、帰り際に甥の肩に手をかけて何か声をかけてくれた言葉にしっかりとうなづいていた。
 始業式が終わって次の日は土曜日で、その日も部活の練習試合で朝早くから出かけて午後も試合があると言う。お弁当が必要だと母は話していた。お弁当は祖母である母が普段は作っている。毎回、練習試合のときは甥の好物のおかず数種類と果物を入れて同じメニューだと話していた。
 葬儀を終えて翌々日には学校だったから、せめて今週の土曜日ぐらいは部活を休ませてゆっくりさせてあげてもいいんじゃないかと思ったが、いつも通り甥は練習試合に行くということだった。
 実家に帰省すると、忙しい母を休ませるべく炊事当番になる。そういえば、甥が朝食にバタートーストを久しぶりに食べたらおいしいな‥と話していたよと朝食の様子を母に教えた。
 “明日とか、たまにはお昼にサンドイッチでも作ろうかな‥”と声に出して独り言をつぶやいていたら、いつの間にか買い出しから戻った母が食パンを2袋渡してくれた。
 食パンはほぼ減っていないのに、また出かけたときにひと袋買ってきた。
 食欲を落としていた孫たちに少しでも食べてほしい気持ちがある母は、おいしいと孫がちょっとでも話すと、同じ食べものやお菓子や飲みものを続けて買ってくるんだよと姪が話していた。
 
 「食パンがいっぱいあるし、賞味期限もあるから、○ーちゃんの土曜日の弁当、サンドイッチを作ろうかな‥」

 母に提案したら“そうしてあげて”と言った。甥がちょうど台所に来たから、

「土曜日の弁当はみなこが担当します!」

 「うん」

 甥がうなづいた。
 さて家にある材料で何のサンドイッチにしようかなとあれこれ考えた。そういえば、甥の母親である義理の妹が、キャラ弁を幼かった甥や姪に頼まれて工夫して作ってあげていたのを感心して見たことがあったな‥と不意に思い出した。誰もいないときは涙がいくらでも出た。
 さり気なく、でもおいしいサンドイッチ弁当を作ろうと心に誓った。だいたいの野菜は庭の畑に出ればある。トマトもきゅうりもレタスも、もぎたてで作れる。こどもたちがチーズが好きなので、チーズも冷蔵庫にあった。卵とハムとバターとツナ缶もあった。材料は十分だ。
 最初はふわふわなたまごサンドを作ろうと思った。しかしこの夏は、東京より暑い40度を超える猛暑日があったりと故郷も酷暑続きだったので、体育館に弁当を置いておくと保冷剤を入れても卵とトマトは傷みが早いかもしれないと思ってやめた。
 結局は気にいって作って食べていた“簡単クロックムッシュ”と呼んでいたフライパンでバターたっぷりで焼くホットサンドイッチと、採れたてのきゅうりを入れたマヨネーズ味のツナサンドイッチに決めた。
 果物はオレンジを綺麗に皮を剥いてカットしようと思ったら、台所にあったオレンジの果肉がパサパサに乾いていたので、仏間に行って御仏前からキュウイフルーツを1個拝借して皮を剥いて食べやすい大きさにカットした。
 手を拭くおしぼりと紙ナプキンも入れて、前日に姉が甥と姪に美味しい焼き菓子屋さんが出来たから、その焼き菓子を食べてほしいとお土産に持って来てくれた菓子が入っていた可愛いイラストの描かれた紙袋を再利用してサンドイッチを詰めた。
 ちょうど出来た頃に甥が台所にやって来たので、保冷バッグに入れた紙袋を取り出してサンドイッチを見てもらった。

 「ツナをたっぷり入れたから食べるときに横からはみ出るかもしれないから気をつけて。紙袋に入れたのはマック(マクドナルド)やモス(モスバーガー)的な感じで‥」

 お店で買ったみたいに紙袋の端を折って入れたことのこだわりを話しているうちに何となく恥ずかしくなってきてモゴモゴ誤魔化すと、甥が愉快そうに笑った。
 数時間後に姪が起きてきたので、兄のお弁当を今日はサンドイッチにした話しをして、食べる?と聞いたら食べると言ったので、クロックムッシュもどきをまた焼いた。

 「焼けたよ〜」

 と呼ぶと、姪が“バターのいい匂いする”と言いながら台所にやって来た。お菓子作りにハマっている姪は、この匂いの良さをわかっているのかと思いうれしくなった。
 少食の姪に焼いたクロックムッシュはパンの耳を切ったので、チーズとハムが少しくっついているパンの端っこと耳の部分をもぐもぐと食べながら、甥にもパンの耳を切ってあげたらよかったなと気づいた。
 夕方、甥が帰って来た。

 「おかえり〜。お疲れさま‥」

 お弁当の保冷バッグをテーブルにポンと置いた。

 「お弁当どうだった。大丈夫だった?」

 「うん」

 短いやりとりをして、甥はすぐに部屋に向かった。味の感想はあまりなかったが、綺麗に食べてくれた空っぽの紙袋を見たら、胸が熱くなった。


手抜き“簡単クロックムッシュ”、“クロックムッシュもどき”は、食パンにハムとチーズを端までしっかり置いて、もう一枚の食パンで挟んだら、たっぷりのバターを敷いたフライパンでこんがりした色に両面を焼くだけ。手抜きでホワイトソース無しなので、たっぷりチーズを入れる。チーズがとろけて、バターの香りがよくてうまい。(パンの耳を自分は食べていますが、お好みでパンの耳をカットしても○)
シンプルなツナサンドイッチが好き。マヨネーズで和えたツナだけでもよいが、薄く切ったきゅうりがパリッとアクセントになって合う。
バタートースト、ひさしぶりに食べるとおいしいと甥が言った。同感。
クロックムッシュは、1910年にフランスのオペラ座近くのカフェで作られたホットサンドイッチの一種である。フランスでは、カフェやバーで軽食として提供される。
クロックムッシュとは、ハムとチーズをはさんだパンをフライパンで焼いたもの。ベシャメルソースなどのホワイトソースをかけて、軽食として食べられている。クロックムッシュ(croque-monsieur)を直訳すると「カリッとした紳士」という意味になる。 名前の由来は諸説あるが、トーストを食べるときの音が由来といわれている。似た食べものに目玉焼きが乗ったクロックマダムがある。


 

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